いつかこの手に
成功の秘訣。
ヒースがニアの頬から手を離すと、ニアがコホン、と軽く咳払いをしてからヒースに言った。
「と、とりあえずヒースも今の要領でやってみて」
ニアはそう言うと立ち上がって枝を拾いに行ってしまった。正直ニアが何をぶつぶつ言っていたのか分からなかったが、どうも察するにニアも自分が可愛いのではないかと薄々思っていたのではないだろうか。
ヒースはハッと気が付いた。制御腕輪の所為でなんちゃらと言っていた。それはきっと、制御腕輪を外して周りの者から魔力を吸収したら、ニアにも魔力が貯まる可能性があるということでないだろうか? 元々容姿はそこそこいいニアが、その制御腕輪の所為でただ魔力が足りなかったのなら。
ヒースと繋がっているニアに魔族から奪った魔力を蓄えさせたら、ニアのぺったんこはたわわに実る禁断の果実に変身するのではなかろうか。
偶然を装って触るにしても、どうせならぺったんこよりもぷるぷるの方がいい。
「よし!」
気合いが入った。ヒースが戦えば戦う程、ニアのおっぱいがでかくなる可能性が出てきたということだ。それは是非とも協力させてもらいたい。もしかしたら協力したお礼に一回くらい触らせてくれるかもしれないし。
しかしどうせなら前後を比較したかった。使用前使用後というやつだ。つくづくジオだけニアの裸を見たことが悔やまれる。ヒースは思わずあの時の風呂に入るニアの姿を薄ぼんやりと想像してしまった。白い肌にかかるお湯。きっとそれは胸元で当たって跳ねて――
すると。
「おお! 出た!」
お風呂の想像をしたからだろう、ナイフの先から水がどばどばと出始めたのだった。
◇
兎の肉入り雑炊を堪能したヒースは、焚き火でまあ大体乾いた靴を履き直すとジオに尋ねた。
「で、どこで待ち合わせしてるんだ?」
これまでジオは、頑なにヒースに地図を見せようとしなかった。そもそもヒースをジオの家に置いていくつもりだったからだろう。ちっとも気付かなかった自分の阿呆さ加減に嫌気が差す。ジオに散々阿呆だと言われたが、確かにそうかもしれなかった。ヒースの弓と一緒に残された書き置きから察するにジオはヒースが追いかけてくることまではある程度想定していたのだろうが、まさかこんなに早く追いつかれるとは思ってもみなかったに違いない。
ヒースの質問にもういい加減諦めたのだろう、ジオが観念した様に鞄から地図を取り出してヒースに見せてくれた。
地図にはジオの家、それを囲む森、先程森の奥に見えた山に挟まれた様に見えた谷が描いてあった。その森と谷の入り口の間に赤い点が書いてあり、『ここ』とひと言書いてあった。谷の方は一応道が描いてあるが、森の方はただひと言『森』と書いてあるだけだ。
「……ジオはこれで分かるのか?」
目印なんかない様なものだ。説明を書いてやるというハンのあの言葉は何だったんだ。
「書いてあるだろ、『ジオの家』『森』『谷』『谷底こっち』って」
確かに書いてある。書いてあるが、この広大な土地に対し何だその雑な説明は。
驚いているヒースの顔を見てジオが苦笑した。
「元々この谷の前に俺の生まれ育った街があったんだよ。だから俺ならここまでは分かると思ったんだろうな」
「谷の前に? そうか、ジオは元々妖精の泉に通ってたんだもんな、道を知ってて当然か」
「道なんてあってない様なもんだけどな、これだけ時間が経っても何となく見覚えのあるなしで分かるもんだな」
そうだ。ジオは魔族に街を襲われた後荷物を繰り返し何度も今家がある場所まで運んだのだ。たった一人で、何度もこの森を通り抜けたのだ。
ヒースは何と声を掛けたらいいか分からなくなり、そのまま黙り込んでしまった。ヒースはただクリフ達を追いかけたらジオの元に辿り着いたが、ジオはどんな気持ちでまた街に向かったのかと考えると堪らなくなった。
「ヒース、もう随分昔のことだ。そう凹むな、俺は大丈夫なんだからよ」
顔に出たのだろう、ジオが笑ってヒースの頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
街が襲われた時、全員無傷だった訳はないだろう。抵抗した者は間違いなく殺されている。同じ街に住んでいた人間の遺体を、繰り返し街を訪れたジオが放っておくだろうか? ヒースにはそうは思えなかった。鳥獣の被害に合わない様、埋めるなり燃やすなり何かしら対処はしている筈だ。
他人を放っておける程ジオは冷たくなれないのだ。それはヒースがよく知っている。
奴隷時代、死んだ奴隷仲間は一箇所に集められ獣が集まる前に魔族が魔法で燃やした。死体を放置しておくと、鳥獣以外に魔物も寄ってくる。魔族と魔物にどういう関係があるのかは分からないが、これまでの対応を見ている限り奴らも魔物を退治したりしていたので、あまり近い存在ではなさそうだった。
自分の住んでいた街が魔物の住処になるのはジオとしても避けたかっただろう。
「よし、行くか! 夜になる前に谷の前まで着きたいからな!」
「……うん」
獣人族の住処までは半月かかると言っていた。森を一日で抜けれるのなら、その先の谷で時間を取られるのだろう。
ヒースはジオにはもうこれ以上消えた街のことを聞くのはやめることにした。どうせ聞いてもジオはその時どう感じたかなど教えてはくれない。それ位、今もまだジオの中ではヒースは子供扱いされているのだ。師匠は弟子に弱い所を見せられないという矜持ももしかしたらあるのかもしれないが、それこそ直接本人に尋ねるのは憚られる。
合流地点にはハンがいる筈だ。ハンならきっとその時のことを知っているに違いないので、機会を見つけて聞いてみよう。ジオが聞かれたくないことを根掘り葉掘り聞くのもどうかと思うが、ヒースは少しでもジオの過去を知りたかった。
少しでも知ってジオが過ごした孤独な時間を理解することで、ヒースがジオに出来ることをしてあげたかった。ヒースがいることでジオは少しは寂しくなくなっただろうか? 日々が楽しく思える様になっただろうか?
ヒースは先を行くジオの大きな背中を見つめた。
この逞しい背中が悲しみで小さく丸くなるのをもう見たくはなかった。
◇
それからヒース達はひたすら歩いた。空から進んでいた時は気付かなかったが、所々に切り倒された木が倒れており、どうもジオはそれを目印に歩いている様だった。
倒れた木自体は相当前に切られたものなのだろう、蔦が巻き付いていたり中が空洞になっていたりして一見しただけではそれが人の手によって切り倒された物だとは思えない様な物もあったが、その近くに切り株の名残があることで自然に倒れた物でないことが分かった。
妖精の泉を介しての取引は遥か昔から継続されてきたのかもしれない。泉へ辿る為に先人達が残していった道標がこれらなのだろう。ただ一つの切り株の近くに次の切り株はない。全く道を知らない者が間違って妖精の泉に辿り着けない程度にはうまく隠されていた。
ニアは細い。長いこと歩くのはきついのではないか、そう思っていたところ、地面すれすれを飛び始めた。腕輪は外しており、ニア曰く「森の精気をもらってるから動きやすい」とのことだった。クリフの母親の最期の姿がどうしても脳裏から離れないヒースは、ニアを一人で先に行かせない様にすると、すぐ隣にジオが来た。
「俺と並べ」
「でもジオ」
ジオが言った。
「俺の気分の問題だ。いいから並べ」
それ以上言っても無駄だろう。ヒースは大人しくジオと並びつつ進むことにしたのだった。
次話は明日投稿します!




