滅びた街へ
色白さんにはきついです。
とうとう森を出た。すると目の前に広がっていたのは、見渡す限りの青々とした草原。遥か遠くに見える赤茶の大地は、空から見た時は森を出てすぐにある様に思えたが、どうも実際は相当距離がありそうだった。この距離をこれから進み、更に谷底まで向かうのだ。確かに半月はかかる距離かもしれない。
ヒースが口をぽかんと開けて広大な景色を眺めていると、ジオが背中をポンと叩いて右方向に向かった。ヒースとニア、クリフもその後に続く。
「待ち合わせ場所、赤い点しか書いてなかったけどどっちの方かも分かるのか?」
「ああ。今から向かうのは街の跡だ」
「それって、ジオの?」
ジオが振り返らぬまま頷いた。心なしか背中が丸まってしまっているのは気の所為ではないだろう。
「随分と久しぶりだ」
声も何となく元気がない。当然だろう、ジオにとってその街は死の象徴だ。訪れれば過去を思い出すに違いない。楽しかったことも、街が滅びた時のことも。
「なんだってハンはそんな所を待ち合わせ場所にしたんだよ」
思わずヒースの口調がハンを責めるものになると、ジオがふ、と笑った。
「気にすんなっつっただろうが。――街にはもう人は一人しか住んでねえが、家屋は残ってる。ハン達の組織がどこにあんのか奴らがどこから来るかは知らねえが、ある程度人数を揃えて来るんだったら使える施設は使う方が楽だろ」
「……そうだけど」
「それにいつ合流出来るかも分かんねえだろ? 草原でぽけっと待ってる訳にもいかねえからな、いいんだよ待ち合わせ場所はあそこで」
ジオが立ち止まり、ヒース達が追いつくのを待った。まだ納得いかない顔をしているヒースを見ると、今度は「はっ!」と声を出して笑った。何が可笑しいのだろうか。
「何、ジオ」
「ふん、弟子がいっちょ前に師匠の心配してんじゃ俺もまだまだだと思ってよ!」
「別にいいだろ」
「悪いなんざ言っちゃいねえよ、俺が未熟なだけだ」
「ジオ……」
そう言って笑いかけるジオの表情からは、先程までは窺えた陰が消えている様にヒースの目には映った。
ヒースが弟子としてジオの隣にいることで、少しでもジオが笑ってくれるなら嬉しい。それが自分に出来るささやかな恩返しだとヒースは思った。
◇
草原の草の背はそこそこ高く、ヒースの腿半ば辺りまで来る。ニアも始めは歩いていたが、腰まですっぽり隠れて歩きにくそうにした後羽根を出して飛び始めた。クリフはというと、子供の姿に戻ってヒースの首にしがみついて寝ている。ずしっとしてそこそこ重かった。
元々奴隷として建築現場に駆り出されていた身だ。体力には自信があり、ジオの弟子になってからも日々薪割りやら水汲みやらもやっておりクリフ一人を抱えて歩く程度は全く問題はなかったが、寝ている人間は小さくても重い物なのだと初めて知った。まあクリフは鹿だが。
しかも触れている部分はお互い汗ばんでしまい暑い。森の中とは違い、ここには太陽の光を遮るものが何もない。建築現場では黒くなっていた肌は森の中で数ヶ月暮らす内にすっかり白くなり、その所為かクリフを抱えている二の腕と剥き出しになった首の後ろがジリジリと焼けてきた気がする。
そんなヒースを見てジオがふっと笑った。
「ハンが外套を用意してくれるっつってたからとりあえず街までの我慢だ」
「外套を用意って……じゃあもしかして谷底に行く時ずっとこれ?」
ヒースが情けない表情で空を見上げると、ジオがあっさりと頷いた。少し離れた所を飛んでいるニアを見ると、ナイフから水を霧状に噴射させ一人涼んでいる。狡くないか。というかそういう使い方も出来るのか。水魔法もなかなか奥が深そうだった。
ジオが少し先に見える岩の密集地帯を指差した。
「ヒース、街はあれだ。あとちょっとだから頑張れ」
「あれ?」
遠目から見る限り、それはただの岩場にしか見えない。ヒースが目を凝らしてよく見てみると、そういえば人工物なのかな、と思える曲線がチラホラ見受けられた。
「街外れは大分崩れちまってるなあ。俺も結構久々だからな、ハンには聞いてはいたが……」
人が住まぬまま取り残された土地はどんどん自然に飲み込まれ、一見しただけではそれが人工物だとは分からなくなる。これまでそういった風に呑まれてきたかつては人が利用していた形跡のある物を、ヒースは幾度となく見たことがあった。
集落があった付近には大抵何か資源となる物がある。鉱石だったり塩湖だったりとその内容は様々だったが、魔族は元集落の近くに拠点をよく作った。その際、人間の物だった物を壊す様に指示された。古びたかび臭い家屋の床に血にまみれどす黒く染まって干からびた人形を見た時は、ヒースは宗教などこれっぽっちも信じてはいなかったが何かを冒涜した気がしてならなかった。
徹底的に破壊したのは、きっとハンの様な反乱分子の活動拠点を潰す為だろう。その時は意味が分からなかったが、あれから色々学んだヒースはそう考えることが出来る様になっていた。
事実、正に今ヒース達が利用しようとしている。隠れる場所があれば外から見つかりにくい。ジオのことがなければ、利用するのは当然のことだとヒースにすら分かる。
だだっ広い場所で夜に焚き火をしたら目立つ。だけど家屋の中で壁に囲まれてすればそれよりは目立たないのは明白だ。魔族の総数が少ないからまだ生き延びていられる人間にとって、容易に隠れられる場所は生きていく上で必須だろう。
そういう風に考えると、魔族にとって奴隷の手を使って拠点となり得る場所を片っ端から壊し、且つ近くにある資源も乗っ取るのが手っ取り早く一石二鳥なのだろう。ジオといる間に、ヒースは前よりも冷静に一歩引いて物事を観察して考えられる様になっていた。
今までは考えてもどうしようもなかった。奴隷から解放される可能性は余程のことがない限りないと思っていた。魔力をろくに持たない人間ばかりを集めて奴隷にし、人間の物だった物を上書きさせる。そんなことの為に、ヒースは十年間も労働させられていたのだ。
どんどん近付いてくる街の跡地をぼんやりと見ながら、ヒースは考える。
もしかしたら、直接的にヒースがハン達の妨害をしていた可能性もあった。森を反対から抜けて来たとはいえ、同じ森のあっちとこっちだ。あちこちを転々とさせられていたヒースは自分達がどこにいるかなどさっぱり分からなかったが、行商人をやっていた奴隷仲間で地理に詳しい者が、今どこら辺にいる、などの予想は立ててくれていた。前回いた場所、ヒースが逃げて来てジェフが命を落としたあの場所は、西ダルタン連立王国の比較的東側に位置し、西ダルタン王都よりもヒース達が拠点としていた魔族の王都寄りの場所ではないかとその者は言っていた。
ジオの住んでいた街への襲撃がヒース達の街よりも大分前にあったことを考えると、今は生きているかどうかも分からないその者の予想は合っていたのではないか。
谷底に獣人族が住んでいることからも、ここはかなり元々の境界線に近い所なのかもしれない。
ジオになくなってしまった街のことは聞きづらくて確認していなかったが、いい機会なのでハン辺りに確認しておいた方がよさそうだ。
ヒースがこめかみから汗を垂らしながら考えていると、草原の中に大きな丸い岩が所々に並べてある場所に出た。
それはどう見ても墓地だった。
次話は明日投稿します!
 




