この手ではないけれど
悲願。
カイラは信じられない、といった顔をしているが、これは事実だ。そもそも話の順序が逆になっているので、それで理解してもらえないのかもしれない。頭から説明すれば、こんな顔をするのは止めてくれるだろう。
「えーと、元々はジオがシオンと妖精の泉で物々交換をしてて恋人になって、そうしたら次の妖精王がジオからシオンを奪ったんだけど、シオンが子供を産んだら飽きて他の妃しか相手にしなくなって、でもその間にこっちは街がなくなったりして」
カイラが首を傾げた。うん、自分でも説明が支離滅裂なのは分かった。人にあった過去のことを簡単に説明するのは難しいということをヒースは今初めて知った。何事も経験である。
こういう説明はきっとジオも無理だ。自分の恋バナなどあのごつい師匠には不可能に近い苦行だろう。昨夜もここ最近の話を聞きたがったクロの質問にもあまりちゃんと答えていなかった。殆どはニアとヒースで説明している。さてどうしよう、とヒースが困っていると、玄関の戸を開ける音が聞こえた。
ニアだった。
「ヒースおはよう。――あの、そちらの方は?」
あまりよく寝れなかったのか、目の下には少しクマがあった。またもや罪悪感でヒースの胸がチクリと傷んだ。でももう何も言えない。勿論謝る気もない。
「ヒース、こんな若い女性が一体どうしてここに」
カイラが目を見張った。こちらの驚きはよく理解出来た。そして女性に挟まれ質問されている自分に物凄い違和感を感じた。居心地が悪いことこの上ないので、さっさと説明して直接話し合ってもらおう。そうだ、ニアがジオのこれまでのことを一緒に説明してくれればきちんと伝えられそうだし、と思い、それはニアにはあまりにも酷だと躊躇する。それかハンが合流するまで待つか。いつまでもニアに遠慮していても仕方がないのも分かるが、昨日の今日ではいくらなんでも自分が悪人になった気分になってしまう。
どうすべきか判断がつかなくなって二人の顔を交互に見つつ思わずヒースが一歩下がると、ヒースの腰にドン! とぶつかって来た物があり、ヒースはよろけて尻もちをついてしまった。
「ヒース、クリフ置いてっちゃ駄目!」
子供の姿のクリフが腰にしがみついたままヒースの腹に顔をぐりぐりしている。ヒースを見下ろすカイラの口がぱかっと開いた。次いでほわっと笑顔になった。ヒースの横に来るとしゃがみ込み、まだぐりぐりしているクリフを覗き込んだ。顔が緩みまくっている。
「こんな小さな子、久々に見たよ。坊や可愛いねえ! クリフっていうのかい? おばちゃんはカイラっていうんだよ」
魔物の匂いが付いてしまっていたからか、昨日は全くクロへの警戒を解かなかったクリフだが、カイラには魔物の匂いが付いていないからかそれとも女性だからか、あっさりと顔をカイラの方に向けたのが分かった。というかどいて欲しい。
「ほら、ヒースが起き上がれないよ。おばちゃんの所においで。抱っこしてあげる」
ひょい、と出されたカイラの手に素直に近付くと、クリフはあっさりと抱き上げられた。クロとのこの差。まあクロは子供は苦手そうではあったので歩み寄ることはなかったのだが。
カイラがクリフを抱っこしたまま立ち上がると、「くうううっ」と悶える声を出しながらクリフを堪能し始めた。何かよく分からないが、クリフが役に立っているらしい。その様子をヒースがぼうっとして見ていると、とことこと横まで来たニアが手を差し伸べてきた。
「ほら、汚れちゃうわよ」
「あ、うん」
ぎゅうっとされているクリフの腕はカイラの胸周りに回されている。年配の女性ではあるが、しっかり胸はある。ヒースははっと気が付いた。そうだ、密着すれば手で触れずとも接触した部分で感じ取ることが出来るのではないか、と。
一瞬だけニアの胸元を盗み見る。でもわざとでは駄目だ。簡単に男に触れちゃ駄目だと昨日自分からも言ってしまった。ああ、あれをジオに限定しておけばよかった。ヒースは家の方をちらっと見て様子を窺ったが、まだジオは起きてきていない様だ。カイラとクリフは互いをぐりぐりと堪能している。
今なら誰も見ていない。偶然を装うなら今しかないだろう。
ヒースはニアの手をぎゅっと握ると、上半身を起こす勢いでニアをぐいっと自分の方に引っ張った。
「わっ」
「ニア危ないっ」
危ないも何もわざとなのだが、よろけたニアを受け止めるふりをして片腕でニアの細い背中をぎゅっと抱き締めた。うおお、細い。髪の毛が頬をくすぐってまたちょっと変な気分になってきた。
思ったよりも勢いがついてしまい、ヒースはまたもや地面にひっくり返った。今回はニアも一緒だ。一応ニアが怪我をしない様、という体を装ってみた。ニアの手を離さなかったのは正解だった。ニアのむにょっとした物が、しっかりとヒースのあばらの辺りに当たった。
「や、やわら」
「え? ヒース大丈夫!?」
ニアが心配顔で身を起こそうとしたので、わざとらしくない様に痛そうな顔をしてみせた。実際に身体の裏側は痛いは痛い。
「あ、頭打った」
勿論ニアをぎゅっと抱き締めて逃さない様にしたままだ。というか胸以外も思ったよりもあちこち柔らかい。うおおおお! と心の中で拳を握り締めた。
「え? ヒース大丈夫?」
抱き締められたままヒースの後頭部に手を伸ばしたニアのその動きで、あばら辺りに当たっていた物がヒースの胸の方に移動した。あ、拙い、これはいい。ヒースは目を閉じて触感で禁断の果実を感じ取ることに切り替えた。今この瞬間視覚は不要だ。耳にかかるニアの息も堪らない。優しく後頭部を撫でられた日にはもう、このまま夢の世界に行ってしまいたい位だった。この手には掴めていないが、とうとう触れることが出来た。あまりにも感動し、目の端に涙が滲む。
「え、ヒースそんなに痛いの? ちょっと、何かやっつけて治さないと!」
ニアが物騒なことを言いながらまた起き上がろうとしたが、痛むふりをして細い腰に回した腕に力を込めた。どうしよう、離したくなくなってしまった。そろそろ離さないと疑われそうだが、でも身体が言うことを聞いてくれない。
「ヒースってば」
困った様に言うニアの顔が見たくなって、目を開けてみた。
「もう、大丈夫」
絞り出す様に言った。急いては事を仕損じる。今やり過ぎると次の機会が失われるに違いない、そう自分を無理やり押さえつけ納得させ、ヒースはようやくニアを抱き締めていた腕の力を緩めた。ちょっと心臓がバクバクいっている様な気がするのは何故だろうか。今まではキスしようが抱き締めようがどきどきなどしなかったのに。
「凄え……」
これが禁断の果実の効果か。ヒースは地面に寝転んだまま感動し続けていた。ようやく解放されたニアがヒースの胸の上に手を乗せて起き上がる。くすぐったくて堪らなかった。そしてニアはヒースの腹の上に座ったまま顔を覗き込んできた。お尻もふにふにだ。裸を見ることは出来なかったが、こうやって触れることが出来ている。これはつまりジオより先に行ったということではないか。
何となくジオに勝った気がして、ヒースは今朝までのすっきりしなかった気分が急に晴れたのに気が付いた。
「本当に大丈夫? 顔赤いわよ」
「大丈夫だから、降りてよ」
これ以上はおかしくなりそうだった。
「あ、ごめん」
ニアが慌てて降り、ヒースがようやく起き上がると、ニヤニヤしているカイラと目が合った。
次話は明日投稿します!




