合流
ちゃんと言えるのか不安。
ジオがナイフを宙にかざすと、刀身が水色に光りだした。地面に置いた皿に刃先を向けると皿にボトボトッと水が流れ落ちてきた。あっという間に皿に水が並々と溜まり、ジオは口の中の胃液をぺっぺと吐き出していたヒースに皿を渡す。
「口をゆすいでおけ」
「ん」
ヒースは素直に受け取ると水を口に含んではうがいをし、口の中の不快感を追い出した。少し残っていた分は勿体ないので飲み干した。普通に美味い。
「ジオって水の魔法も使えるんだな」
「こいつは料理用に多めに属性練り込んでんだよ。だから俺は水魔法は得意じゃねえがちょっとでこれだけ反応する」
「料理用?」
ジオが自分で持ってきていたナイフだった。何故料理限定なのだろうか。
「空気中から水を集めながら切っていけば近場に水がなくても汚れを落としながら調理出来るだろ」
「なにそれ、すっげえ便利じゃないか」
「お前もやってみるか?」
道中で捕まえたのか、腰からぶら下げた兎をジオがヒースに差し出した。首から先は綺麗に切り取られており、血抜きも済み内蔵もすでに除去されている様だ。ヒースは兎とナイフを手渡されたのでとりあえず受け取った。
「ちっと待ってろ」
ジオはそう言うと背中に背負っていたジオの武器である斧兼金槌を構え、暫く集中してから金槌部分を地面にドン! と叩きつけた。すると地面がバチバチ、と音を立てて盛り上がってきた物は。
「土鍋……!」
「俺は土属性の魔法は得意なんだよ」
ジオがニヤリと笑った。だが得意と言うだけはある。地面に金槌を打ち付けただけで土鍋が出来上がると一体誰が予想しただろうか。
「凄いわジオ! 妖精族だってこんなに簡単そうに土鍋は作らないわ!」
ニアが手を叩いてジオを手放しで褒めた。するとジオが照れくさそうに頭をボリボリと掻いた。そもそも魔法で土鍋を作ろうと思う妖精族がどれ位いるのか知らないが、そう多くはないだろうとヒースは予想したが発言は控えた。余計なことを言ってジオの機嫌を損ねたくはない。
「飯にしよう。特にお前は腹に何か入れておいた方がいい」
ヒースが酔って吐いてしまったので急遽食事にすることにしたらしい。ヒースの顔が思わずちょっと笑顔になった。それはつまり。
「もう置いていかないか?」
つい上目遣いになってしまった。ニアの前で涙を流したのも若干恥ずかしいので、まだあまりニアの方はまだ見れなかった。ニアには泣くなとか散々言った癖に自分が泣いていれば世話ないが、あの時は必死だったのだ。
ジオがふっと笑った。
「置いていかねえよ。さっき言っただろ」
「言ってない」
「そうだっけか?」
悪かった、としか聞いていない。ヒースの口から思わず愚痴が出てきた。
「大体ジオはいつも言葉足らずなんだよ。言いたいことがあれば言えばいいのにポカポカ叩くだけでそんなんじゃ伝わんねえし」
「だから悪かったって言っただろ」
ジオが不貞腐れながらドン、ともう一度地面を叩くとそこに焚き火をするのに丁度いい台が出来た。台の下には枝を入れられる空間まである。なんて便利なんだ、土魔法。もしかしたら一番汎用性が高いんじゃないか?
ニアが小枝を拾っては台の下にポンポンと入れ始めた。ニアは猪突猛進ではあるが、平時は指示をしなくともやるべきことを進んでやってくれる。冷静であれば変な子ではないらしい。
「シオンと暮らす様になったってそんなんじゃ愛想つかされるぞ。ずっと一人暮らしだったのは分かるけどさ、もっとちゃんと言う様にしないと」
「しっシオンと暮らすっ!?」
ジオの顔が急に真っ赤になった。そこは照れるところだろうか。ヒースも立ち上がると、枝を拾い始めた。ようやく気持ち悪いのが消えた代わりに相当腹が減ってきていた。そういえば慌てて出発したので朝飯も食べていない。腹も減る訳だ。
「……こっちに連れてきたらどうするつもりだったんだ?」
まさか何も考えてなかったなんてことは、さすがに考えたくなかった。
「え、いや、とりあえず助けようと」
そのまさかだった。赤くなってもじもじしている自分の師匠のでかい背中を見て、ヒースは溜息をついた。
「妖精王から奪うんだ、連れてきたらちゃんと結婚するんだろ?」
「けっ結婚っ」
「結婚したら当然一緒に暮らすだろ?」
「おっおうっ」
「一緒に暮らすってことは毎日一緒にいるってことだろ?」
「そっそうだなっ」
「じゃあちゃんと大事なことは伝えないと駄目だ、ジオ」
「だ、大事なこと?」
ジオの頭からは湯気が出そうな勢いだった。人のことを散々あれこれ言った癖に、自分のことになるとこれだ。
「シオンにさ、好きだから結婚して一緒に暮らしてくれって言わないと駄目じゃないか? ニアはどう思う?」
女性の意見は大事だ。しかもニアはシオンのことをよく知っている。ニアが頷いた。
「シオン様は元々騎士団という武人の立場からか、どちらかというときっぱりはっきりされているお方なの。その所為もあると思うんだけど、何というか結構鈍感ではっきり言わないと伝わらないというか。普段はアシュリー様が察してそれをシオン様にお伝えしてたんだけど、アシュリー様と離れるとなるとちょっとそこが心配ね」
「だってさ、ジオ」
ニアの話をまるっと信じるならば、シオンはジオとは正反対の性格をしているらしい。ジオは相手が言わずとも察したり遠慮したりしてしまうが、この感じだとシオンは察したりしなさそうだ。ある意味鍋と蓋がぴったり合う様な二人なのかもしれなかった。
「確かにシオンははっきりはしてるな……」
思い当たる節があるのだろう、ジオが納得した様に小さく何度も頷いた。それにヒースがシオンを見た時もジオの手を握っていた。その後のアシュリーの態度と比べると随分と大胆ではある。
「じゃあちゃんと言わないと来てくれないかもしれないぞ」
「一応それはアシュリー様が説得なさっておられたけど……確かにアシュリー様のお言葉だけでは足りないかもしれない。妖精王が代替わりするっていう大騒動の最中だし、ここははっきりとシオン様にお伝えすべきだと思うわ、ジオ」
「後ろで応援してやろうか?」
「それはいい考えね、ヒース!」
「クリフもー!」
するとジオがギロリと三人を睨みつけてきた。
「ちゃんと言うから応援は要らねえよ」
「ちゃんと言えるのか? 肝心な時にもごもごするからなージオ」
「やっぱりあれかな? 花束を持って片膝をついて結婚してくださいって……きゃー!」
「結婚て何? クリフも出来る?」
「いいかクリフ、結婚てのはな」
「あーうるせえうるせえ!」
両耳を押さえてジオが不貞腐れてしまった。ピタッと三人が口を閉じたのを確認するとようやく手を外し、ぶすっとしたままナイフの柄をヒースに差し出した。
「やってみろ。まずは鍋に水を溜める」
「えっちょっとジオ、俺どうやればいいのか分かんねえよ」
生まれてこの方魔法なんてものは使ったことがない。昨日ニアの魔法を体験はしたが、あれは勝手にこっちに吸い込まれていっただけでヒースは何もしようとはしていない。
「ニアと繋がってんだ、ニア一緒にやってやってくれ」
「任せてジオ!」
するとニアが意気揚々とナイフの柄を握るヒースの手を上からぎゅっと握った。こいつもそこそこ遠慮がない。というかやっぱりヒースを男として見ていない気がする。まあ、いいけど。
「いい? ナイフの周りの空気に水の流れを感じるの」
何か難しいことを言い出したニアだった。
次話は明日投稿します!




