禁断の果実
本人は真剣です。
ナイフの周りの空気に水の流れを感じる。言葉としては理解出来ても、内容が全く理解出来なかった。
「意味分かんない」
「想像するのよ、そこに水の粒が沢山あって、それをぎゅっとまとめるの」
「えーと」
「いいから一緒にやってみよう、ね?」
「うん」
何だかニアが急にお姉さんに見えてきた。今朝まではピーピー泣いてヒースの服で涙を拭いたりしていたのに。
「こうやってね、集中して――」
ニアがナイフの辺りをじっと見つめている。ヒースはその横顔をまじまじと眺めた。子供へのおまじないとはいえおでこにも頬にもキスをしたのに、この何とも無い反応。特に嫌がられてはいなさそうである。ヒースだって阿呆ではない、男女間のキスがどういう意味があるか位は分かっていた。まああれはどちらかというと泣いている子供にした気分ではあったが。
奴隷時代、力の強そうな年長の男に無理やり抱き締められたりした時は背筋がゾッとしたものだ。そう考えると、ニアはヒースのことを嫌ってはいないが、やっぱり単に男として見ていないのかもしれない。
それはヒースにしても同じだった。アシュリーを見ると触ってみたいとか色々と思うが、ニアを見てもあまりそういう気は起こらない。可愛いとは思うが、どちらかというとクリフを可愛いと思う様な可愛さだ。多分あちこちがぺったんこだからかもしれない。
「ニアはまだ子供なのか?」
「へ?」
しまった。つい聞いてしまったが、この後は具体的にどう尋ねればいいのだろう。ジオが聞き耳を立てている気がしないでもないし、おっぱいとか直接的なことを言うとまた叱られそうだ。
ナイフの周りから水が滴り出してきたので、ニアは刃先を鍋に向けた。ヒースが何も考えない間にニアがやってしまった。こちらもしまった、だった。ヒースは何もしていない。
「どういうこと?」
「えーと、ニアはその、アシュリーに比べて出るとこ出てないから」
あ、つい言ってしまった。ニアの冷たい目線が突き刺さる。
「……アシュリー様は、魔力量が多いから」
「どういうこと? おっぱ……胸の大きさと魔力量に関係があんのか?」
後ろでジオがグフォッとむせた音が聞こえた。今は言いかけたが全部は言っていない。未遂だ、未遂。
ニアが冷めた目のまま、それでも答えてくれた。
「妖精族は、魔力量が多ければ多い程見た目に比例するから」
「……えーと、どういうこと?」
「妖精族の男性は、魔力量が多ければ多い程身体が大きく筋肉も立派になるの。代々妖精王は立派な顎髭があったりとか。で、魔力量が多ければ多い程立派とされていて、もてる」
成程、そうなると、筋肉もりもりのジオはもしかしたら妖精族にもてるのかもしれない。ちらりとジオを見ると、ジオも自分の腕の筋肉を眺めていた。シオンに好かれる理由の一つではありそうだった。正直羨ましい。
「女性は?」
「女性は、女性らしい体型っていうのかな、ヒースが言った様に出る所が出て容姿端麗であればある程魔力量が多くて美しいとされる。アシュリー様なんかは魔力量が多いから、ヒースも見た通り素晴らしい体型をなさってる」
「へえ……人間とは大分違うんだな」
「そうね」
ニアが素っ気ない。ヒースは改めてニアの胸元を見た。明らかにアシュリーと比べたらぺったんこだ。服の上から見る限り、ふくらみは可愛らしいものだ。アシュリーは妖精王の娘だから特に魔力量が多いのかもしれないが、それにしても随分な違いである。
ヒースは今度はニアの顔をじっと見た。痩せてはいるが、紺色の瞳は綺麗だし少しきつめな顔立ちだって十分美人だ。
「魔力量が多いと容姿端麗なら、妖精族は美意識が人間と違うのかな?」
アシュリーは非常に綺麗だったが、そのアシュリーに比べてニアがそこまで劣る様には見えない。胸の大きさ以外は。
「どういうこと?」
「だって、ニア可愛いもん」
「ひっっ」
ヒースの手を上から握っていたニアの手に力が籠もった。
「うおっちょっとニア!」
「わっわっ」
二人で持っていたナイフから急に水がドバドバと流れ出し、あっという間に鍋から溢れてしまった。下に入れていた枝もびしょびしょだ。
「何やってんだよもう」
足元まで水浸しだ。枝はもう使えないだろうから集め直しだ。立ち上がろうとすると、ヒースの手を握るニアの手に更に力が入った。なんだなんだ。
「ヒース! 私、可愛い!?」
目が真剣だった。可愛い。十分可愛いと思うが、ナイフから止めどなく水が吹き出していて、それがヒースの靴の上にどばどば落ちてきていて冷たい。
「可愛いよ」
素直に答えると、ジオが再度むせて手鼻を噛む音が聞こえた。仕方ないだろう、聞かれたら答えないと逆に失礼になる。可愛いと聞かれて黙っていたら否定している様なものじゃないか。
「ほ、ほ、本当!?」
ニアの頬が紅潮している。
「うん、本当だから、そろそろ水止めないか?」
「あっ」
ニアがヒースの手をぱっと離すと、瞬時に水が止まった。靴を持ち上げると、中からちゃぽっと音がした。ああ。
「ヒースから見て、私は可愛いのね!?」
しつこい。しつこいが否定は決して出来ないので頷いた。
「そうか……そういうことなんだ!」
「何が」
「そういうことね! 原因はやはり私の属性にあったんだ!」
「だから何が」
「とすると、この制御腕輪が強すぎるってことじゃ……」
「おーい」
「これはどこかに魔力を貯める何かをやはり早急に考えないとか」
またもや話を聞かずに自分の思考に入り込んでしまったニアの頬を、人差し指と親指でぶにっと掴んだ。
「ニアってば」
「ひっっ」
なんて柔らかい頬なんだ。ヒースは内心その驚く程の柔らかさににやけそうになってしまったが、必死で押さえた。頬でここまで柔らかかったら、他の場所はどれだけ柔らかいんだろうか? もしかしたら、小さくともおっぱいも相当柔らかいのかもしれない。
何か偶然を装って、少しでいい、何とか触れることが出来ないだろうか。
現実的に考えると、ヒースが今後アシュリーを触れる機会がすぐに来るとは思えない。人間の女も魔族に攫われてもう十年で、ヒースと年齢が近い人間の女はきっともう魔族と結婚させられている。攫われた後に生まれた混血の女は魔族の国にはいても、まだ子供だ。ヒースがその内の誰かの胸を触れる様な状況になるとはとてもではないが思えなかった。
となれば、おっぱいを触ってみたければ一番手っ取り早いのはニアのを触ることだ。だが、今のこの状況で容易く触れることは出来ない。手を出せばニアには嫌われ、ジオにボコボコにされるのは目に見えていた。
これぞ正に禁断の果実。もぎ取ろうと思えばいつでももぎ取れるが、もぎ取ったが最後もう二度と手にすることが敵わない、手に入れてはならない果実なのだ。
だから、この際小さくともニアのでいい。バレない様にいつか偶然を装い機会があったらさり気なく触ろう。ヒースは一人静かにそう心に決めたのだった。
次話は明日投稿します!




