ハンの目的
ハンの見ている先とは。
昼食後、一行はクロに見送られつつ街を出た。クロはヒース達のことを最後まで心配し、「ここで待っててもいいんだぞ」と繰り返し言っていた。終わったら必ず戻ってシオンも紹介するとジオが請け負ってくれたので、また置いていかれるのではないかと内心ヒヤヒヤしていたヒースはほっとした。
ハンが用意した日除けの外套は二人分。ニアの分が足りなかったが、街には持ち主不在のまま盗難にも遭わずに残った服があったので、女性物をクロがニアに渡してくれた。何から何まで感謝だ。
「谷の入り口で合流だ。鍛冶屋の奴になんかあっちゃあいけないから出来たら戦わずに話し合いをしたいもんだが、出来るかなあ?」
呑気にそんなことを言っている。今回の参加人数はそれなりに多い様だが、ハンも全員は把握していないらしい。馬の手配を依頼したナスコという男の一派が谷の入り口で待っているのと、酔木を掻き集めてきたヨハンという男の一派が先行して谷底へと出発しているらしかった。
「斥候は?」
カイラがハンに尋ねる。ヒースには意味が分からず首を傾げていると、ニアが先に行ってこっそり調べてくる人のことだと教えてくれた。ニアは王宮勤めだっただけあってこういったことには詳しい。
「奴らは嗅覚が鋭い。あまり不用意に近付くのはやめた方がいいって忠告を受けたんだよな」
「てことはヨハン達が先頭か。大丈夫かい?」
カイラが顔を顰めた。そんな表情をしないといけない程危ない奴らなのだろうか。するとカラカラとハンが笑った。
「平気平気、ヨハンの所にカル付けたから」
「ああ、なら大丈夫だね」
カルはあのクリフを餌にしようとした魔鳥だ。
「ハン、どういうこと?」
クリフは子供の姿で定位置、つまりヒースの首にしがみついている。ハンが寝ているクリフの顔を覗き込んでくす、と笑った。
「そうだったな、カルのことは済まなかった。まさかクリフを連れてくるとは思わなかったから命令してなかったんだ。仲間の乗り物は襲うなって言っておいたからそう認識してくれた様で良かったよ」
「え、クリフのこと乗り物判定したの?」
「形が馬と似てるからな、そうだろう。でなきゃ容赦なく襲ってる」
「代わりに俺が襲われそうになったけどな」
「それも悪かったって。ちゃんと鹿も駄目って言っといたからもう大丈夫だ」
苦笑して頭を掻いているハンをジオがギロッと睨みつけた。
「あんなの飼ってたなんて聞いてねえぞ」
「だってカルは一応俺の秘密兵器だし、それにジオには今まで関わりがなかっただろう?」
「そうだけどよ、他に隠してることはねえのか? 怖くて仕方ねえよ」
「何だよジオ、怖気付いたのかい?」
カイラが驚いた様に聞いてきた。ジオはぶすっとして首を横に振る。
「怖いのはハンのことだよ。何やるか分かんねえし秘密ばっかりだしよ」
カイラがあははと笑った。
「確かにいきなり突拍子もないことをしたりするけどね」
「だろ? 本当昔っから勝手なんだからよ」
「俺そんなに勝手かなあ?」
大人三人はぽんぽん会話をしていて、ヒースもニアも口を挟む隙がない。どんどん話が脱線していっている気がするが、こんなによく喋るジオが珍しくて会話を遮るのも気が引けた。仕方ない、後で話を戻そう。そう思った時。
ハンがにこにこしてヒースの方を向いた。
「ヒースは俺のことどう思う?」
笑顔の時の目が、クロによく似ていた。見えなくなるまで見送ってくれたクロの姿が脳裏に浮かぶ。性格も、兄弟でよく似ていた。でも決定的に違うものがある。
「お人好し」
「真っ先にそれ出る? まあいいさ。他は?」
「おしゃべり」
「……うん、まあそれも認める」
ハンを挟んで反対側を歩くジオが手を叩いて笑っている。
「でも本当のハンはどうなのか想像が出来ない」
ハンが真顔に戻った。
「だから教えてよ。何でハンは魔物を味方に出来るんだ? 何で俺達に付き合ってくれるんだ? 鍛冶屋は利用価値があるから捕まってる、だから殺されることはない筈だよな? なのに何であちこちにいる仲間を集めてこうして向かってるんだ?」
ずっと考えていた。ヒース達の所に遊びに来ている時のハンは愉快な大人だ。社交的なあの姿は、本来のハンの姿なのかもしれない。だが、だからといって組織の上の方に位置していそうなハンが、仲間の命を危険に晒してまでヒース達の旅に付き合う義理はない。
そしてきっとハンはそこまで阿呆ではない。ハン一人だったらともかく、仲間まで巻き込むにはそれ相当の理由がある筈だった。
「鍛冶屋救出は口実なんじゃないか?」
「お前……」
ジオもお人好しだ。そしてジオのお人好し具合は底抜けだ。目の前に困った人がいたら助ける、そこに疑問は挟まない。それがジオだ。だからクロがハンに巻き込むなと釘を刺したのだ。あの言葉から察した。
ハンもいい人だ、それはよく分かる。だが、根底にはもっと大きな目的がある様に思えた。お人好しのジオを、断れないだろうことを理解した上で巻き込もうと思ってしまう位はハンにとって重要な何かが。上回ってしまう何かが。
ハンは好きだ。ハンもヒースのことを気に入ってくれていること位は分かる。でなければ、ヒースがここに来ることに難を示したりしないだろう。それでもヒースが行くと言えば尊重してくれる。そこに悪意はないと思えた。
ハンがじっと、無言でヒースを見つめた。ジオもカイラも、何も言わない。ハンが何か返答をするのを待っているのだろう。
「……この後合流する奴らには言うなよ?」
ハンが言いにくそうに話し始めた。
「分かった」
「ジオもだぞ。あ、ニアちゃんもだから」
「はいよ」
「分かりました」
カイラは知っているのか、静かな表情で前を見つめている。
「あー、そのさ、俺がエルフとの混血なのはクロから聞いたみたいだけどさ」
「うん」
「魔物を使役出来るのもその血のお陰なんだけどさ」
「……うん」
「混血ってさ、結構孤独でさ」
相槌が打てなくなった。
「そんな時に、魔族との混血や亜人種の奴らとも知り合ってさ、ああ皆一緒なんだって俺は思った訳だ」
「同じ生き物ってことですか?」
黙りこくった男達に代わってニアが聞いた。ハンがそれに対しにこっと笑って頷いた。
「そう、正にそれ。そのさ、……初恋の彼女が死んだのは魔族の所為だし、奴隷だって反対だ。攫っていくのだって駄目だと思う。そういう理不尽な目に遭っている人は助けたい。だけど、戦う気がない魔族まで滅ぼしたいとは俺は思わないんだ」
「それは……そうかもな」
ヒースは奴隷として囚われていた。今の暮らしと比べると人並みな扱いを受けていたとは思えないが、だからといって魔族の全員が憎んでも憎んでも足りない程嫌とはヒースは思わなかった。
こういう考え方は冷めているのかもしれない。ただ、見てて思ったのだ。下っ端の魔族達は結局は上位の魔族にいい様に使われていて、仕事だから従っているのだと。実際、中にはまだ幼かったヒースを可哀想な目で見る魔族もいるにはいた。つまりは立場の違い、それに尽きる。
「今回の獣人族は、話せば分かり合えるかもしれない?」
「そういうことだ」
比較的大人しいと聞いた。ここ最近急に好戦的になったのなら、そこには理由があるのかもしれない。
「俺はヒースの方が怖いよ。俺のどろどろした部分も皆見透かされてそうで、怖い」
ハンが苦笑した。
次話は明日投稿します!




