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墓守り

さてこの人は。

 思わずヒースの足が止まった。少し前を行くジオがそれに気付いて振り返る。


「どうした」


 ヒースの手はクリフと荷物で埋まっている。なので目線だけ動かした。


「ジオ、あれって全部お墓じゃないか?」

「ん? ああ、そうだよ」


 何でもないことの様にジオが言ったが、ヒースはその数に驚いていた。一体これはどこまで続いているのか。恐らく街の外に位置するのだろうが、規則正しくほぼ同じ大きさの墓石が並べられている。草原には呑まれておらず、所々土が見える部分が確認出来た。そして明らかに抜いて重ねたと思われる雑草の山。誰かが墓の周りを綺麗にしているのだ。


「元々共同墓地だったんだよ。そこにあれだ、魔族に侵略された時に亡くなった人のを足したらこうなった」

「こうなった……て、ジオが全員埋めたのか?」


 その数は何百どころではないだろう。それを生き残りのジオが、全部?


 ジオが苦笑いした。


「俺だけじゃねえよ。街から離れたくないっていう爺さんがいたからな、そいつと生き残った数人とで埋葬したんだ。後の奴らはもうどっかに行っちまったけどな、爺さんはこの様子だとまだ生きてそうだな」


 ではその人物が雑草を引っこ抜いたのか。ヒースの足が再び動く。人影がちらりと見えた気がしたのだ。


「さっき言っただろ? 俺は土魔法が得意だってよ。だから穴掘ったり墓石作ったりはさっきみたいに作った。作ってる間に段々コツも掴んでよ、模様に凝ったりとかしてたな。これのお陰で土魔法の腕も上がったしよ」


 ははは、と笑うジオ。だがヒースは何も言えなかった。それだって、遺体をこの数の分運んだのはジオとその爺さんと他数人だ。たった数人で、この人数分を。


 中には知り合いもいただろう。もしかしたら友だっていたかもしれない。十年以上昔の話だとしても、何も感じない訳じゃないだろう。やはりここに来たのは正しかったのか? ヒースにはジオが無理している様にしか思えなかった。だってジェフが言っていた。嫌なことは思い出さなくていいと。ジオだって忘れたいから何年もここには来なかったんじゃないのか。それとも大人は都合よく忘れることが出来るのだろうか?


 突然ジオが大きく手を振り出した。


「おおい! クロ!」


 するとヒースが先程人影じゃないかと思った物がこちらを見た。墓の間で草むしりをしていたのだろう、手に雑草を持つその人物の頭は真っ白、身体は痩せ気味だ。大分年寄りの様に見える。


「ジオか!? 来たか!」


 思ったよりも力強い大きな嗄声(しゃがれごえ)が返ってきた。ヒースを振り返るジオの顔は明るかった。ちょっと嬉しそうだ。ヒースはそれを見てほっとして、ジオに尋ねた。


「例の人?」

「そうだ、まあ変わり者だが気のいい爺さんだ、お前ならすぐに気に入られるだろ」


 ジオはそう言うと、いつものジオからは想像が出来ない程はしゃいで爺さんに向かって走り始めた。筋肉モリモリのでかいジオの全速力など見たこともなかったので、ヒースは唖然としてその後ろ姿を見つめていると、いつの間にか羽根を引っ込め腕輪をはめたニアがヒースの横に立っていた。


「ジオもはしゃぐのね」

「俺も始めて見た」

「ふふ、普段と違って子供みたい」


 ドスドスちょっとガニ股で走るジオの後ろ姿を見ながら、ニアが優しそうな笑顔で言った。ヒースはそんなニアを見て、ちょっとアシュリーと似ているかもしれないと思った。ニアにもこういう表情が出来たのだ。それがヒースには意外だった。


 ジオが爺さんの前まで辿り着くと、爺さんの肩を掴んで揺すっている。あ、怒られて草を投げつけられた。ジオも怒られるのだ、それも意外だった。でもジオは楽しそうだ。よかった、なら来てもよかったんだ。


 そう思ったら少し気が抜けてしまった。


「ヒースも嬉しそう」


 隣のニアがヒースを見上げて微笑んだ。言われた始めて自分の頬が緩んでいたことに気付いた。


「嬉しい、のかもな」


 何と言ったらいいのかは分からなかったが、始めはシオンを取り戻しに行こうと軽々しく提案したのに、それがハンも巻き込んで他の大人も巻き込んで、更にニアもクリフも一緒に来ることになってしまい、ヒースは今更ながら自分が少し恐れていたことに気が付いた。簡単に考えていた『シオン救出大作戦』だったのに、妖精族の世代交代も同時発生しまるで大きな渦に呑み込まれた様な感覚を覚えていたのだ。始めヒースはジオの背中を軽く押しただけの認識だったのに、いつの間にか大きな波になってしまった。


 その所為で思い出したくもないだろう街にジオは行かざるを得なくなり。そんなこと、ヒースは考えてもいなかった。浅はかだったと今なら思う。


 だけど、ジオのはしゃぎっぷりを見たら安心した。全部が全部、忘れたい思い出さなくていいものでもないのだと。ヒースが巻き込む様にジオをここまで連れてきた形になったが、それでもいいのだと言われている気がした。


「ニア、俺達も行こう」

「うん!」


 ヒースもクリフと荷物を抱えたまま走り出した。隣を行くニアの走り方は軽やかだ。


「ジオ!」

「おうっヒース紹介してやる!」


 ジオが満面の笑みでヒースをちょいちょいと呼んだ。ジオの前に渋そうな顔をして立つ爺さんは、遠目で見るよりもがっちりとした身体をしていた。髪が白いから相当年寄りだと思っていたが、肌を見る限り思った程いっていなそうだ。まだ六十代かもしれない。少し頑固そうな口をしているが、水色の瞳は優しそうだった。


挿絵(By みてみん)


「クロ、紹介する。俺の弟子のヒースだ!」


 どうだ、と言わんばかりに胸を張ってジオがヒースを紹介したので、ヒースは素直にぺこりと頭を下げた。


「弟子のヒースだ……です、初めまして」


 するとクロはヒースが抱えるクリフと横のニアをびっくりした様に繰り返し見比べた。


「あんた若そうなのにもう所帯持ちなのか? ジオ、お前弟子に先越されてんじゃねえよ」

「所帯持ちってなんだ?」


 意味が分からずヒースが隣のニアに尋ねると、ニアが真っ赤になって否定し始めた。


「いっいえっ違います私達はそんなんじゃないしっ」

「なあニア、所帯持ちって……」

「おお? 兄ちゃんも大分若そうだな、そしたらそんな子供まだ無理か! てことはまさかジオ、お前さんこの姉ちゃんと」

「ちっ違うって! 何いってんだクロ!」


 今度はジオが真っ赤になって否定し始めたが、クロはこのこの、とジオの脇腹を肘で突きながらニヤニヤしている。


「なあジオ、所帯持ちって……」


 子供がどうのと言っているが、関係あるのだろうか。ニアを見てもジオを見ても真っ赤になってワタワタしておりヒースの質問に答えてくれない。すると抱っこしていたクリフがパチ、と目を覚ました。聞き慣れない声がするからだろう、不審げにクロを見るとサッとヒースの首に顔を(うず)めてしまった。


「知らない人がいる」

「クリフ、ジオの知り合いなんだって。怖くないと思うぞ」


 よく知らないが、ジオの態度を見ていると悪い人ではなさそうなのは分かる。


「もう喋るのか? そう考えると姉ちゃんも随分と若いな……さてはジオ、お前どっかで子供を作ってその面倒を弟子に」

「だーかーら! 違うっつってんだろうが!」


 ジオが真っ赤になって大声を出した。横にいるニアも真っ赤になっている。でも怒っている風ではない。


 話の流れ的に、どうもこの爺さんはニアとジオの間の子供がクリフだと思っていたが実はそうではないと思い始めているのだろう。ヒースはとにかく二人が落ち着くのを待つことにした。

次話は明日投稿します!

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― 新着の感想 ―
[良い点] ヨボヨボの想像してたら、いかつい爺さんだった!強そう。
[一言] 小さくて可愛いクリフ君がいたら勘違いしてしまいますよね。クロさん、ノリノリなおじーちゃんですね。
[良い点] 墓作りで土魔法が上達 苦い思い出だろうけど後々役に立つと思えば… クロさん割と優しそうで陽気な感じ ジオにも気を許せる人がいて良かった ハンさん! ハンさんとの合流はまだか!!(゜Д゜…
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