協力
ピュイー、と上空から鳥が鳴く声がしたと同時に、ヒースとニアが跨るクリフの身体が緊張からか固くなったのが分かった。クリフのこの反応を見る限り、上空にいるのはカルなのだろう。
「クリフ、落ち着いて」
「クリフあいつ嫌い」
ぽつりとクリフが言った。ヒースはポンポンと首を撫でてやった。駄目なものは駄目なのだろう、無理に仲良くする必要もないし、警戒する位が丁度いいのかもしれない。馴れ過ぎて他の魔物にすら反応しなくなっても困るは困る。
谷の入り口はかなり間口が広かったが、暫く行くと段々と狭くなり、今では前後一列に並んで進んでいた。左右を赤い壁で挟まれ、万が一襲われでもしたら一溜まりもないだろう。その為先頭はナスコ達が行き、その後をジオ、ヒース、最後尾にカイラがいた。
ジオはこの谷には来たことがあるのか大体の道を知っているらしく、出発前にハンにざっくりと説明していた。ハンはハンで魔鳥のカルから集めた上空からの情報があるらしく、この細い道を抜けたら谷底へと続く比較的なだらかで広い下り坂に出ることを互いに確認し合っていた。
「ジオは何でここに来たんだ?」
ようやく少し乗馬にも馴れた様子のジオだが、今度はお尻が痛いのか時折もぞもぞしている。それを見てニアがくすくす笑ったりしているのだが、ニアが笑っていて嬉しい様な、自分の前に座って前方のジオの背中ばかり見ていて少し悔しい様な複雑な心境のヒースが尋ねた。
ニアが落ちたりしない様にという名目でニアの細い腰に片腕を回しているので、これについては純粋に嬉しい。クリフが歩く度に揺れるニアの髪が頬をくすぐり、これが到着までの数日味わえるのだと思うとそれだけでも来てよかったと思った。勿論そんなことはおくびにも出さないが。
「俺はこの先の坑道までは行ったことがあるが、その先は知らねえよ。ただ、師匠は来たことがあるから俺ら弟子もこの先もどうなってるのかは大体は聞いて知っているんだ」
坑道。つまり蒼鉱石の採掘に来たということだろうか。
「ジオも蒼鉱石で魔剣を作ってたのか?」
「うんにゃ。蒼鉱石自体貴重なものだしよ、特にここら辺は魔族の居住地と近くて入手し辛かったからな、扱っていたのは師匠だけだ」
「ふーん」
鍛冶屋を助けたら蒼鉱石の魔剣をいただいてしまおうとは思っていたが、そんなに貴重なら現状余りはないかもしれない。ジオが蒼鉱石の魔剣も鍛えられるなら最悪材料を持ち帰ってジオにお願いしようと思ったが、そういう訳にもいかないらしい。
これは何としても鍛冶屋を救出し作ってもらうしかないだろう。筋肉増加作用は是非とも欲しかった。
前の方をナスコと共に行くハンの元にカルが降り立った様だ。前から伝言が伝わってきた。
「先発隊のヨハン一派が獣人族の集落近くまで到着したってよ」
「もう? 早いな」
馬の足で谷底までは半月と聞いている。この話が決まってからそう時間は経っていないのに。すると、後ろにいるカイラが教えてくれた。
「ヨハンの班は若い奴らが多いんだよ。まあ元気な奴らさ」
「ふうん?」
「昨日も言ったけど、素行はあまり良くないから気を付けるんだよ。私も一緒にいる様にするけど」
それを聞いて、ヒースの少し緩んでいた気持ちがすっと締まった。前に座り物珍しそうに辺りをキョロキョロしているニアを支える腕にぐ、と力を入れる。
「ヒース? どうしたの」
どうも周りの景色に夢中で話を聞いていなかったらしい。こういうところがニアらしいと言えばらしいが。
前を進むジオは、その前にいるナスコの仲間と話をしている。気の良さそうな中年男性で、お互いの生い立ちを話している様だ。つまり、意識は今こちらに向いていない。
ヒースはニアの肩越しに頬と頬をくっつけた。
「ひっ」
「ニア、この先にいる奴ら、危ないんだって」
耳元で囁く様に伝えた。ニアの頬が温かくなってきたのが分かった。外套のお陰で、多少密着しようが周りからは分かりにくい。ジオもこの話は知っているとはいえ、あまり繰り返ししつこく言いたくはなかった。ジオが心配すべきはシオンとの再会のことで、ヒースやニアのことではない。だから大きな声では言いたくなかった。ニアのことを気にかけるのはヒースの役目だと思っているから、ジオは余計な心配をせず真っ直ぐ目標まで突き進んで欲しかった。
「……カイラが昨日言っていた人達のことね」
ニアの火照りがすっと冷めたのが分かった。
「そう。この先どういう作戦でいくのかとか、ちょっと細かく確認しておいた方がいいかもしれない」
ヒース達は戦わず妖精界との接点まで行くのが基本的な行動になるが、この後の予定を把握しなければ突発的なことが起きた時に咄嗟に行動に移せなくなる。
「ニアは、これまで戦闘経験は?」
「騎士団の訓練に混ざっていたことはあるわよ。シオン様の所ね。アシュリー様の側近としてはある程度剣の腕が立たないとどうしようもないから」
「実際に誰かと戦ったことは?」
「……ある。妖精界はこちらの世界に比べたら遥かに平和だけど、それでも権力争いがない訳ではないから」
成程、アシュリーを守る為に戦った経験があるということか。とすると、ずっと奴隷として過ごしてきたヒースに比べ戦うことについてはニアの方が詳しいに違いない。
「ニア、ハンやナスコ達がこの先どういう計画を立てているのか、俺も知りたいと思ってる」
「確かに何も分かりません、おまかせしますじゃこの先危険よね」
うんうんとニアが賛同した。ニアが頷くと、触れた頬が擦れてくすぐったかった。
「俺もジオも戦いは素人なんだ。俺達三人の中ではニアが一番経験があるみたいだから、ニア、俺と一緒に話を聞いて、それでジオが一直線にシオンの所まで行ける様に俺と一緒に考えてくれないか?」
「――ヒースは本当にジオが大切なのね」
思ってもみない返答がきて、ヒースは驚いた。
「え? そりゃまあジオは恩人だし師匠だし」
「そういうことじゃなくて」
よく分からなかった。どう返していいかも分からなくなり、ヒースは黙り込んでしまった。ニアが笑ったのが触れた頬から伝わってきた。
「ヒースは優しいね」
「俺、別に優しくないよ」
こうしてジオに付き合っているのだって、ジオとシオンをくっつけたいからという自分の望みがあるからだ。これは別に優しさではないと思う。ただのヒース個人の欲求に過ぎない。
「俺は俺がやりたいことをやってるだけだし」
「私を泣かせたくないのも、ヒースのやりたいこと?」
息を吐く様な優しい声色で尋ねられ、ヒースは思わず目を閉じた。とても聞き心地がよかった。理由は分からないが。
「……うん、そうだよ」
「ふふ、ヒースらしいね」
「俺らしいって何だ?」
「そういうところ」
答えになっていないが、ニアはくすくす笑うだけでその先続ける気はない様だ。
「よく分からないよ、ニア。教えて」
困ってしまい、ニア本人に助けを求めた。するとニアが体重をヒースに預けてきて、囁いた。
「ヒースは信用に足るってことよ。安心して、私だってジオとシオン様には幸せになって欲しい。ヒースと一緒に頑張るんだから」
何とも頼もしい台詞だ。するとヒースにぐわっと歓喜が押し寄せてきて、またジオにポカリとやられてしまう可能性もあるのにも関わらず、思わずニアをきつく抱き締めた。ニアがびくっとしたのが分かったが、これだけは伝えたかったから。
「ありがとう、ニア」
心の底から、言った。
次話は明日投稿します!




