果物
ニアが困った様に言った。
「ただ、私はどうしても魔石を作れない」
「作れない? 何で?」
妖精なら誰でも作れるという類のものでもないらしい。ニアは少し悔しそうな表情をしていた。
「私の能力は吸収だからな、魔石を生み出すのが難しいらしい。今まで何度やっても失敗している」
「とすると、どうやったら武器に属性を付けられるんだ?」
ヒースにはさっぱり分からない。ジオなら分かるかと思って見たが、ジオも首を横に振るだけだ。魔石を使用しての属性付けしかやったことがないのであれば、当然と言えば当然だった。
「すまない、私はここでも役立たずだ」
ニアがしょんぼりと項垂れてしまった。落ち込ませるつもりでそんなことを言った訳ではなかったヒースは、とりあえず提案してみることにした。
「じゃあさ、今日は何とかならないかあれこれ一緒にやってみよう。――ジオ、出発はいつにする?」
ジオが考え込んでから言った。
「そうだな、三日後位で考えておこうか」
「分かった。そしたら今日明日頑張って、駄目だったら俺は他の属性を明後日付けて明々後日に間に合うようにする」
「ヒース……すまない」
ニアがますます凹んでしまった。違う、そういうつもりじゃなかった。女って皆こうなんだろうか?
「ニア、そうじゃないよ。期限を決めた方がニアも集中出来るかなって、それだけ。出来なくても期間がそもそも短いし、な?」
今回はシオンの元まで辿り着いていないとならない期限が決まっている以上、無駄にここで時間を引き伸ばすことは出来ない。ならばいつまでと苛々するよりは、予め期限を設けておいた方が出来なかった時でも諦めがつくと思ったのだ。
「ヒース……」
ニアの表情が少しだけ明るくなった気がした。よしよし。ヒースは食器を片付け始めることにした。
「じゃあ早速俺の作った武器を見せるから、来てニア」
「……うん!」
ニアも食器を片付ける為にぱっと立ち上がった。うん、一所懸命で可愛いかもしれない。ヒースがそう思って薄っすら笑う。ふとジオを見ると、まだ席に座っていたジオはヒース達のやり取りと聞いていなかったのか、明後日の方向を見ていた。
その表情は、固かった。
◇
ニアがヒースの作った弓を持った。目が輝いている。
「ヒースがこれを作ったの?」
「うん、結構大変だった」
ハンの助けがあってここまで漕ぎ着けたのだが、それでも一から考えて作ったのはこれが初めてだ。だから感動もひとしおだった。
「物を作り出せるって凄いね」
弓を眺めながらニアが囁く様に言った。ヒースは思わずニアを覗き込んだ。何だこの可愛い生き物。アシュリーとはまた違った感じの可愛さがニアにはあった。
紺色の瞳がヒースに気付いてヒースの橙色に近い色をした瞳を見て、ぱっと目を伏せた。
「なっそんな見ないでよっ」
「いや、ニア可愛いなと思って」
「かっ可愛いって! アシュリー様にも同じ様なこと言ってた癖にっ」
何でニアが知ってるんだろう。さてはアシュリーがニアに喋ったに違いない。ただニアも可愛いなと思ったのは事実だ。そこに嘘はない。
「可愛いから可愛いなって言っただけだし」
「おっお前は女をろくに見たことがないからそう思うだけだっ」
ニアの頬がピンク色に染まっている。これは怒ってるのか? 何故可愛いと言っただけで怒られるのかヒースには分からない。きっと何か誤解があるに違いない。ヒースは説明を始めた。
「何ていうかな、アシュリーはぷるぷるのお姉さんって感じで可愛いけど、ニアはえーと、そう! 小さい時のクリフみたいで可愛いんだ!」
大きな瞳で一所懸命な様が正にクリフだった。
「クリフ?」
ニアが首を傾げる。その様子もヒースにすりすりを求めるクリフに見えてきた。ヒースは思わず手を伸ばすとニアの頬をつるつると撫でた。あ、しまった。
ニアがプルプルと震えている。顔がどんどん赤くなってきた。熱を持った金属の様だった。
「触っちゃった。ごめん」
軽く謝って手を離したが、ニアはまだ震えている。大丈夫だろうか。
「さ、さ、さ……」
「クリフが甘える時に似ててつい」
「あ、甘えてる!? そ、それにそのクリフというのは……!」
「昨日紹介しただろ? 鹿」
「あ、あの鹿? 私と鹿が似てると……?」
ぶち、という音が聞こえた気がした。よく見るときつく握り締めている拳も震えている。
「ニア、大丈夫?」
疲れだろうか。あまりきちんと寝れなかったのかもしれない。ヒースがまたニアを覗き込むと、ニアは諦めたかの様に首を振った。
「……もう、いい」
「そう? 無理するなよ」
「……」
とうとう返事がなくなってしまった。本当に大丈夫だろうか。そうだ、クリフに会わせよう。クリフは可愛いし会ったらきっとニアも元気が出るに違いない。
ヒースは家の裏の方に声を掛けた。
「おーいクリフー! いるかー?」
クリフは、日中は家の周りの草を食べていることが多い。時折森の中にふらっと入っていってしまうこともあるが、呼べばすぐに飛んでくる程度の距離しか離れない。
すると、カランカランと鈴の音が鳴りクリフが家の影からひょっこりと顔を覗かせた。口に草を加えている。丁度食事中だったらしい。ヒースは手招きをしてクリフを呼んだ。
「クリフ、昨日はちゃんと紹介しなかったからな、ニアを紹介するよ」
「……逆じゃないのか……」
ぼそりとニアが呟いたが、ヒースには聞こえなかった。
ヒースが呼ぶとクリフはすぐに駆け足で寄ってきた。ヒースの頬に自分の顔を擦り付けて甘える。それを見たニアが「これに似てたのか……?」と呟いた。
ヒースがクリフの首を抱くとニアに向いた。
「可愛いだろ? 鹿のクリフ! 雄だけどまだ子供だから角が生えてないんだけど、来年にはきっと立派な角が生えてくる予定だ!」
鹿の角は毎年抜けるらしい。それを使ってあれこれ作ることも出来るとジオに聞いたので、ヒースはそれを楽しみにしていた。これまで、翌年のことなど想像して楽しみにすることなんてなかった。楽しみになることが待っている、それだけでもヒースには嬉しい出来事だった。
すると、ニアが目を細めてクリフをじっと見つめ出した。クリフは「なに?」といった表情でニアを見ている。
「何故この鹿は魔力を持っている?」
「クリフね。それに喋り方。お風呂……」
「ひっっ! クリフ! クリフは何で魔力を持ってるの? こっちの世界の動物は魔力を持ってるものなの?」
「魔力? クリフが?」
ヒースがクリフを見る。クリフがまた顔を擦りつけてきた。とりあえず可愛いのでヒースはクリフを撫でた。
「物凄い魔力よ」
「魔力……魔力ねえ……。あ、果物あげた」
毎回物々交換の袋に入っているのをクリフが嗅ぎつけてねだるので、毎回あげていた。思い当たるのはそれ位だった。
ニアの眉がぴくりと動いた。
「果物ってまさか、妖精界の」
「そうそれ。クリフがいつも欲しがるから」
「あげちゃったの!?」
ニアが驚いた顔をしている。何故そんな驚いているのか、勿論ヒースには分からない。分かる筈もなかった。
「あれは魔力が沢山入ってるから、元々魔力を少しは持ってる人間にはいいけど! 魔力を持たない動物にあげちゃったら……!」
「あげちゃったら?」
どうなるんだろう? 何か拙いことでもあるのだろうか? ヒースが首を傾げていると。
「――化ける」
「へ?」
ニアが重苦しい表情で言ったのだった。
次話は明日か明後日投稿します!




