確認
必死で寝たふり。
いつの間にか寝てしまっていたらしい。頭突きで起こされ飛び起きたが、まだ全然寝足りなかったのが事実だ。そこに涙とニアの体温の温かさが加わり、涙を見せまいとニアの肩に頭を乗せている間に落ちてしまったのだろう。
目を開けても目の前が暗くてよく見えないが、自分の頭が抱えられているのは理解出来た。視界が暗い筈だ、目前にあるのはニアの胸だ。頭を両腕でぎゅっと抱き締められ胸に押し付けられているのだ。多少苦しいが、それ以上に気持ち良さが勝った。
これは振り解くべきだろうか? 恐らくだが、ヒースが泣いたまま寝てしまったので仕方なくそのまま横になったのだろうが、だがしかし抱きついているのはヒースではなくニアだ。断じてヒースが無理矢理行なった訳ではない。
そして頬に当たっているこのふわふわした感触、これはニアの禁断の果実だ。それが無意識にとはいえ顔に押し付けられている。この状況を自ら放棄するなど、あり得ないだろう。
くう、すう、と穏やかなニアの寝息が頭上から聞こえる。服越しに触れている胸の奥からは穏やかな心臓の音。もう少しこのままでいても罰は当たるまい。ヒースは目を閉じると、気持ち少しだけニアに更にくっついた。
ぷるぷるだ。気持ちよくてこちらからも抱きつきたいのは山々だが、それをやったら言い逃れが出来なくなりそうなので必死で衝動を抑えた。
考えを別の方に向ける。そもそも何故泣いてしまったのか、ヒースにはよく分からなかった。あの時はただ感動して、そうあれは感動だ、それで涙が止まらなくなったのだ。決して恐怖や悲しみからではない。だが何に感動したのか?
よく分からなかった。ニアが優しいことにだろうか? それは少し違う気がした。何か分かりかけたが、涙の所為で答えはどこかに消えてしまった。
とくん、とくんと耳に響くニアの鼓動。頭を包むニアの体温と、守られているかの様な安心感が、ヒースを今度は心地よい眠りへと誘った。
◇
コンコン、と扉がノックされ、かちゃりと音がする。
「ヒース、ニア、そろそろ起きる時間……うおうっ!」
ヒースは目をパチリと開けた。声の主はハンだ。何を見て驚いたのか。部屋は大分明るくなったが、相変わらず頭は抱き抱えられたままでニアの胸に頬が押し付けられている。ヒースはまた目を閉じた。
ぱたん、と慌てて扉を閉じる音がした。
「ひ、ヒース、ニア! ジオが見たらひっくり返るぞ!」
そう言うとハンがヒースの肩を揺さぶった。その勢いでニアの胸にぱふぱふ当たるので、もう少しこのままでいたい。
ヒースが必死で寝たふりをしていると、ニアが起きたのだろう、「あ」と言う声と共に頭の拘束が解かれた。ああ、去ってしまう禁断の果実。
「わ、私ってばっ」
するとハンが「しいーっ」と言った。
「大丈夫だよニアちゃん、まだヒースは寝てる。気付かれなかったと思って何でもないフリをするんだ!」
「はっ! そ、そうね!」
二人で馬鹿なことを企んでいるのが可笑しくて仕方なかったが、ここで笑っては全てが水の泡だ。ヒースは寝たふりを続けることにした。
「ほら、ヒース、朝だぞ」
「ヒース、起きて」
二人してゆっさゆっさと肩を揺さぶるので、ヒースはようやく目を開けることにした。うん、これならわざとらしくないに違いない。
「……おはよう」
仰向けになったヒースを上からハンとニアが覗き込む。
「おはようヒース、朝だぞ!」
「ヒース、よく寝れた?」
ニアが照れ臭そうに笑う。そういえば昨晩は涙を見られてしまった。あれは思い返すと恥ずかしい。ついニアから目を逸らしてしまった。
「よく寝れたよ」
そのまま身体を起こしてベッドから降り、立ち上がった。伸びをしてみると、昨日と違って身体が軽い。よし、もう今度はちゃんと目を見よう。
ヒースは笑顔でニアを振り返った。
「今朝は身体も痛くない。凄いなこのベッド」
ベッドも凄かったがニアの感触も最高だった。勿論そんなことは口が裂けても言えない。
「あ、うん、凄いよね!」
ニアの焦る顔が可愛い。ちょっと意地悪したくなった。
「ニアもよく寝れた? 昨日はごめんな、痛かっただろ?」
「痛かったって、どうしたんだ!」
ハンが焦る。ハンまで顔が赤い気がするのは何故だろうか。
「いや、ちょっと」
あまり詳細は語りたくはない。話せば悪夢を見たことも言わないといけなくなる。ニアには見られてしまったが、これ以上他の人には知られたくなかった。
ヒースの雰囲気で察したのだろう、ニアが代わりに言ってくれた。
「頭突きしちゃって」
へへ、とニアが笑うと、ハンも納得したらしい。穏やかに笑った。
「表で顔洗えるから支度が終わったら洗っておいで。荷物は持って集合だ。このベッドはナスコが片付けるから」
早めにね、と言うとハンが部屋を出て行った。
ふう、とニアが息を吐いてから立ち上がり扉へと向かい始めたので、ヒースは咄嗟にニアの手を掴んで引き留めた。これだけは伝えたかった。
「ニア、黙っててくれてありがとう」
「……ん」
またあの優しい微笑みだ。堪らなくなって、これだけ言ったら離そうと思っていた手を強く握った。
「おまじないも、ありがとう。あれのお陰で俺、安心したんだ」
「そ、そんな大袈裟よ」
「本当だもん」
急に物凄く抱き締めたくなった。本当に本当に嬉しかったのだ。それを与えてくれたニアを抱き締めて、あれが嘘ではなく現実のものだったと確認したかった。
でもいきなりやったら駄目だ。だから確認した。
「ニア、ちょっと抱き締めていい?」
「ひっ」
「ニアは本物だよね?」
するとニアが不審げな表情を浮かべた。
「……まだ夢見てる? 私は本物よ」
「ニアはここにいるよな?」
ニアが息を呑んだ。うまく言えなくてもどかしくて仕方がない。
「確認したいんだ」
「ヒース……」
少し呆れた様な顔をした後、ニアが再びあの表情をしてみせた。
「ちゃんといるよ。す、少しだけね」
ニアの許可が降りたその瞬間、ヒースはニアを抱き寄せた。頭に頬を擦り寄せ、腰を引き寄せ全身で確認する。ちゃんといた。だから昨日のニアは本物だ。ようやく実感して安心し、ほっとして力が抜けた。
自分はニアに何を見たのだろう。ニアに何を求めているのだろうか。分からない、何も分からなかった。
「ヒース、ヒースが弱った時は私がヒースを守るよ」
ヒースの腕の中でニアがもごもごと言った。
「私はヒースを守る為にここに来たんだもの。だからいなくなったりしないよ」
「……うん」
温かくて離したくない。どうしよう。ヒースが迷っていると、急に扉が開いた。
「こら! ヒースお前って奴は朝っぱらから何してるんだ!」
ジオだった。つかつかとこちらに向かってくる足音がしたな、と思った瞬間。
久々の拳骨が脳天に落ちてきたのだった。
◇
頭がまだズキズキする。痛む脳天を押さえた。ニアは一緒にクリフに跨っている。
横を進むジオは危なっかしく馬に跨っている。馬には殆ど乗ったことがないらしかった。それはヒースも一緒だが。
「ジオ、あれは何でもないから。誤解だよ」
「そ、そうよジオ! あれはただの確認だから!」
「……一体何を確認してたんだよ」
「まあ、色々と」
ヒースがしれっと言うと、ジオが深い深い溜息をつきつつ首を横に振った。呆れているのが分かった。
でもジオには理由は言えない。どうしても言いたくなかった。
次話は明日投稿します!




