不器用ですから
天辺はね。
ニアは袋にヒースの髪の毛を詰め込むと、今度は自分の髪の毛を掴んでハサミを当てた。明らかに当てている場所がおかしい。ヒースは慌ててニアの手に飛びついて止めた。
「うおおい待て待て! お前それ頭の天辺だぞ!」
「え?」
「いいから貸せ!」
急いでニアの手からハサミを取り上げた。その様子をただ見守っているジオに、念の為尋ねた。
「ジオ、俺の頭って一体どうなったんだ?」
ニアのこの様子じゃ、あまり器用とは言えなさそうだ。するとジオがプッと笑った。
「酷えもんだ。後で整えてやるけどその前に鏡見ておけ。笑えるぞ」
「自分の姿を笑う為に鏡見るのかよ……」
触った感じだと頭の上と横の部分は髪が普通に残っているが、後ろ半分は見事にバラバラのボサボサになっている。
「何でジオがやらなかったんだよ」
ジオは自分の髪も器用に自分で切っている。ヒースの髪を切る位簡単だろうに。するとジオが肩をすくめて言った。
「ニアがここまで不器用だと思ってなかったんだよ。仕方ねえだろ、俺達はまだ出会って一日だぞ、そんなこと知らねえし」
「人の頭で実験してさ……」
「後でちゃんと格好よくしてやるから」
「頼むぜジオ……」
いくら女がいない環境で生きてきたからといって、身だしなみが気にならない訳ではない。どうせなら格好いい方がいいに決まってるじゃないか。
ヒースは横できょとんとしているニアに向いた。
「で? どれ位切ればいいんだ?」
この様子だと、多分例のヒースとニアと武器を繋ぐ何かの実験に使うのだろう。それ位はヒースにも予想がついた。これをどう使うかまでは分からなかったが。
「ヒースと私の髪を一緒に編み込んでそれを弓の弦か、それか弓に巻きつけて見ようかと思って」
「俺達自身はどうするんだ?」
「お互いの髪を編んで身に着けたらどうかと思うの」
「成程」
肩の肉を食いちぎられるよりも遥かにまともそうな考えだった。恐らくジオの案だろう。肩はまだヒリヒリしているが、上手く行けばそれもニアの力で治るんだろうか。
「じゃあ少し長めに、だけど頭の天辺からバッサリなんて切っちゃ駄目だぞ」
「そんなつもりは」
「いや、今やろうとしてたし」
「そう?」
自覚なしときた。これは相当不器用に違いない。どうもニアは、ヒースが想像していた可愛らしい女子像からは大分かけ離れた感じの様だった。まあヒースだって女から見たら想像していたのと違うのかもしれないから、そこはお互い様なのかもしれないが。
ヒースが慌てて止めてなかったら河童ハゲだぞ。まあヒースもそれになる危険性はあった訳だが。
「隙間から少しずつ切ってやる。ジオ、別の袋あるか?」
「おう。こいつを使え」
ジオは大体用意がいい。ベルトに挟んであった小さめの袋を渡してきた。
「ほらニア、座っとけ。動くなよ」
「うん」
ヒースはニアの髪を少しずつ掬っては目立たない程度に根元から切っていった。頭皮に触れると温かくてちょっと変な気分になりそうだったが、先程殺されそうになったことを思い出しつつ平常心を保った。しかし小さい頭だ。この頭であれこれおかしなことを考えているのだから不思議なものである。
どれ位必要なのかは分からなかったが、足りなければ後でまた少し切ればいい。そう思ったので目立たない程度で止めてみると、明らかに切り取られたヒースの髪の量とニアの髪の量が違う。
「ニア、俺の髪ちょっと切り過ぎじゃね?」
「そう?」
振り返るニアが余りにも近くにいたので、ヒースは思わずその紺色の瞳をじっと見つめてしまった。やっぱり見ている分には可愛い。ちょっと気の強そうな目をして、ほっぺたはアシュリーのそれに比べると大分ほっそりしているけどでもすべすべだ。
「ニア可愛いのにな」
「へ?」
しまった、また口から飛び出てきてしまった。可愛いという台詞は口説くことと同義だとジオが言っていた。ヒースは別にニアを口説く気はない。可愛いとは思うが、どちらかというとアシュリー位ぷるぷるが好みだし。
「のにってどういうこと?」
思い切り睨みつけられた。よかった、口説かれたとは思っていないらしい。
「はは」
笑って誤魔化しつつヒースは立ち上がると、逃げるようにジオの元へと駆け寄った。そういえばクリフがいないが、その辺りでまた草でも食べているのだろう。
「さっさとやるぞ」
「うん」
ジオが主導権を握ってくれると作業はスムーズにいく。ヒースはジオに手順を任せることにした。
◇
ジオはぐしゃぐしゃになったヒースの頭をヒースに見せ一通り笑った後、ぶつくさ言いながらも綺麗に整えてくれた。
「お前はすぐに無くしそうだからな」
そういうと、ニアの髪の毛をヒースの耳の上の髪に編み込んだ。細い三つ編みが左右から垂れくすぐったいが、綺麗に刈り上げられた首の後ろはスースーする。
ジオは同じ手順でニアの髪に今度はヒースの髪を編み込んでいく。ニアの場合は首の後ろから垂らされた。髪の毛が残っているからだろう。
「よし出来た。次は弓だな」
「あ、ジオ! 私いいこと考えたの!」
頭を触られてくすぐったかったのか、少し顔をにやけさせていたニアがジオを振り返りジオの腕を掴む。すっかりジオに懐いてしまったらしく、物理的距離も心なしかヒースよりも近い様な。というか近過ぎだろう。ヒースには触るなと言っておいて、ジオはいっぱいニアに触っている。触ってきているのはニアだが。
ヒースの非難する様な視線に気付いたのだろう、ジオがそっとニアの手を腕から外すと一歩下がった。
「ニア、誰彼構わず触るとこっちじゃ勘違いされるぞ。男とはある程度距離を置け」
「あ……そうか」
妖精界は女だらけだ、そのノリでいたのだろう。まあヒースだってよくジェフとじゃれ合って肩を組んだりしていた。そういうことか。
ニアは手を下げると自分の服の裾を掴んだ。ジオが尋ねる。
「で? いいことって何だ?」
「弓なんだけど、髪の毛だけだとちょっと弱いかなって。だから私の羽根を付けたらどうかと思って!」
「おいおい、羽根なんか千切って大丈夫なのか?」
ジオが顔を引き攣らせる。どうもニアは発想が過激だ。
「大丈夫大丈夫! 何かから魔力吸い取ればすぐに治るから!」
今度は自分を実験台に差し出すらしい。
ヒースはようやく納得した。ニアが思い切りよくヒースの肩を食い千切ろうとした心理を。自分ならすぐ治すことが出来るが故に、人もその程度出来るんじゃないかと軽く考えているに違いない。
ヒースはそっと肩の傷を上から押さえた。まだヒリヒリする。やっぱりニアはヒースの想像の斜め左下位を突き進む感じだ。ちょっと怖い。怖いが、そんなニアをちょっと面白いと思う自分がいた。
「じゃあ……ジオお願いね」
ニアは、ばっと羽根を出してジオに背中を向けたが、ジオはヒースに声を掛けた。
「ヒース、お前がやれよ」
声がちょっと上ずっている。もしかしたら少し怖いのかもしれない。
「それに、お前がやった方がその繋がりっていうのか? が出来やすいかもしれねえしよ」
多分それはやらない言い訳だろうが、でも確かに可能性は高い方がいいのでヒースは頷いた。
「ニア、俺がやるぞ」
「……分かった」
ちょっと嫌そうなのは何故だろうか。どうもジオに対する信頼感とヒースに対するそれに差がある様だが、ヒースは今のところそこまで変なことをニアにした記憶はない。となると、ジオの方が大人だからだろうか。
ヒースはニアの黄色の様な黄緑色の様な不思議な色彩の羽根を手に取った。
次話は明日投稿します!




