俺のもの宣言
鍛冶屋の家の中に入ると、広々とした居間の中央に大きめなラグが敷かれており、そこに先程の禿頭のナスコ以外にも年齢がバラバラの男達が胡座をかいて円になって座っていた。目視で数えると、ナスコを入れて八名いる。一番若そうなのはヒースよりやや年上だろうかという位の男。一番年長に見えるのは白髪のがっちりとした体躯の男だ。
ハンは全員見知っているのだろう、握り拳を作って一人一人軽くぶつけて挨拶をしている。それがひと通り終わった後、所在なさげに突っ立っていたジオと遅れて中に入ってきたヒース、ニアとついでにクリフも紹介された。
皆一様にヒースの若さに驚き、抱えている子供のクリフに更に驚き、最後にヒースの背後から顔を覗かせたニアを見て驚愕の表情を見せた。ニアを見た瞬間顔を赤らめた奴もちらほらいた。ほら危ない。ニアに釘を刺しておいて正解だった。
「あんた達間違ってもこの子にちょっかい出すんじゃないよ」
仁王立ちしたカイラが目を細めて言うと、男達が少し引き気味で焦った様に頷いた。
「カイラに斬られたら肉片ひとつ残らなさそうだもんな、絶対しねえよそんなこと」
そう言った一人の男が恐ろしげにチラリとカイラの腰にある長剣を見た。しかし肉片ひとつ残らないとは随分と恐ろしい表現だ。温和そうなカイラだが、そんなに腕が立つのだろうか。
ヒースの顔に疑問が浮かんだのが分かったのだろう、ハンが笑いながら教えてくれた。
「カイラは元々剣術の師範をやってたんだ。強いんだぞ」
「嫌だよハン、やめておくれ」
照れた様にカイラが笑う。そしてすらっと鞘から長剣を抜いて見せた。その刀の刀身は仄かに蒼く発光していた。暗闇で見たらもっと綺麗そうだ。
「私のはほぼこいつのお陰だよ。旦那の強さには一生及ばない」
「旦那さん?」
ニアが首を傾げつつ尋ねた。カイラが刀を鞘に戻した。その所作はとても滑らかで無駄な動き一つない様に見える。
「そう、私の死んだ旦那。そりゃあもう強かった」
「でたよ、カイラの惚気」
「いやあでもホルガさんの剣技は素晴らしかった」
「ハンは見たことあるんだもんなあ、俺も一回くらいお目にかかりたかったよ」
「つくづく病に倒れたのが惜しいなあ」
男達が好き勝手に話し始めると、カイラがヒース達に向き直って教えてくれた。
「これが例の蒼鉱石で鍛えた剣だよ。私はこれのお陰で魔族とも何とか渡り合えているんだ」
ははは、と笑うカイラ。そうか、一人で魔族の集落に生き別れた娘を探しに行っているのだ。腕に覚えがなければとても一人で行動など出来る訳がなかった。
「こいつらはまあ比較的大人しめだからそこまで警戒しなくても大丈夫だよ、ヒース」
ヒースが固く握ったニアの手を見て、はしゃぐ男達には聞こえない様にこそっと言った。そこで初めてヒースは自分の肩に力が入っていたことに気が付いた。ニアの手を握るこの手にも物凄い力が籠もっていた。いつの間に。
「あ……ごめんニア、痛かっただろ?」
ようやく手を離してニアの手を見ると、ヒースの指の跡が付いていた。ニアが少し照れくさそうに微笑んだ。
「うん、まあ。でもヒースが守ってくれようとしてるのは分かったから」
だから痛くても我慢してたのだ。思わずヒースの口が尖る。
「ちゃんと言ってよ」
「うん、次はそうする」
いじけたヒースの顔を見て、ニアが楽しそうに笑った。その笑顔を見てヒースにもようやく笑顔が戻った。うん、やはりニアには笑顔が似合う。まるで真っ赤な大きな一輪の花の様だ。
そんな二人の様子を微笑ましそうに見ていたカイラだったが、ジオとヒース達を手をひらひらさせ招き寄せると更に小さな声で言った。
「だけどヨハンのところの奴らは少し警戒しておいた方がいい。あいつらにゃあ言ってないが、このおばさんの私にすらちょっかい出してこようとした奴がいるからね」
「え、カイラ大丈夫だったの?」
ニアが心配そうに尋ねると、カイラはにやりと笑ってみせた。
「片方を蹴り潰してやったよ」
「え? 片方?」
ニアは理解出来なかったらしいが、ヒースもジオも即座に理解し、そして思わず自分のそれを庇う様に上から押さえた。ジオももぞもぞしているので同じ気持ちなのだろう。
「まだ切られなかっただけマシだと思ってもらわないとね、ふふふ」
「え? え?」
ニアは全く分からないのだろう、目をぱちぱちさせていたが、ヒースは自分のそこが縮み上がるのを感じた。カイラは絶対に敵にまわしてはいけない、それがこの話でよく分かった。
「カイラが剣術の達人だって分かってて?」
「そう。余程腕に自信があったんだろうけどね、私から見たら隙だらけだったよ」
「おいおい、カイラが強いって分かった上で仲間にそういうことをする奴がこの先にいるってことか? やはりニアは戻って……」
ジオが眉間に皺を寄せてニアに言ったが、ニアは首を横に振った。
「私はヒースといるわ、ジオ」
「でもよ、危なくねえか」
「どこにいたって危ないんでしょ? だったら私を守るって言ってくれてるヒースの隣にいる」
ね? とニアがヒースを見上げる笑顔は、ただただ可愛い。ヒースは無言でこくこくと頷いた。
「距離を置いた場合、私の属性がヒースにどこまで影響するか分からないし」
「そうか、それはあるかもしれねえなあ」
ジオが腕組みをしつつ唸った。
「実験している時間があれば良かったんだけど、そういう訳にもいかなかったでしょう?」
「ニアって本当実験好きだよな」
「あら、仮説を立てて検証するのは大事なのよヒース」
「そういうもんか?」
「実験結果は嘘をつかないわ」
ごにょごにょと話しているヒース達を見たハンが、手招きして呼んだ。
「お前らもこっち来いよ」
「あ、はーい」
ニアが愛想よく返事をした。こいつらは比較的大丈夫だと言われて警戒を解いてしまったのだろう。だがこの人達と後に合流するヨハン一派との間の認識に差異が出ても困る。ここは先手を打とう。
ニアの前にヒースがずい、と身体を入れ、ナスコ一派に言い放った。
「先に言っておくけど、ニアは俺のだから!」
正確にはシオンを救出するしヒースを守る為に属性を付ける様アシュリーから送り込まれた人だが、そこは全て端折ることにした。余計な情報は不要だ。
横でジオがぱかっと大きな口を開けているのがちらっと見えたが、この状況で拳骨を落とすのも否定することも出来ないだろう。ニアの安全がかかっている。嘘だろうがなんだろうが、ニアの安全が最優先だ。
「てことだ、分かったねあんたら!」
カイラが剣の柄に手を触れながらにやりとしてヒースの横に並び立った。ヒースの背後でニアが「ひっ」と言っているのが分かったが、今は無視だ。それにほら、何人か残念そうな顔をしている奴がいる。やはり言って正解だった。
「ほら返事は!」
「「「はい!!」」」
野太い非常にいい返事が返ってきた。これなら大丈夫そうだろう。ふとハンを見ると、頬をほんのりピンク色に染めて孫の顔でも見る様ににこにことしていた。意味が分からない。
「じゃあこれから俺達は仲間だ、仲良く頼むよ皆」
ハンがそう締めくくると、座り込んでいた男達が膝を叩きながら立ち上がり始めた。ナスコがヒースに声を掛けてきた。
「じゃあ兄ちゃんはお嬢ちゃんと一緒の部屋な。案内する、こっちだ来い」
「ひっ」
「うん、分かった」
クリフは人見知り全開でヒースの首にしがみついている。ヒースはニアの手を再び取ると、ナスコの後について行くことにした。
次話は明日投稿します!




