人影の正体
今回の挿絵はimonekoさんに描いていただきました!
実際に話してみると、男らはとても陽気ないい人達だった。どこから調達したのか、肉やら野菜やらを焼いたり煮たりと賑やかに調理するとあっという間に晩飯の出来上がりだ。どれも男の料理といった感じの大胆な作りではあったが、それでも奴隷時代のあの無味無臭のカチカチ飯に比べれば極上だ。
カイラの目が光っているからか、それとも早々にヒースが俺のもの宣言をしたからか、はたまたハンがヒースをやたらと可愛がるからか、男達の対応は悪くない。それでもニアを一人にはしたくないので、ヒースはニアを常に隣に置いた。ニアが厠に行く時はカイラに付いていてもらう様お願いをした。正直ジオにこの役はあまり任せたくはなかったので、カイラが居てくれてヒースは心底ほっとしていた。
過保護だと言われても仕方ない、我ながらそう思える位にはヒースは警戒を解かなかった。自分でも何故ここまでになってしまうのか分からない。ハンやカイラ程、男達を深く知る時間がまだないからかもしれない。男達の会話を楽しみながらも、どこか一歩引いて見ている自分がいた。ヒースの隣に座っているジオは元々寡黙だが、今日は酒に一切手を付けていない。その様子からも、ジオもまだ警戒をしているのだろうとヒースは考えていた。
「さあ、明日は早朝に出発だ。そろそろお開きにして片付けて寝よう」
ハンが言い出すと、髪が一切ない頭部がほんのりピンク色に染まったナスコが賛同した。
「そうだな。鍛冶屋が帰ってきた時に怒らない様綺麗に元に戻すんだぞ」
「あいつ怖いからなあ。宜しく頼むよ、皆」
ハンがにこにこと笑いながら皆に声を掛けると、男達はそれぞれ好き勝手に返事をしながらも片付けを始めた。ようやく人見知りも少し落ち着いたクリフをカイラに預けると、ヒースは先に立ち上がりニアに手を貸す。ニアも今日は疲れたのか、少し眠そうだ。昨晩きちんと寝れていなかった様なので、余計なのだろう。
すると、カイラが声を掛けてきた。
「ヒース、昨日はちゃんと寝れてないんだろ? クリフは私が面倒を見るから、今夜はゆっくり休みな」
「え? クリフ大丈夫?」
「クリフ、カイラと寝る!」
「うふふ、可愛いねえ」
「カイラ柔らかいから! クリフヒース好きだけど、昨日固かった!」
「うふふふ」
「えへへへ」
成程、今日はクリフもよく寝るなと思ったら、昨晩ずっとヒースの腹の上でろくに身動きも取れずに寝ていた所為らしい。やはり本来あのハンモックというのは一人で寝るべきものなのだろう。ニアの頬が眠そうにぽっと染まっており、クリフの頬の様で可愛いなと思った。
「ヒース、寝る前にもう一度ちょっと厠に……」
「あ、うん。俺も行こう。カイラ、またお願いしていいか?」
「はいはい」
厠は家の外に設置されており、裏手にある為夜は特に暗い。カイラは外に出ると、すっと刀を抜いた。少し湾曲した刀身はよく見ると片刃で、ヒース達が鍛える両刃とは形が違っていた。色々種類があるらしい。今度ハンに聞くのもいいかもなと思った。
「わあ、綺麗」
「カイラ光ってる!」
夜の闇にその刀身はよく映えた。刀が揺れると青白い光が尾を引いてなびく。カイラがははは、と笑った。
「夜は便利だよ、明かりがなくてもこうやって見ることが出来る」
「へえ、いいなあ。俺も欲しい」
筋肉が増えるのに加えて光るのは良さげだ。是非とも欲しかった。
「鍛冶屋の奴を助ければ譲ってくれるかもしれないよ」
笑いながらカイラが言う。そうか、拐われた鍛冶屋がこれを鍛えることが出来るなら、是非とも一振りいただきたいものだ。この際短剣でも何でもいいから。
「よし、必ず助けてお礼にもらおう!」
「うん、その意気だ」
厠にはまずニアが入った。
「あんまり近くにいないでね!」
「耳塞いでおく」
「そういう問題じゃないの!」
青白い光でも分かる位真っ赤になりながらニアが厠に入っていった。クリフを抱きかかえながらだと耳が塞げないので、クリフを降ろして約束通り耳を塞いで待つ。その様子をカイラがくすくす笑いながら見ているが、何がそんなに可笑しいのか。
すると、光る刀をほおーっという顔をして見ていたクリフがピクリと反応した。
「……どうしたクリフ」
「何かいる」
「……どこだ?」
ヒースはクリフの目線を追うと、クリフは谷の入り口をじっと睨みつけている。ここからは少し距離もあり、赤茶の岸壁は所々暗い影になっておりヒースが見た限り何かいる様には見えない。
「ちょっと上の方」
クリフの言葉に従い、ヒースは壁の少し上の方を見る。するとそこに足場になりそうな僅かな出っ張りがいくつかあるのが確認出来た。丁度月に雲がかかってしまいよく見えないが、その一つに人影がある様にも見える。
「……なんかいるねえ」
カイラがヒースの横に並んで目を細めた。人差し指程度の大きさしか見えないが、こちらの様子を窺っている様だ。髪は長く真っ直ぐで黒い。フードの様なものを被っているのか、顔ははっきりと見えなかった。
と、雲が剥がれ月の光がその人物を照らした。
光る、赤い目。若そうな白い顔が見える。隣でカイラがはっと息を呑む音がした。
「嘘だろう……」
「どうしたのカイラ?」
カイラの声が震えている。様子がおかしい。ヒースがちらりとカイラを見ると、信じられない物を見る様な目でその人物を見ていた。まるで幽霊でも見るかの様な目つきだった。
「カイラ?」
「おかしいんだ、アイリーンな筈がない、だってあの子は拐われた時は二十歳だった」
「アイリーン?」
話の流れからして、カイラの娘のことだろうか。
「街が襲われたのは十七年前なんだ、だから今アイリーンは三十七歳になっている。なのに何で、何で……」
話がよく見えない。クリフが警戒しているのが傍から見ていても分かった。ただの人間にここまでの反応はこれまでしたことがない。とすると、あれは――。
カイラが一歩前に進んだ。手がその人物へと伸びる。唇がわなわなと震え、目は大きく見開かれていた。
「アイリーン……アイリーン!」
カイラが叫んだ。あまりにも悲痛なその声色に、ヒースの心臓がきゅっと縮んだ気がした。いなくなった人を呼ぶ心からの叫び、その声色には記憶があった。切られた父を泣きながら呼ぶ母の声。流れてくる血、切り裂ける様な高い声。声の高さは母のものよりかなり低いというのに、何故こんなにも思い出されるのか。
息が、出来なくなった。
ヒースは心臓を拳で叩いた。違う、流されるなこれは母ではない、全くの別人だ、そう自分に言い聞かせるが背中に汗がつう、と流れた。外はちっとも暑くなどないのに。
「アイリーン!!」
カイラがもう一度叫ぶと、その声が届いたのか人影が反応を示した。明らかにこちらを見ている。どうしようか迷っている、そんな雰囲気だった。カイラが人影の方へと駆け出す。人影がはっとした様に動き、すると谷の奥の方から急に突風が吹き、その人物が被っていたフードが取れた。
あれは。
ヒースは走ってカイラに追いつくと、カイラの腕を掴んで後ろへ引っ張る。
「離してくれヒース、だってあの子は……!」
「よく見ろカイラ! 頭に人間にはない物がある!」
「だってあの顔はどう見たってアイリーンで……!」
するとクリフが走ってきて、カイラの足にしがみついた。
「カイラ! あれ、獣人だよ!」
「……クリフ」
我に返った様にカイラがクリフを見下ろした。ヒースは視線を岸壁の中腹に戻す。
そこには、もう誰もいなかった。
次話は明日投稿します!




