クリフ
ぐりぐりぐり。
しがみついているのがニアではなかったので、とりあえずヒースはホッとした。ホッとして、次いでしがみついている男の子をまじまじと見た。誰だこれ。
目は黒く大きく黒目がちだ。髪の毛は綺麗な栗色をしていて短い。幾つ位だろうか? 小さい子はよく分からないが、丁度ヒースの腰に頭が来ているからまだちびだ。可愛い顔をしているが勝ち気そうな眉毛をしている。
「ヒースヒースヒース!」
ぐりぐりしてくるが止めてくれ。今はちょっとそこは本当に止めて欲しい。ヒースは慌てて男の子の脇を持って抱き上げると、男の子がヒースの首にぎゅっと抱きついてきた。すると慣れ親しんだ匂いがしてきた。いつも嗅いでいるあの匂いだった。
「……クリフか?」
「クリフだよ!」
するとそれをあんぐりと口を開けて見ていたニアがひと言。
「人間になるのは初めて見た……」
「え? じゃあ普通は何に化けるんだ?」
「手足が八本生えたのは見たことがある。あと頭が三つになったやつとか」
それ化け物じゃないか。何でそんなのを見たことがある癖にクリフを化けさせようとしたんだニアは。
「人間に慣れているのだと羽根が生えて空を飛んだりとか、あと大きくなったりとか」
「へえ……」
成程、人間に慣れていると比較的まともになるのか。でも何でだろう?
ニアが不思議そうに聞いてきた。
「ヒースとクリフには、何か共通点があるの? そうでないとここまでは……」
「共通点? ナニソレ」
「例えば髪の毛の色が一緒とか」
「どう見ても違うだろ」
「例えばよ、例えば。同じ時に生まれたとか」
「どう考えても違うだろ」
「だから例えばだってば。あとは同じ模様の痣があったりとか」
「あ」
「あ? あるの?」
「前にジオに言われたことがある。俺は自分の背中だから見えないんだけど。クリフちょっと降りてて」
ヒースはクリフを地面に降ろすと上をガバっと脱いだ。
「ひっっ」
「ニア、背中見てよ」
「は、はいっ」
ヒースがニアに背中を向けると、ニアの息を呑む音がした。
「これ……鹿の角?」
「みたいな傷跡ってジオが」
すると傷跡をニアがつ、と指で触れて撫でた。再びゾゾゾゾッとする。
「うおおおお止めて止めてっ」
慌てて離れて振り向いた。振り向いた先には、手をヒースの背中をなぞったそのままの形にしたニアがいた。もう何なんだ。動悸が激しくなってしまっている。
「光ってた」
「へ?」
「傷跡が、光ってた」
「え? 俺光る仕様になっちゃったのか?」
ニアがこっくりと頷く。夜道を歩くのには便利だろうか。でも後ろだとあまり役には立ちそうにないかもしれない。
「多分、これがヒースとクリフの絆なんだ」
「あー。これ、クリフを助ける時についた傷でさ」
「そうか……これを仲介して人間になりたいっていうクリフの希望がヒースの人間としての属性を」
「ごめん何言ってるか分かんない」
「ううん、それにしたってそれだけでここまで?」
「おーいニア」
「きっとこれはヒースの持つ魔力の属性にも関係が」
「ちょっとー」
「ヒース!」
「うおっ」
ニアがヒースの両腕をがしっと掴んできた。目が怖い。どうしちゃったんだろうか。また心臓が飛び跳ねた。
「ヒースの属性を調べよう!」
「え、うんまあそれはいいんだけどさ、武器に属性は?」
「私の考えが間違ってなかったら、もしかしたらそれがうまく武器に属性を付与する助けになるかもしれない!」
「え、本当? じゃあ調べようか」
ヒースが珍しくタジタジになりつつも頷くと、家の方から咳払いが聞こえてきた。ヒースとニアが同時にそちらを振り向くと、ジオが呆れた顔をして腕組みをしつつこちらを見ていた。
そしてひと言。
「お前ら何やってんだよ」
ヒースは上半身裸。ニアはそんなヒースの腕を両手で押さえつけている。そして腰にはさっき降ろしたクリフがまたしがみついていた。確かに何やってんだと言いたくなる光景だろう。
するとジオの登場でニアが我に返ったらしい。
「ひっっ」
手を離すとぱっと背を向けた。
「ヒース、き、き、着て」
どうもヒースが上半身裸ということも忘れていた様だ。物凄い集中力である。ニアはもしかしたら研究肌なのかもしれないな、とヒースは思った。ヒースが言われた通り上を着ると、クリフが「ヒースヒース」と抱っこをねだってきたのでヒースは抱き上げてやる。
それを見たジオが固まった。
「え!? 誰だその子供!? え!? お前らまさか子供が!? 妖精との間の子はそんなに早く成長するのか!?」
大分混乱しているらしい。この一瞬で子供を作って生めて育てられる訳もないのだが、まあそれも仕方ないのかもしれない。何故ならここは広大な森に囲まれている。間違っても子供一人ふらふらと来たりする場所ではない。
だがそれにしても話が飛躍しすぎてはいないか。
「ジオ、何か盛大に勘違いしてない?」
「お、おお、そうだよな、わりいわりい。てなるとそいつは誰だ?」
「クリフ」
「おお、クリフか、何だ――ってクリフは鹿だろうが!」
「ジオ!」
ヒースからパッと降りるとクリフがジオに向かって走って行った。するとカランカランと鈴の音がした。見ると腰に鈴がぶら下がっている。
「クリフも一緒に行くの!」
そう言ってジオの足にしがみついた。器用に足も絡ませ、完全にくっついている。
「うわっなっ何だ!」
「クリフも行く! ジオクリフ置いていかない! くっついてく!」
「行くってどこに……あ! 獣人族の所か!?」
「クリフ連れてけ!」
ジオが足をぶんぶん振ってクリフを振り落とそうとするが、クリフはしっかとしがみついて離れない。
「鹿も無理だが子供だって無理だ! 子供が戦場なんかに行くもんじゃねえ!」
「クリフ役に立つもん! 役に立つところ見せれば連れてってくれる!?」
「お前みたいなちびがどんな役に立つってんだよ!」
「立つもん! 見てろおおおっ」
すると根気よくジオの足にしがみついたままのクリフから影がゆらりと立ち昇る。それが段々と立派な牡鹿の姿を取ると、森の木の一本に猛スピードでぶつかる!
すれ違った木が切られると、ズドオオオンッと土煙を上げて地面に転がった。木の断面は綺麗に真っ直ぐ切られていた。
「ほらね!」
どんなもんだい、といった表情でクリフが口をぱかっと開けて呆けているジオに言った。
「こ、これは!」
ニアがそう言うと、バッと服を捲くりツツツーッとヒースの背中をなぞった。いつの間に背後に。
「ぬあああああっ止めてええっ」
「ヒース! これは凄い発見だ!」
「何で服を捲くってんだよおおおっ」
ヒースは理解した。ようやく理解した。例え触りたくたって、相手の同意なしに触っちゃいけない。
ヒースは急いでニアから距離を取った。何なんだこの女。目の前に夢中になるものがあると周りが全く見えなくなってしまうのか。そういえば昨日だってもう接点が閉じたのに馬鹿みたいに泉に潜ってた。
「ヒース! 服の上からも分かった! 今クリフが技を繰り出した際、背中の痣が物凄く光った!」
目を輝かせて両手を合わせている。こいつはもしかしたら結構ヤバイ奴かもしれない。アシュリーは何でよりによってこいつを寄越したんだろう。
「ジオジオジオ! クリフも連れてけえええ!」
「わっ分かった! 分かったからしがみつくな!」
「ヒース! もう一度その背中を見せてくれ!」
「わっだから服を捲くるなあああ!」
常には静かな森の中。
男二人の情けない半泣きの叫び声が鳴り響いたのだった。
次話は明日投稿します!




