魔力無効化
暫く森の前で佇んだ後、ヒースは鍛冶場に向かった。
クリフとの別れは、正直なところ寂しくて仕方ない。だが勿論、最初から連れて行くことは考えていない。
人間と鹿では、進む時間の早さが違う。クリフがただの鹿のままだったなら受け入れられていただろう事実は、クリフが妖精界の果実の所為で人化した時からヒースの中で都合よく忘れ去られていた。
人の形を取ったのなら、人と同じ様に生きられるんじゃないか。
そんな期待がなかったと言えば、嘘になる。
置いていかれるのが怖くて、勝手に夢を見ただけだ。
「怖いもの、ちゃんとあるんだけどな」
口に出してみると、如何に自分は怖いものだらけかを痛切する。クリフはヒースが怖がらないと言った。だけどそんなことはやっぱりない。
ヒースの恐怖は、常に失うことに伴っていた。
流れる父の血と共に失われていく命。愛情が薄れていく母の視線。自分を逃すことを優先してくれたジェフの最期の合言葉。クリフを託してくれた母鹿の、段々と光が消えていく意思の強かった目。
そして今は、これ以上失うことを恐れている。皆、ヒースより余程世間のことを知っていて、処世術だってヒースなんかより全然上だけど。
そんな人でも気を抜けば死んでしまう。そのことが、何よりも恐怖だった。
プルプル、と頭を横に大きく振る。
こめかみからぶら下がるニアの髪の毛が頬に当たり、ちょっと痛かった。
弱気になっている。そう思うのは、もしかしたら封じられていたヒースの魔力が解き放たれ、周囲の人たちの不安を知らず知らずの内に感じ取っている所為なのかもしれない。
そう思いたかった。
◇
「おー! ヒース、もう大丈夫か?」
鍛冶場に到着すると、ザハリとジオが丸太に腰掛けながらカンカンと何か小さな物を叩いているところだった。
「ザハリ、ジオ!」
二人の元に駆け寄ると、ジオが顰めっ面でヒースを睨む様に見上げる。
「……やっぱりヒースが行かないといけないもんなのか?」
「ジオ、もうやめとけ」
ザハリが手元から視線を逸らさずにジオに注意した。
二人の手元を見る。蒼鉱石ではない、ヒースが見慣れた金属を幅広い板状にしたものを、円になる様に少しずつ曲げている。よく見ると、地面に敷いた布の上に同じ形状の物が何個も並べてある。
それで分かった。これはきっと、シオンの魔石が練り込まれた、嘘を見抜くという魔具だ。腕輪の形状に整えているらしい。
これまで敵対関係にあった人間族と獣人族が共存するには、互いに嘘偽りないと眼で見て信じられる様にとジオが提案した方法だった。
獣人族にとって、ヒースやザハリといったある程度素性が知れた、かつ非戦闘員であれば信頼もしやすい。だが、これまで戦いの場に身を置いてきたヨハン隊やナスコ班の面々を受け入れるのには、抵抗がある。
集落には、女も子供も老人もいる。長であるティアンは人間の妻を迎え入れたほとだ。人間への嫌悪は少なく友好的ではあるが、それは非戦闘員であればの話だ。
ヨハン達は、これまで沢山の魔族を殺してきた。彼らにしてみれば、元いた場所を奪われ、家族を殺され、魔族を殺したところで戻ってはこないことなど百も承知で、復讐の為殺し続けた。
その復讐心が、あっさりと消えるものだろうか。
ティアンが懸念しているのはそこだろう。
人間と魔族の国の境界に位置するこの集落の役割は、魔族を安全に通すことだ。彼らはあくまで魔族の本国に所属しており、それをひっくり返す意思はないだろう。
今回ティアンが協力することを選んだのは、ヒースが彼の愛娘であるアイネを取り戻す手伝いをするからだ。
つまり、ここでヒースが尻尾を巻いて逃げ出した瞬間、ティアンは人間を匿う義務も義理もなくなる。
ジオとシオン、森にいるクリフの安全の為には、ヒースに魔族の国行きを断る訳にはいかなかった。
ジオは、多分それも分かった上で言っている。お前が嫌ならさっさとあの森に帰ろうと、ヒースが弱音を吐いた途端首根っこを捕まえて言うだろう。
だから、ヒースは笑顔になった。
「行くよ。明日出発だって」
「え? あ、明日!?」
ジオが手の動きを止めると、ザハリがすかさず注意する。
「手を止めるな」
「あ、す、すまん」
見た目が実年齢と真逆なのでやはり違和感は拭えないが、ジオは素直にザハリを目上の立場の人間だと認めている様だ。
ジオは本当に素直な人間なのだ。実直で、目に映る情報だけでなく、心で見ることが出来る。
この素直さがあるからこそ、シオンはジオを心から信用しているのだろう。
きっと、ジオはシオンを「妖精王の妃」という立場では見ず、ただのシオンとしか見ていないから。
「作業、手伝うよ」
ヒースが声を掛けると、ザハリが丸太から立ち上がる。
「じゃあ続きよろしく。明日出発とは聞いてないから、まだお前の魔具の準備が出来てねえんだよ」
「俺の魔具?」
ザハリが座っていた場所に座ると、板状の金属を台の上に置かれた。ジオが目だけで「同じ様にやれ」と言ってきたので、ジオの手元を確認しながら熱い金属を打ち始める。カン、カン、という重くも懐かしい衝撃が腕に伝わってきた。
ジオに教わったこの感触は、今やヒースの奥に染みついている。
「相変わらず楽しそうにやるなあ」
ザハリが顎をしゃくった。何のことかとヒースが顔を上げると、「笑ってるぜ」とニヤリと笑う。
「ヒースは最初っからそうだ」
ボソリとジオが呟いた。
「え? 俺いつも笑ってんの?」
自分が笑いながら作業をしていたなんて初耳だ。
「大体いつもだ」
と、ジオ。
「俺の時も大体そうだったぞ」
と、これはザハリ。
「ちっとも気付かなかった」
笑いながら作業してるなんて、変態じゃないか。そう思ったが、ジオの口角が少しだけ上がったのを見て、言うのはやめた。
「じゃあ、ちょっくら魔石を分けにもらいに行ってくるから」
ザハリが、ろくに説明もせずふらりと行ってしまう。
え? え? と思いながらザハリの背中を見ていると、ジオが低い声で教えてくれた。
「お前、魔力が制御出来てない感じらしいな」
「え? うん、そうみたいだけどどうしてジオが」
「シオンに聞いた」
何をどうやったらシオンがヒースのことをジオに伝える流れになるんだろう。首を傾げていると、ジオが眉間に深い皺を寄せつつ説明してくれた。
「今日、昼飯の時にお前はいなかっただろう? だからアンリの元に制御腕輪を持つニアが食事を届けに行ったんだ」
「うん」
そこまでは分かる。朝のヨハンの説得の後、ヒースはすぐにクリフの所へ行ってしまったから。
「アンリの目が覚めたと聞いて、親戚だからな、シオンも会いたがった」
「うん」
それも分かるので、素直に頷く。
「シオンは、一旦家の外で待つことになった。ニアの給仕が終わったら、短時間だけアンリに制御足輪を付けてもらって話そうと思ったらしいんだ」
うんうん、と続きを促した。
「すると、中から言い争いの声が聞こえてきた。シオンが慌てて中に入ったけど、アンリの魔力がダダ漏れで危険過ぎて近寄れない。ニアは興奮しているのか、アンリが何かを言っているのを否定している様だったそうだ」
何だろう? あの二人は仲が良さそうだったが、言い争う様な何かがあったんだろうか。ヒースが首を傾げると、ジオも首を小さく傾げた。
「アンリは興奮すると、魔力を抑えられないらしい。シオンを連れて出て行けとアンリに叫ばれ、ニアは何かに怒りながらも言われた通りにシオンを連れ出した。そこでシオンは聞いたんだ。アンリが、出発前にヒースの制御魔具を作って必ず付けさせろ、と怒鳴っているのを」
それでな、と言いにくそうに上目遣いになるジオ。
「いざという時は見捨てろ。そう言ったんだそうだ」
それを聞いたシオンは、ニアを問い詰めた。だが、ニアは頑固だ。結局何が何だか分からないまま、ニアが持っていた魔石をシオンは託されたという。
魔力無効化の効果を持つ魔石は、こちらの世界では貴重だ。なので、とりあえずは必要となるまでシオンが預かった、という話をザハリにした。
ザハリもよく分からないらしく首を傾げていたが、
「ヒースを見捨てられちゃ困るしな」
そう言うと、そうならない様自分がちゃんとしたものを作るとジオに伝えた。
次話は目指せ月曜日です。




