花冠
クロの家からすぐの空き地に、白い花がいっぱい生えていた。それをヒースとニアとついでにクリフも一本ずつ摘み取っていく。あんなにハサミは不器用だったのにこういうのは得意な様で、ニアが花束の根元を長い葉で数カ所くるくると結び、綺麗にまとめてしまった。それを二束共まとめたのはニアだ。ヒースが花を根元から抜いてしまい茎を折ろうとして失敗している間に出来上がってしまい、さて手に持ったこれをどうしようかとヒースが戸惑っていると、ニアが花畑に座り込んでクスクス笑い始めた。
「どうしたのニア?」
「どう、これ!」
にこにこ顔のニアが見せてくれたのは花冠だった。立ち上がるとそれをヒースの頭の上にポンと乗せる。ふわりといい香りが漂った。花冠は思ったよりも重量があった。
「可愛いわよ、ヒース!」
まさか、元気付けようとしてくれたのだろうか。
「クリフも! クリフも!」
「はいはい、クリフにも作るから」
ニアはまたしゃがみ込むと、今度はクリフ用に花冠を作り始めた。手元を見ると何となく作り方は分からないでもないが、一発では真似は出来そうにない。なのでヒースはそれを見守りつつ、茎がくたってしまった部分を爪で切り取りようやく問題のない一輪の花になった物を持ってその場で待機した。
ニアがあっという間に小さめの花冠を作り終えると、それをクリフの頭に乗せた。
「クリフのだ! クリフ格好いい!?」
「ふふ、そうね」
にこにこと返事をしながらニアが立ち上がったので、ヒースはニアの方に近付いた。
「ニア、これ」
「ん?」
手に持っていた花を見せ、受け取ろうと伸ばされたニアの手を軽く掴んでニアの耳の上の髪に差した。少し押し込む様にしたら安定した様だ。
「折角だから」
摘み取ったのにもう要らないと捨ててしまうのは憐れだった。摘み取った物はそこまで持たないだろうが、それでも暫くの間付けてあげるだけでも花冥利に尽きるかな、と思ったのだ。
「あっありがとうっ」
「うん」
ニアの頬がほんのりピンク色に染まるのを見て、純粋に可愛いな、と思った。時折猪突猛進であらぬ方向へ突っ走っていってしまうニアだが、こうしている分には普通の可愛い女の子だ。
風がサアッと吹きつけ、ニアの髪を舞い上がらせた。すると花が耳から外れそうになったので、ニアが咄嗟に落ちないよう押さえヒースも押さえようとしたので、結果としてニアの両手を握っていることになった。
「ひっ」
ピンク色が真っ赤に変わっていく。
「ヒース、あの、花束を届けなきゃ」
真っ赤になって怒った様な顔をしている。笑って欲しかっただけなのに。
「ニア、笑って」
「えっあっむ、無理! 心臓が止まりそう……!」
「だって顔が怒ってるから」
「怒って、ない! これはその、どういう顔をしていいか分からなくてっ」
成程、どうも一気に近付き過ぎたのかもしれない。よく考えてみたらヒース達の世界に女が少ない様に、妖精族の世界は男が少ない。ということはニアには免疫というものが全くないのかもしれなかった。であればここは少しずつ、少しずつ距離を縮めていくべきだろう。ヒースだって女に免疫はないが、奴隷時代に男同士の色恋沙汰は散々この目で見てきている。従って、押し過ぎはかえってよくない場合もあることは知っていた。押しても駄目なら引くのだ。奴隷仲間の奴が言っていたことがある。
「怒ってないならいいけど」
そう言うとヒースはようやく花を押さえていた方の手を離した。でももう片方の手はまだ離さない。花冠を被って嬉しそうに駆け回っているクリフに声をかけた。
「クリフ、花束を持ってくれるか?」
「クリフ持つ! ヒースの役に立つんだ!」
ぱっと走ってくると花束を両手一杯に掴み、半ば花に埋もれた状態のクリフがぴょんぴょんと跳ねながら家の方へと進み始めた。
「じゃあ戻ろうか」
「う、うん」
ヒースはそう言うとニアの手を掴んだまま軽く引っ張った。とりあえず解こうとはされないので、少なくとも誰かと会うまではこれでいこう。先程までの沈んだ心はどこへやら、ヒースの神経は全てニアと繋がれた手に集中する。
「獣人族の所に行く時はさ」
「――うん」
「俺がずっと隣にいるから、離れないでくれよ」
「わ……分かった」
いつどこで敵が襲ってくるか分からない。ヒースが怪我をしてもニアが無事なら回復は出来るが、ニアが瀕死にでもなってしまった場合ニアの属性がどう作用するのかは正直未知数だ。危険は冒したくなかったし、それにニアに怪我なんてそもそもさせたくはない。こんなに柔らかくてぷるぷるの身体に傷が付くなんて考えただけで恐ろしい。西ダルタン連立王国の男たるもの、女性のぷるぷるは守るべきなのだ。
「ヒースー? ニアー? ついでにクリフー! ご飯だぞー!」
クロの家の方からジオが呼ぶ声がした。なかなか出てこないと思っていたら、朝食の準備をしていたらしい。残念だが今回はここまでだ。ヒースはそっと繋いでいた手を離した。ニアがふう、と息を吐いて繋いでいた手をニアの胸に当てるのが見えた。
家に向かいながらヒースは考える。とりあえず目的はジオを幸せにすることと、ニアを泣かせないこと、そしてヒースが思い浮かべるニアの顔を泣き顔から笑顔に変えることだ。その為にはニアの興味をジオからヒースに切り替えさせる必要がある訳だが、その先を全く考えていなかったことに思い至った。
自分は一体ニアとどうなりたいのだろうか? とりあえずぷるぷるは触りたい。出来ればぷるぷるじゃない所も触ってみたい。更に出来たら直接見たい。そこまでははっきりとしているが、ではその先はと考えると、想像がつかないのだ。昨日クロに言った様に、ヒースには恋愛の好きがまだよく分からない。
横で顔をパタパタと手で扇いでいるニアの顔を盗み見る。
ニアの隣にずっといたら、理解出来る日が来るだろうか。ジオとシオンの様に、互いを想い合って動けなくなる様な思いを持つことがヒースにも出来るだろうか。
果たしてそれをヒース自身が望んでいるのかどうかすら、ヒースにはまだ分からない。だが、ヒースはジオが好きだ。師匠としても年長者としても尊敬しているし、いつかジオ位の年齢に達したらジオの様に落ち着いた人間になっていたいと思う。ぽかすか叩くのはあれはなしだと思うが、そう、ジオとジェフを足してニで割った感じがヒースの理想かもしれない。それにハンの明るさも人懐っこさもいいなと思う。
ヒースがその位の年齢になった時、世界は一体どうなっているだろうか。ジオとシオンは一緒に笑い合って過ごしているだろうか。ハンの戦いは終わり、妖精王は暴れず、魔族は人間を奴隷から解放していないだろうか。
ちら、とニアと目が合った。まだ顔を赤くしていてその様があまりにも可愛らしくて、思わず笑ってしまった。
「何よ」
「別に」
その時、自分の隣には伴侶となるべき人が居るだろうか。その伴侶との間に子供は居るだろうか? ヒースはこれまで自分の将来のことなど考えたこともなかった。奴隷となる前の幼い頃はあれこれ夢も見ていたが、奴隷となった後はその一瞬を生きるので精一杯だったから。だから自由となった今、誰かと一生を添い遂げる可能性も出てきたことに今更ながらに気が付いた。
それがニアかは分からない。案外アシュリーだったり、もしかしたら魔族かもしれない。
でもその時も、ニアが笑っていたらいい。
そう思った。
次話は明日投稿します!




