追いかける
追いつく為に。
空は思ったよりも揺れた。そして上から見て初めて今まで過ごしていた森の広大さを知った。辺りは見渡す限り、深い緑一色だった。これを見て思った。ヒースとクリフがジオの元に辿り着いたのは奇跡に近かったのだと。
「クリフ! ジオの匂いとかは分かるか!?」
「近くなら分かる!」
クリフは実に楽しそうに空を飛んでいた。ヒースに荷物にとかなり重いだろうが、それを魔力で身体を大きくすることでカバーしている様だ。その分飛行に使う魔力も大きそうなものだが、重力とは関係ないのか実に軽々と飛んでいた。ただ楽し過ぎるのか、跳ねる様に空中を駆けるので少し胃にくる。
横を飛んでいるニアも同じく軽々と飛んでいるが、ニアは飛ぶ際腕輪を外して服のポケットに入れていた。飛べなくはないが魔力量が押さえられてしまうので飛びにくいらしい。昨日の様に少しの間なら問題ない様だが、今回の様に長距離を飛ぶ場合は制御されると魔力が持続し辛いらしかった。ニアに吸収してしまうことを心配しているのか、ヒース達とは少し離れた場所を並行して飛んでいる。
どれ位飛んだだろうか。前方に、薄っすらと赤茶の大地が見え始めた。大分先に見えるそびえ立つ岸壁と谷が見えるが、上の方は靄がかっていて見えなかった。恐らく先へ進むとしたらあの一際大きな谷の間ではないか。
すると、ニアが有益な情報を持っていた。
「西の獣人族は谷底を進んだ奥に住んでいるとアシュリー様が仰っておられた」
そうだ、ニアはアシュリーが調べた情報を持っている、知ってて当然だった。となるとあの隙間を行くのは間違いなさそうだ。すると、ニアが悔しそうな表情をして言った。
「ジオには言っておいたんだけど、ヒースには伝わってなかったのね。始めから置いていこうと思ってたんだ」
「接点の話も、結局俺には何も教えてくれなかった。後で聞こうと思ってたから知らないんだけど、獣人族の所にある接点はどういった接点なんだ?」
谷底に集落があるのであれば、月の光は届かないんじゃないか。それとも谷底でも広くて月明かりも入るんだろうか?
「あそこの接点は、月の花に溜められた月の魔力によって満月の夜に開くらしいの。谷底に月の光は届かないらしいんだけど、接点の周りに植えられた月の花のお陰で開くから、その月にどれだけ月の光を浴びたかで接点が開いている時間が毎回まちまちだそうよ。満月の魔力を直接受けてない分、一回接点を閉じるとなかなか回復しないってアシュリー様が仰ってた」
「俺達の方の接点よりも弱い感じがするな」
「その通りよ。だけど今回は必ずそこからシオン様を連れ出さなければならない。だから、接点が開く前に前で待機していないと間に合わない可能性だってあるの」
「じゃあますます急がないとだな」
「そうね。でもジオは徒歩だから、まださすがに谷までは辿り着いてないと思うんだけど……」
ヒースはぴょんぴょん跳ねているクリフに訪ねた。
「クリフ、匂いとか分からないか?」
眼下の木々は密集しており木の下は時折しか見えない。後ろを振り返ってももうジオの家がどこにあったかすら分からなくなっていた。毎回ハンも空を飛んできているが、どうやってあそこに辿り着いていたんだろうか? 何か目印でもあるのかもしれない。後で会ったら尋ねてみよう。
「ジオジオジオ……」
クリフが飛びながら鼻をクンクンさせている。鹿の鼻の良さがどれ程なのかは知らないが、それでも人間よりは良さそうだ。それにクリフはただの鹿じゃない。
「……あ!」
「うおうっ!」
クリフがいきなり急降下し、投げ出されそうになったヒースは慌ててクリフの首にしがみついた。胃が、胃がひっくり返る。
「ジオジオジオー!」
「クリフ! 降りる時は何か言ってくれよ!」
「ジオの匂いジオの匂い!」
聞いちゃいねえ。どうしてこうニアといいクリフといい猪突猛進なんだ。
クリフが木々の僅かな隙間から地上に一直線に降りた。もうヒースの胃は限界に近い。もっと優しく、思いやりを持って下降して欲しい。後でクリフにちゃんと説明しておこうと思った。
ドン! と土煙を上げてクリフが地面に降り立った。
「うぷっ」
「ジオ発見!」
「クリフ偉いわ!」
後ろからついてきたニアはふんわりと降り立った。そう、これ位緩やかなのが良かった。
地上に降り立つと、この辺りの木々はかなり背が高く太く大きかった。上空は葉で木漏れ日が少し差す程度には密集しているが、木の幹の隙間は広い。その奥から人影が現れた。
「お前らな、騒々しいんだよ」
木漏れ日を眩しそうに受け眉間に皺を寄せて、ジオがそう言った。クリフから降りたヒースは、地に足がつかない感覚になってしまいその場にへたり込んだ。
「おい!? ヒースどうした!?」
ジオが駆け寄ってヒースの横に膝をついた。人を置いていった癖に、何も言わずに置いていった癖にこうやって心配するジオは勝手だ。人の言うことなんてちっとも聞かないニアとクリフをヒース一人に押し付けて、二人共泣くし怒るしジオがいないとどいつもこいつもやっぱり言うことなんて聞きやしないのに。
「……ジオの阿呆!」
思わず悪態が飛び出してきた。ついでに目尻に涙もちょっと滲んだが、これは酔った所為だ。多分。
「お前なあ、師匠に向かって阿呆はねえだろうが」
「じゃあジオは馬鹿だ!」
胃から込み上げてくる物があり、ヒースはぐえええっと大きなゲップをした。あ、少しすっきりしたかもしれない。
ジオが困った顔をした。困ればいいんだ、ヒースをこんなに困らせたから少しは味わえばいいんだ。
「馬鹿も師匠に言う言葉じゃねえだろうがよ」
ジオが小さな溜息をついた。溜息をつきたいのはこっちだ。代わりにまた胃液が上がってきたが。ひくひく、と胃が変な動きを始めた。吐きそうだ。
でもまだ全然言い足りなかった。
「馬鹿は馬鹿だ! 自分一人で全部勝手に決めてさ! 俺の気持ちなんかちっとも考えてくれねえじゃないか!」
もう一度ぐげえ! とゲップをしたら、涙がぽろりと溢れた。これはあれだ、胃液の所為。口の中が少し胃液臭いし。
ジオがヒースの背中をさすった。それをヒースは手で跳ね除けジオを睨みつけた。ジオの眉毛が情けなく垂れ下がる。
「俺を置いていくなよ!」
やっと出た。ヒースだって泣きたかった、怒りたかった、でもニアとクリフに先を越されてしまって機会を逃してしまった。
ヒースの叫びは、ジオの足にしがみついて叫んでいたクリフの物と一緒だ。
「一人で行くなよ!」
力任せに拳でジオの分厚い胸を叩いた。悔しいことに少ししかジオの身体は揺れなかった。どんだけ筋肉なんだ。
「俺はジオの弟子だろ!? 来て欲しくないならそうちゃんと言えよ!」
もう一度ジオの胸を思い切り叩くと、困り果てた表情のジオがとすん、と尻もちをついた。
ジェフの最後の笑顔が脳裏に浮かんだ。
「勝手に残していくな!」
見てない所でもしも死んでしまったら、またこの気持ちを抱えるのか。自分の分も生きろと言われていると、無理矢理納得するまで自分にひたすら言い聞かせるのか。
もうそんなのは御免だった。
「……悪かった」
ジオがポツリと呟くと、ヒースの頭をぐしゃっと撫でた。その思ったよりも力強い撫で方にヒースの身体は前屈みになり、胃が折れ。
「……オエエエエッ」
溜め込んでいた伝えたかったことと共に、吐瀉物も吐き出したヒースだった。
次話は明日投稿します!




