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それぞれの思惑

考えることは一緒。

 少し遅めの昼食の後、ジオが言った。


「これで武器は準備出来たな。予定より二日早い。よくやったな二人共」


 ニヤリと口の端を上げて珍しく皮肉なしに褒めるのでヒースは違和感で若干引き気味だったが、ニアは素直に喜んだ。


「ジオ、ありがとう! ジオの提案がなかったらまだ出来てなかったと思うの。さすがジオね!」


 こちらはベタ褒めである。


「いや、たまたま思いついただけだ」


 ぶすっとしてそう言うジオの目が泳いでいる。頬もほんのりピンク色、つまり口ではそう言っていても満更ではないということだ。


 ヒースは気付いた。成程、珍しく手放しで褒めるなと思ったら、それはヒースに対してではなくニアに対してなのか。何だかんだ言ってジオも女がいてやはり浮かれているのがこれで証明出来た。


「そうしたら出発の日を早めるか?」


 ヒースは、自分の膝の上に乗ってしがみついたままスヤスヤ寝てしまったクリフのごわごわした頭を撫でながら聞いた。当初の予定では明々後日の出発だったが、出来れば早ければ早い程いいには違いない。


 ジオが頷いた。


「そうだな、明日は持ち物の準備をしっかりして、明後日の朝出発しようか。そうしたらハンにも今夜から連絡しておかないとだな」

「分かった」


 ハンを知らないニアはヒース達の会話を首を傾げながらも一所懸命聞いている。後で詳しく説明しないとならないだろう。


 暫く使わなくなる作業場の片付けや家の中の片付けも必要だ。着の身着のままでジオの元に辿り着いたヒースだ、荷物など殆どないに等しいが、旅に必要となる物の準備もある。水筒に非常食に、後は何だろう? 奴隷時代は狭い荷馬車に詰め込まれて物資は魔族達が管理していたから、服以外は殆ど管理したことがなかったので正直よく分からなかった。


「ジオ、持っていく物を教えてよ、少しずつ準備するから」

「分かった、後でな。それよりもヤギ小屋に仕掛け扉を作らねえとな。後、広めの柵もいるな」

「森の中に迷い込んだら危ないもんなあ」

「おし、じゃあ午後は柵作りだ」

「ジオ、私も手伝う」

「ニアはクリフといてやってくれ。こうもヒースにべったりだとヒースが何も出来ねえからな」


 ジオはそう言うと、ヒースにしがみついたままのクリフの脇を持ちをべりっと剥がしてニアの膝に乗せた。ニアがおっかなびっくりクリフを抱き抱えると、自分の寝床に座り込んで、恐る恐るといった体でクリフの背中をトントンし始めた。


 ヒースはそれを見て一瞬ドキリとしたが、だが思い直した。これは誰もが一度は経験があることだろう。


 決して昨夜ヒースが母の記憶を頼りに行なったことの再現ではない。そう思いたかった。



 ヤギ小屋の扉の改造、周りの柵の設置、持っていく物のリストの作成、そこまで終わった。


 クリフはヤギと仲がいい。別れを惜しむ為か、改造が済んだしもう勝手に出入り出来るようになったのもあってか、夜は鹿の姿に戻るとヤギ小屋へと戻って行った。ほかほかしながら寝ているクリフをずっと抱っこしていたニアは汗だくになっており、子育てって大変なのね、とちょっと疲れた顔をして笑っていた。


 今夜から二晩続けてハンを呼ぶということで、ジオは自室でやると言って魔具が入った小箱を持って自室に引っ込んでしまった。それまでにある程度ハンの情報を聞いていたニアは、黒歴史というものがどういったものかに興味はありそうだったが、それは聞いてはいけないとすぐさま悟ったのか素直にジオにおやすみの挨拶をした。


 今度ハンにもう一度聞いてみよう、そう思いながらヒースは寝床で目を閉じた。今日は色んなことがあったから正直くたくただった。


 暗闇の中でニアが寝返りを打つ音がした。そうだ、その話も明日ジオとしなければならなかった。


 出来ればニアとクリフは置いて行きたかった。クリフは強いとはいえまだ子供。人と魔族が殺し合う様を見せたくはなかった。ニアには、クリフの面倒とヤギの面倒を見てもらいたいと言えば納得してくれるだろうか。


 ニアも見たところ武器になる様なものは一つも持っておらず、属性の吸収以外は魔法も使えなさそうだ。例え怪我をしても魔力や生気を吸い取ればすぐ治るからといって、怪我をすれば痛いのに変わりはない。


 アシュリーの命令は、ヒースを助けること。であれば属性を武器に付けられた段階でそれは達成されたと考えてもいい。任務であれば固執もしようが、それ自体が完遂しているならばきっとニアも説得に応じてくれるに違いない。


 獣人族の居住地では、きっと少なからず殺戮が行なわれる。それはどちら側の立場になってもきっとある。


 ヒースは人の死をこれまで何度も見てきた。父から始まり、奴隷となっても弱い者からどんどん死んでいった。詰め込まれた箱の中で先程まで温かかった知り合いがどんどん冷たくなって硬直していくのを見た。ヒースは身体が頑丈だったから、作業場へすぐに割り振られた。そこで土砂に巻き込まれたり埋もれたりする人間も見た。始めの頃は周りの大人も反発心が強く、魔族に折檻された挙げ句介抱もされずただ死ぬのを待つ人間も見た。魔族に即座に斬られた人間も幾人も見た。ただ見ることしかヒースには出来なかった。


 もしかしたら、ヒースの感覚はその時すでに麻痺していたのかもしれない。人の命が、空気が抜けるかの様に抜け殻となっていくのを繰り返し目にすることで、死とは肉体が活動を止め意思がふっと息を吹かれたロウソクの炎の様に消えていくだけのものなのだと思った。野生動物や昆虫などの様に、死ぬことで誰かの糧となることもない、ただ消えゆくだけの命。それが人間の死なのだと思った。


 そんなもの、見たことがない奴にわざわざ見せつける必要もない。ヒースはそう考えていた。


 きっとジオも同じ意見だろうと思う。だから明日起きたら、ジオに話そう。ヒースはそう決めて目を閉じた。



 ニアの声がした。何度も何度もヒースを呼んでいるらしいが、目が開かない。ニアが何度も行ったり来たりを繰り返す気配がした後、遠慮がちにヒースの肩を揺すってきた。昨日思い切り噛み付いてきた奴と同一人物だとは思えない。


「ヒース、お願い起きて」


 声には余裕がなかった。ぐす、と鼻を啜る音が聞こえてきた途端、ヒースは急激に覚醒した。泣いている。目をパチっと開けて飛び起きると、目の前に途方に暮れた様子で半べそをかいているニアがいた。


「……どうした?」


 すると、ニアの瞳から涙がボロボロと溢れ始めた。ヒースはオロオロとするしか出来なかったが、しゃくりあげるニアの声にみぞおちがぎゅっとなり、堪らなくなってしまいニアをぎゅっと抱き寄せた。泣かれるのは嫌だ、どうしても嫌だった。泣かれると不安になる。どうしていいか分からなくなって困ってしまうのだ。


 とりあえず泣き止ませる為に、ヒースは腕の中で小さく震えているニアの後頭部を撫でた。


「泣き止んでくれ、ニア」

「どうしようヒースううう!」

「どうしたどうした」


 まるで子供みたいな泣き方をするニアにヒースは困り果て、とにかく落ち着かせる為に撫で続けた。ヒースの肩の服がどんどん濡れていくが、首に当たる頭は温かい。


挿絵(By みてみん)


「朝起きたらっジオがっ」

「え? ジオがどうしたんだ?」


 ジオに何かされたのだろうか? ジオに限ってそんなことをする筈はないが。


 ニアが言った。


「ジオがいないのおおおっ!」


 ヒースは目を見開いた。

次話は明日投稿します!

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