カイラ
新キャラ登場!
その晩、ジオはとても楽しそうにクロと語り合っていた。クロが作ったという葡萄酒をちびちび飲みつつ、眠そうな目をしたかと思うと「寝る」とひと言残して部屋に戻ってしまったが、あれは恐らく酔っ払っていたのに違いない。まだその辺の床で寝ないだけマシなのだろう。
ニアは、ヒースが釘を刺した後は普段と変わりない態度を取る様になった。何事もなかったのかの様に振る舞えるニアは、さすがは王女の側近といったところか。結局ヒースの方が動揺してしまい、クリフが眠そうなのを口実に逃げる様に部屋に戻って来てしまった。
楽しみにしていたハンモックも、寝心地は正直微妙で角度が落ち着かない。更に腹の上にクリフを乗せたら身動きも取れず、朝起きた時には身体がガチガチになっていた。ハンモックがひっくり返らない様にそうっと床に足を着き、まだ眠そうなクリフはそのままにして伸びをすると、身体のあちこちがバキバキッと音を立てた。これならまだ床で寝る方がましかもしれない。
ヒースが居間に行くと、まだ誰も起きていない様だった。明け方なのだろう、外はまだ薄暗い。ふと窓の外に人影が見えた気がして、ヒースは窓硝子に顔を近付けて外の様子を伺った。クロだろうか。かなり深酒をしていた様だが。
少し裾の長い服が目に入った。灰色がかった真っ直ぐな長い髪を後ろに一つに結んでいて、体つきはほっそりと引き締まっている。家の前を行ったり来たりして、くるりとこちらを向いた顔は人間の女性のものだった。
意思の強そうな真一文字に結ばれた薄い唇の横には、厳しさを耐え忍んでいるのかの様なほうれい線が見えた。切長の青い目はやや吊り目。年齢はジオに近そうだ。姿勢もピンとして、とても美しい人だ、ヒースはそう思った。若かりし頃はさぞやもてたに違いない。
行ったり来たりしていた女の視線がふとヒースがいる窓に来た。少し驚いた顔をしているので、ヒースはぺこりと挨拶をしてから外へと繋がる扉を開けた。
「あの、おはよう。クロの知り合い?」
「ああそうだよ。あんたは?」
女の声は思ったよりも低かった。
「俺、ジオの弟子のヒースっていうんだ」
「ジオの? あいつに弟子なんていたのかい?」
どうやら女はジオも知っているらしい。もしかしたらこの街の出身なのだろうか。
「俺、奴隷だったんだ。で、逃げてきたところでジオに助けてもらった」
女の顔が歪んだ。
「奴隷……こんな若さで……。大変だっただろうね」
大変、というのはどれが大変という意味だろうか。とりあえず一番嫌だったのはあれだ。
「うん、飯がまずかった。パンはカチカチだったし。ジオの飯は最高だからもう戻りたくないな」
女がぷっと吹き出してからあはは、と笑い始めた。笑顔になると途端に優しそうな顔つきに変わった。うん、こっちの表情は怖くない。ヒースもつられてへら、と笑った。
「いいねあんた! えーと、ヒースだっけ? 真っ先に飯のことが出てくる辺り若い証拠だねえ」
「はは、そう?」
女は笑顔のままヒースに頷いてみせた。
「私はカイラ。ジオの所の子ならハンも知ってるだろう? ハンと一緒にあちこちで人間を魔族から解放したりしてる仲間さ」
「カイラ、カイラもこの街の人なのか?」
ようやく笑いがおさまったカイラは、それでもにこやかな表情のままこくんと頷いた。
「そう。ジオのことは昔から知ってるよ。ハンやクロのことは同じ街でも襲撃前は知らなかったけどね」
「ジオ、呼んでこようか? まだ寝てると思うけど」
カイラが首を横に振った。
「まだ寝てるなら寝かせておいていいよ。この先ちゃんとした場所では寝られないからね」
「俺はあのハンモックは駄目だった。身体がガチガチになったから床の方がいい」
カイラの口振りから察するに、カイラも今回の作戦に参加する様だ。ニアのことがとにかく心配だったので、メンバーに女性がいると正直ありがたい。始めは怖そうな人に思えたけど、どうもそんなことはない様なのでそこも安心材料の一つだった。だが念の為確認する。
「カイラも獣人族の所に行くのか?」
「もってことは、ヒースも行くつもりかい?」
「行くよ」
途端カイラが痛ましそうな表情になった。
「やめときな」
ここでもまた子供扱いか。ヒースはむっとして反論する。
「どうして皆して俺を子供扱いするんだよ」
するとカイラが首を横に振った。
「違うヒース、子供扱いしてる訳じゃないよ。ただ、あんたみたいな若い子はこの先があるからさ、死ぬかもしれない所にわざわざ行く必要はない」
先があるかないかの話じゃない。だってけしかけたのはヒースだ。参加メンバーに下手に反対されたくはない。ここはきちんと話をしておくべきだと思った。
「俺はジオを一人で行かせたくないんだ」
「ジオを一人で行かせたくない? どういうことだい?」
カイラが訝しげに眉をひそめた。
「えーと、接点の話はハンから聞いてない?」
「最近ハンとは別行動をしてたから、今回久々に呼ばれて集まったんだよ」
「別行動? 一人で?」
カイラが深く頷いた。
「私はずっと拐われた娘の行方を探してるんだ。大勢必要な作戦の時は参加するけど、普段は一人であちこち探してみてるんだよ」
「娘……そうなんだ」
カイラは捕まらなかったが、娘は拐われてしまったということか。それからずっと娘を探している、その気力がヒースには信じられなかった。
少なくとも、自分の母親には絶対そんな気力はないのは間違いない。それを悲しいとすら思わない自分は薄情なのだろうか。
「この街を襲ったのは竜人族の奴らだったからね、竜人族の集落に行って確認してたんだけど、今まで全部空振りだったよ。さすがに魔族の国の首都の方までは入り込めなくてさ、そっちにいるのかなあ……」
少し悲しそうにカイラが笑った。
「だから今回、藁にも縋る思いで獣人族の集落ではあるけどいないかな、と思って志願したのさ。比較的大人しい部族だから今まで悪さをしたとか聞かなかったんだけど、なんせここからは近いし」
比較的大人しいと聞いて、ヒースは正直少しほっとした。覚悟は決めてはいるが、出来る限り殺したくはないのが本音だからだ。
「俺は、妖精族の接点に用があるんだ。戦いに行く訳じゃないから」
「ふうん? 何か理由がありそうだねえ」
カイラの表情が和らいだ気がした。この話を進めればもう反対されないかもしれない。ヒースは続けることにした。
「うん、ジオの結婚相手を助けに行くんだ」
「け、結婚相手?」
カイラの目が見開いた。掴みはいいらしい。このままいこう。
「そう。ジオは奥手だからもごもごしてる間に接点が閉じちゃうかもしれないだろ? だから俺がついててやらないとなんだ」
カイラは意味がわからない様で首を傾げている。そういえば相手のことを伝えていなかった。
「えーと、相手は妖精王のお妃様なんだ」
「はあ!?」
思い切り呆れた顔をされた。頭がおかしい奴だとでも思われたのだろうか。だが散々阿呆とは言われたがまだおかしくなった記憶はない。
「本当だよ。この間まで次期妖精王だったけど、妖精王が死んで今喪に服してるって言ってた」
喪に服すの意味は、ヒースも知っていた。人の死はヒースには非常に身近なものだったから、例え墓が用意されずまとめて焼かれても、故人を偲んで弔うことは出来ると大人達が教えてくれた。
「……本当なのか」
カイラが言った。
次話は明日投稿します!




