ヨハン隊
ヨハン隊の紹介です。
遥か上空を、ハンの使い魔であるカルが旋回している。
カルをこの班の見張りにつけろとハンに言ったのは、班のリーダーのヨハン自身だ。ヨハンは元武人の為、勝手に彼の班をヨハン隊と呼んでいた。
フードが風で取れ、後ろ一つに結いた黒髪が露わになる。反乱組織の中では比較的まだ若く三十代、真っ直ぐな眉毛がいかにも武人然として見えるらしく、その為敢えて額を出している。舐められない為だ。灰色の瞳が吸い込まれそうだと昔は騒がれたこともあったが、今では周りに褒め称えてくれる女性もいない為顎には無精髭が生えっぱなしだ。背は高く身体は筋肉でがっしりとしている。腰にぶら下げるのはふた振りの長剣である。
ヨハンはフードを深く被り直すと、彼の後ろをついて来る部下達を横目でちらりと見た。皆一様に無言で互いに距離を置きつつついてきている。
ヨハンを入れて総勢十名の小隊であるが、隊員達は皆癖のある者達ばかりだ。反乱組織には班は複数あるのに、ヨハンの隊にこうも厄介者ばかりを集めたのには理由があった。
元武人のヨハンの元、しっかりと監視をする為だ。彼等は間違いなく人間の生き残りで貴重な人材ではあるが、とにかく素行が悪い。ただ素行が悪いだけなら力で組み伏せば改心する場合もあるが、彼等が厄介なのは素行の悪さに加えてそれぞれが手練れだということだ。生半な態度で接しようものなら痛い目を見る。
始めは一人、その者がヨハンの下で大人しくする様になったのを見てまたもう一人と送り込まれ、今では九人もいる。始めの一人、シーゼルは今やヨハンの片腕となって久しい為余程のことがない限り悪事は働かないが、皆に共通するのはその堪え性のなさだ。
すぐ切れる。短絡的思考。暴力で解決しようとする。要は口下手なのだ。説明がうまく出来ず言いくるめられるから唯一勝てる腕力で相手に勝とうとする。
反乱組織の別の班の仲間との諍いも絶えない。だがいざ戦闘となるとかなりの力を発揮する為、こうやって今回同様先頭に立ち乗り込むことが多かった。要は特攻隊だ。
ここまで、かなりの速さで獣人族の集落へと向かっていた。後続のハンやナスコ達と違いヨハン隊は徒歩だが、皆健脚だ。それに身体を動かせば程よく疲れて喧嘩もしない。
カルの鳴き声が響いた。集落が見えたら鳴くことになっている。谷底へはあと僅かだった。
今回の獣人族は比較的大人しい部族だとヨハンは聞いている。被害としても、鍛冶屋が一人拐われた程度だ。集落単位で襲い根こそぎ奪い去っていく他の魔族に比べたら相当大人しいと言えよう。だからこそ、なるべく殺さず話し合いをしたいというのがハンの密かな意向だ。
勿論部下達にそんなことを言った瞬間ハンへの反発が沸き上がるだけなのは目に見えていたので、このことはこの隊ではヨハンしか知らない。
名目上は鍛冶屋に危害を加えられない為として、勝手に獣人族と戦うなと言ってあるが、どこまで守れることか。血の気の多い奴らだ、目の前に敵が現れたら嬉々として戦いに勤しんでしまうのは目に見えていた。
カルはその牽制の役割も兼ねていた。ヨハンの合図があれば悪夢を見させることが出来る手筈になっている。悪夢から覚めた後の使えなさ具合を考えるとあまりいい手とは言えないが、背に腹は変えられなかった。
丁度良さげな日陰に入ったところで、ヨハンは手を上げ一同を止めた。
「一旦ここで休憩を取る。ハン達がどの辺りまで来ているのか、集落に近付き過ぎる前に連絡を取る」
「はい、ヨハン隊長!」
「よし、休め!」
二十代から四十代までと比較的この隊は若いが、ナスコの班の奴らの年齢はもう少し上だ。馬で向かうとは聞いたが、やはり歩みは遅いと思っていた方がいいとの判断だった。
「隊長、もしかしてカイラさんも来るんすかね?」
隊の中でも最年少の薄い茶色い頭のネビルが寝転がりながら嫌そうに尋ねる。
ヨハンはカルに仕草でハンの元に行くよう合図を送り終えると、ネビルのそばかす面を見下ろしつつ頷いた。
「そう聞いている」
「うわあーっ気まずい!」
するとヨハンの横にいたシーゼルが軽蔑の眼差しをくれた。
「あんな年配の女性に手を出そうと思うお前の気がしれない」
「えー、だってえー」
「ただの盛った獣だな」
シーゼルは、銀髪に細目の全体的に冷たい印象を与える二十代後半の男だ。ほっそりとした外見とは裏腹に、戦闘になると敢えて集団に突っ込んで行き斬りまくる肝の座った男である。女嫌いを宣言しており、今の世は天国だと豪語している変わり者だ。以前、では何故反乱組織にいるのかと尋ねたところ、ここ以外に人間の男がいないとのたまった過去を持つ。
どうやらこの隊の中に意中の相手がいるらしいが、ヨハンは敢えて尋ねることは避けていた。世の中知らなくてもいい事柄は存在する。人の趣味嗜好に関するものは特に。
ネビルが不貞腐れつつ反論を始めた。
「そりゃあ確かにカイラさんは大分年齢はいってるけど、めっちゃ綺麗じゃないすか! 俺、年上の女性って憧れるんす! なんかこう包容力があって、優しそうで!」
そんなネビルを、興味など一切ないといった目で見つつシーゼルは返した。
「それで相手の意見を聞かずに襲って? 反撃されて? 玉の片方潰されて生死を彷徨ったのはどこの阿呆だ?」
「はい、俺っす」
照れた様に笑いつつ鼻をポリポリと掻くネビルを見て、シーゼルは静かに首を横に振った。
「あ、でも、あの憧れのカイラさんが俺のあそこに触れたって思うと俺、うへへ」
するとシーゼルがヨハンにくるりと向き直った。
「ヨハン隊長」
「……何だ」
ヨハンは溜息をつく。シーゼルがこの後何と言うか、大方の予想はついているヨハンだった。
「もう片方も潰しておきますか?」
太陽すらも凍りつきそうな視線でネビルを見下ろすシーゼルが、ヨハンに同意を迫った。ネビルは冗談だと思っているのか、まだへらへらしている。ネビルはまだこの隊に配属されて日が比較的浅い。なので外見とは裏腹にシーゼルの中に燃え盛る激情が存在することを知らないのだろう。憐れなことだ。
「その方が世の為かと思いますが?」
「シーゼルの言うことも一理あるな」
「ちょ! 隊長まで!」
ネビルが寝転んだまま股間を押さえた。
「それが嫌なのであれば、見苦しい言動は控えて下さい」
「わ、分かりましたあっ!」
ネビルに限らず、隊員は皆ヨハンの右腕であるシーゼルの実際の戦いっぷりを目にしている。だからシーゼルの言葉は冗談ではなく本人がやると決めたら絶対にやり遂げることも熟知していた。だから誰も口を挟んではこない。この隊で安全に過ごす為の生活の知恵だった。
「シーゼルさん、怖いっすよお」
それでもめげずにぶつぶつ言う辺り、さすがこの隊に在籍出来ることはある。この隊に配属されること自体が厄介者の烙印を押されたと同義なのだが、彼等はそれを誇っているフシすらあった。
面倒を細やかにみられるのがヨハン位だからといって、軽々しく引き受けるのではなかった、とこういう時にふと思うのは致し方のないことだろう。実際にたまには代わって欲しいと告げた時には、幾度となく他の班の奴らにはぐらかされていた。
たまには伸び伸びと羽を伸ばしてみたいと切に願うヨハン。
だがそれは当面の間叶いそうにもない願望だった。
次話は明日投稿します!




