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ハンとの再会

 ヴォルグが、未だ自分を唖然と見上げているカイネを見つめ、ふい、と目を逸らす。


「……表に出よう。他の者が、ヒースの無事を確認したいと騒いでいた」

「うん、分かった」


 血だらけで運び込まれたヒースを見て、きっと皆、相当肝を冷やしたに違いない。ヒースは、一番心配しそうな師匠の顔を思い浮かべた。……だが、考えてみれば、ジオが怪我をしたヒースを見る機会はなかったのではないか。


「あ、ジオとカイラ」


 ジオとカイラ、それに怪我をしているネビルは、まだあの崖の中腹にある場所にいるのではないか。


 横でヒースを見上げているニアを見る。ニアは、忘れていたといった風に口をあんぐりと開けた上で、それを手で押さえていた。これはどうやら、ニアも忘れていたらしい。


 ニアが、いつもの慌てっぷりを見せた。


「わ、私、呼びに行ってくる! クリフを連れていけば、怪我人も連れて帰れるし!」


 燃える様な色の髪を揺らし、出口に走って行こうとする。そんなニアを、カイネが呼び止めた。


「待て。僕も一緒に行こう」


 カイネが一歩ニアに近付くと、カイネの背中が見えた。服は大きく裂け、黒ずんだ血が痛々しい。


 だけど、それを見てももう呑まれることはなかった。封印は、本当にもう完全に解けたのかもしれない。


「カイネ、カイラが心配するだろうから、服を着替えてからの方がいいよ」

「そんなに酷いか?」


 背中は自分では見えないからか、カイネは訝しげな表情だ。ヴォルグが何か言いたそうな心配そうな顔をしているので、まだいまいちヴォルグの自分に対する感情を上手く呑み込めていない様子のカイネは、慌てた様にニアに言った。


「す、すぐに着替えてくるから! あ、ヒースも着替えないとだな! 一緒に来い!」


 カイネはヒースの手首をぐいっと掴むと、奥の階段へとヒースを引っ張っていった。ニアが立ちすくんでいるのが目に入る。


「ニア! ひとりで行くなよ!」


 目を離すと突っ走って行ってしまうニアをここに残していくのは、少々心配だ。だが、ヴォルグはヒースの想い人に何かする様なことはまずしないし、ニアも警戒する素振りは見せていない。


 ヒースの言葉に、ニアはこくこくと頷いてくれた。ヴォルグは、何も言わずにアンリが寝転がっている近くに腰掛けた。見ていてくれるらしかった。


 カイネに連れられ、カイネの部屋へと入る。すると、奥の方にハンが寝転がっている。そっと気配を窺うが、どうやら寝ているらしい。


 あれだけ大騒ぎしていたが、元々が相当な怪我の上、カイネによって縫合されている。酔木の効果はエルフと人間の混血であるハンには効果がないだろうから、もしかしたら痛み止めなしに縫われた可能性もあった。決して線が太くはないハンにとって、かなりきつい状況だったのではないか。


 ヒースの『願い』が、上の階まで届くものだったのかは不明だ。もしかしたら、ハンには届いていなかったのだろうか。


 カイネがガサゴソと服を漁っている間に、間仕切りとなっている薄い色鮮やかな布を少しだけまくり、上からハンの様子を窺う。熱があるのだろうか、顔色は全体的に赤く、気怠げに少し開いた口からは、苦しそうな荒い息が聞こえる。顔の横には、寝返りで落ちたのだろうか、手ぬぐいが落ちていた。


 ヒースは静かに近寄ると、それを傍らに置いてある水桶で濡らして絞り、ハンの額の上に置く。すると、ハンがまぶたを小さく開けた。彷徨う様に、瞳が動く。それが暫くするとヒースを見つけ、まぶたが急に大きく開いた。


「……ヒース!?」


 ガバッと起き上がる。そしてまた驚いた顔をした。


「あれ!? 痛くない! ちょ、ちょっと待てヒース! その血はなんだ!」

「ハン、落ち着いて」


 ハンは恐る恐るといった体で、包帯が巻かれた足に触れる。すると、全く痛みを感じなかったのだろう、驚いた様に足とヒースを交互に見比べた。


「え!? どういうことだ!? て、お前その血!」

「分かった分かった、説明するから、落ち着いてってば」


挿絵(By みてみん)


 ヒースが思わず苦笑いすると、先に着替えたカイネが、ヒースに替えの服を手渡す。


「僕はニアと一緒に祖母達を迎えに行ってくる。ヒースがここにいることは伝えておくから、ハンと話をするといい」

「あ、分かった。カイネ、宜しくな」


 飛ぶ羽根も跳躍できる獣人の足もないただの人間のヒースでは、付いて行っても足手まといになるだけだ。それに、血が大量に出て未だ少しふらついている。こんな身体で谷の上に登るのは無理だろうし、カイネにおぶさって行ったりなどしたら、確実に吐く未来が見えた。


 カイネが、ヒースの上半身を見て、言う。


「ついでに、どうやらその手ぬぐいはもう用なしだと思うから、ヒースの背中を拭いてもらえばいい」


 それと、とカイネは続けた。


「色々と気になるが、とりあえずは向こうに残されている人達のことが優先だ。戻り次第、話の場を設ける。ちゃんとそれまでに身支度を整えておいてくれ」

「うん、分かった」

「本当に……心臓が止まるかと思ったんだからな」


 カイネの瞳が、潤む。自分だって斬られていた癖に、カイネはいつだって周りのことばかりなのだ。仲間を殺させない為、仲間を、家族を傷付けない為。カイネの動機は全てそれだ。


 それだからこそ、ヴォルグが惹かれるのかもしれないな、とふと思った。


「じゃあ、行ってくる」


 カイネはパッと背中を見せると、軽やかな駆け足で去っていく。それを見送ると、ヒースは血が固まって固くなっている服を脱ぎ、ハンの額から落ちた手ぬぐいで胸部に大量に付着した血を拭き取り始めた。


「ヒース、一体何があったんだ、教えてくれ」


 まるで夢から急に覚めたかの様な表情を浮かべているハンの言葉に頷くと、血を拭い取りながら、ハンと別れた後のことを説明することにした。



 一方、とある一軒家では、ヨハンとシーゼルが無言で唯一の寛げる場所である大きめなベッドに横並びに腰掛けていた。


 それは、ヒースを抱えたヴォルグと共に、族長の家だという岩壁の中に掘られた住居に入って行ってすぐのことだった。ニアが金色の神々しい雰囲気を持つ男を引っ張ってきたかと思うと、全員に今から出ていけと怒鳴りつけたのだ。


 一体、この女は何をほざいているのかと思った。


 怪我をしぐったりと気を失いかけているヨハンの腕の中にいるヨハンの宝物は、今にも死にそうだというのに。カイラの孫であるカイネも、背中に深い傷を負っており、移動すら辛そうだ。しかも、ここはカイネの家だ。家人に出ていけなど、どうして言えるのか。


 すると、金色の男がヴォルグという大きな獣人の男とカイネに向かい、情けない表情を浮かべながら言ったのだ。


「急がないと、君たちの命も吸われちゃうよ」


 あとで名前をアンリだとヴォルグから聞いたが、その男の言葉を聞いた途端、ヴォルグは驚くカイネをひょいと抱きかかえ、物凄い勢いで外へ飛び出して行った。この男の言葉には、信用に足る何かがあるに違いない。苦痛に顔を歪ませるシーゼルを抱きかかえると、ヨハンは急ぎヴォルグの後を追った。


「シーゼルが用意しろと言っていた空き家がある。丁度いいから、そこに寝かそう」


 シーゼルが一体この獣人に何を要求したのかは謎だったが、寝かせられるのならそれにこしたことはない。簡単な止血をしただけで、とりあえず血は止まったが、シーゼルの身体はどんどん冷たくなっていっている。自分が死ぬつもりだったのに、何故代わりにシーゼルが死なねばならないのか、ヨハンには理解出来ていなかった。


 出てきた岩壁の家から比較的近く、森の木々が陰を落としている場所に、その家はあった。


 中に入ると、大きなベッドがひとつ置いてある。それと、あとは小さなテーブルと椅子が二脚だけだ。


「シーゼルはそこに寝かせろ。カイネ、背中の手当をする。椅子に座れ」


 ヴォルグがそう言って、カイネを椅子に座らせたその瞬間。


 辺りが真っ白な光に包まれ、ヨハンの視界は光で埋め尽くされた。

次話は木曜に投稿します。

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