ニアの属性
少しずつ縮まる距離。
今朝もジオに拳骨を落とされて起床した。
「ってえ……!」
「どうしてお前は声かけても揺すっても起きねえんだ」
どうやらここに至るまでかなり起こされているらしいが、勿論ヒースにその記憶はない。あったらとっくに起きている。
先に起きていたニアが慌ててジオに言った。
「ジオ、申し訳ない。昨夜は私が騒がしくしてしまいヒースを起こしてしまった」
またあの口調に戻っている。ヒースは寝ぼけまなこのままニアを見て言った。
「ニア、風呂」
「ひっっ」
びくっと反応して、ニアがそうっとヒースを振り返った。分かった落ち着けという意味だろうか、手を待てのポーズにして頷いている。ふう、と息を吐いてジオに向き直った。
「ジオ、ええとあの、昨夜は私がなかなか寝れなくて、ヒースを起こしちゃったの」
「お? おお」
口調がいきなり変わってジオは明らかに戸惑っていたが、寝床でうんうん頷くヒースを見て何となく理解したらしい。
「だからそう怒らないであげて下さい」
「あ、ああ分かった。――ヒース、朝食の支度だ。さっさと顔を洗ってこい」
ヒースはジオの頬が緩むのを見逃さなかった。人にはああだこうだ言う割にジオだって浮かれてないか?
「シオンに言いつけ……」
「顔を! 洗ってこい!」
「はいはい」
尻を軽く蹴飛ばされてしまったので、ヒースはそれ以上つっこむのは止めて素直に顔を洗ってくることにした。女が家に来て、何となくだが家の雰囲気が華やかに思えるのは気の所為ではないに違いないから、ジオもその雰囲気の違いに思わず楽しくなってしまったのかもしれない。
風呂に残った水はすっかり冷めて水になっているが、まだ凍る程ではない。森の中だからだろうか、日中も作業場を離れればかなり涼しいのだ。それまで幾度となく灼熱の炎天下で建設作業をしてきたヒースにとって、ここは天国だった。
顔をぱぱっと洗うと肩に掛けておいた手ぬぐいで顔を拭き、家に戻る。中に入ると、ニアが慣れた手付きで皿を用意していた。何で来たばかりなのに物のある場所が分かるのか? ヒースが首を捻っていると、ジオがヒースに気付いて嫌味を言ってきた。
「お前と違ってニアは覚えが早いぞ」
「うん、そうみたいだな。凄いなニア」
ヒースは食器をしまう場所もなかなか覚えられなかったので素直に感心してそう言うと、ジオは何か言いたそうな顔をしたが何も言わなかった。
「え、いや、城勤めだと一回で覚えないと怒られたしその所為かな?」
「お城って厳しいんだなあ」
ジオが用意した、焼いた鶏肉と目玉焼きに崖の近くに生っていた木苺が乗った皿を受け取り並べた。先日ハンが置いていった米がまだあったので塩粥もある。何だかいつもより朝食が立派なのも気の所為ではないだろう。恐るべし女効果だ。
三人は朝食を食べながら、昨日出来なかった話をすることにした。
「とにかく、次の満月までに獣人族の居住地域にある接点に辿り着かないといけねえってのは絶対だ」
「ハンは馬で半月かかるって言ってたよな?」
ジオが頷く。
「ハンの仲間と森を出た所で合流する際馬を貸してもらえることになっている」
「そうなんだ?」
いつの間にそんな話をしていたのだろうか。どうもジオはヒースが席を外している時に限ってハンと大事なことを決めていた様だ。地図だって取り上げてしまって結局ヒースはまだろくに見ていない。
「じゃあなるべく早く出発しないとだよな」
「そうだな。そうなるとさっさと武器に属性を付けちまわないとな。てことでニア、あんたに聞きたいんだが、アシュリーが言ってたあんたの属性って何なんだ?」
妖精族に忌み嫌われる属性を持っているとか言っていた。他人に嫌われる魔法などヒースには想像もつかない。
「わ、私の属性は……」
ニアが言い淀んだ。あまり妖精界で属性についていい思い出がないのかもしれない。それでも姫君のアシュリーの右腕としてやってきたのだから、属性以外が非常に優秀なのだろうと思う。
「ニア、言いたくなかったら無理にとは」
ジオが遠慮がちに言うと、途端ニアがムキになって大声を上げた。
「いえ! 私はアシュリー様にヒースを助ける様にと命じられている!」
拳を握り締めて主張しているが、また言葉が軍人風に戻っている。どうもアシュリーが絡むとこうなってしまうらしい。
ヒースはニアの耳元で小さく囁いた。なるべくジオには聞こえないように。
「ニア、風呂」
「ひっっ」
ジオの眉毛がピクリと動いたが、別に触ってはいない。疑わしげな目でこちらを見たが、ヒースは何食わぬ顔をしてニアの次の言葉を待った。
「わ、私の属性は『吸収』なの」
うん、よしよし。ヒースは小さく頷いた。それにしても『吸収』とはどういうことだろう?
「そういやあ泉の魔力を吸い取るってアシュリーが言ってたな」
ジオが分かった風に頷いている。ジオは意味が分かっているのだろうか。ヒースにはさっぱりだった。
「ニア、俺にも分かる様に説明してくれよ。俺、魔力については詳しくないんだ」
「う、うん。妖精族は皆大なり小なり魔力と得意な属性を持って生まれるんだけどね」
ニアの説明はこうだった。妖精族はほぼ四大属性に振り分けられるが、時折それ以外の属性を得意とする者もいる。ニアはその中でもかなり特殊な属性である闇属性を持って生まれたが、他者の精気を吸い取る能力の為、近くにいると魔力が吸い取られ体力も吸い取られるらしい。その為日頃は魔力を抑える魔具を身に着けてなるべく周りに影響を与えない様に心がけていたそうだ。そう言って自嘲気味に右手首に付けられた太めの腕輪を見せてくれた。
妖精族は人間族と比べ魔力が強い分日頃の生活も魔力に頼っている部分が多い。その為魔力量が急激に減ってしまうと倒れてしまうこともあるらしく、そういった意味でもニアは他の妖精族からは避けられていたそうだ。
「そんな私を重用して下さったのがアシュリー様だった」
また軍人風な口調になってしまったが、話を止めたくなかったのでヒースは今回はつっこまないことにした。
ニアの目が和らいだ。
「アシュリー様は王女という立場ではあらせられるが、次期妖精王……いや、もう妖精王か、妖精王は別の后がアシュリー様より後に産んだ王子を跡継ぎにとお考えの様だった。その為シオン様もアシュリー様も他の者程立場が強くなくてな、それがあったからだろう、お二人とも周りから避けられていた私にお優しく接して下さった」
仲間意識というやつだろうか。その属性が為に冷遇されているニアを放っておけなかったのだろう。
ヒースが黙ってニアを見つめていると、ニアがヒースを見て言った。
「だからアシュリー様がヒースを助ける様にと仰っておられたことを私はこう理解した。ヒースが無事でいられる様私の属性を武器に付与しろと。勿論相性はあるが、効果は必ずある筈だ」
「俺の武器は弓矢だけど、ニアの属性を付けるとどんな効果が出るんだ?」
「吸収する」
「魔力を? でも俺そんなに魔力吸収しても」
ニアが腕組みをした。
「こればかりはやってみないと分からないが、恐らく怪我や体力が回復するんじゃないかと思う。余った魔力に関しては、正直どこへ行くか分からないが……」
ヒースを死なせない。それがアシュリーがニアに託したものだった。
次話は明日投稿します!




