逃げ場のない戦い
明けましておめでとうございます!
本年も宜しくお願い申し上げます!
何故リオが男達の後ろから来るのか。
「ヒース! 怪我はないか!?」
笑顔でぴょんぴょん跳ねてこちらに手を振っているが、今はそんな状況ではない。ヒースは焦りに焦り、首をぶんぶん横に振ってこっちに来るなと伝えようとしたが、リオはそれを盛大に勘違いした。
「え!? 怪我をしたのか!? 大丈夫かヒース!」
「違う違う! 怪我してないから、こっちに近付くなよ!」
すると、リオに遅れて赤壁の奥からひょっこりヨハンとビクターが顔を覗かせる。
「おいリオ! 前に出るな!」
ヨハンが怒鳴りつけリオの首根っこを掴んで引っ張ろうとすると、リオはひょいとそれを避けてしまった。
「おっさんが遅いからだろー!」
ヨハンが捕まえようと手を伸ばすも、リオは俊敏な動きで避けていく。ヨハンはどう見ても苛ついた表情だ。
「おっさんおっさん言うな! それと前に出るな! 危ないと言ってるだろうが!」
「あ! カイネ様とヴォルグ様もいる! おーい!」
リオは、恐らく他種族との争いなど見たことがないのだ。カイネと共にいる人間のヒースが仲間だったから、それでここにいる人間は皆仲間同士に見えているのかもしれない。
「リオ! 急にいなくなるから心配したんだぞ!」
カイネが、今にも泣きそうな声で言った。
「ごめんなさいカイネ様! どうしてもヒースのことが心配で!」
リオが、ヒースを指差しながら大声で答える。
「リオ! ヒースは弱いが大人だ! 子供のお前が心配することではない!」
ヴォルグが、腹から声を出してきっぱりと言った。
「ヴォルグ様だって弱いって言ってるじゃないかー!」
剣を構えて間合いを測るシーゼルとサイラス。その二人を囲む様にして、事実なのだがこうもはっきりと言われると悲しいことを大声で確認し合うヴォルグとリオ。
頭が痛くなった。
状況はよく分からないが、恐らくリオは上でヨハン達と出会い、放っておけなかったヨハン達が一緒に行動してくれたのだろう。
下の道を行き、先にサイラス達に出会わなくてよかった。
だが、まだ油断は出来ない。例え多勢に無勢とはいえ、サイラスは手練れだ。しかも、元は仲間である。シーゼルひとりの時であったら、シーゼルは躊躇いなく斬っていただろう。
だが、目の前にヨハンがいる状況で、シーゼルは全力を出せるのか。
すると、想定外のことが起きた。
「今そっちに行く!」
唯一状況をいまいち把握していないリオは、あろうことか剣を構えたままのサイラスの横を擦り抜けようとした。
「え……わ! 馬鹿か!」
ほっとして涙ぐんでいたカイネが、叫びながら前に飛び出す。
見えていたのに、ヒースは咄嗟に動けなかった。出たのは、声のみ。
「リ……リオおおおお!!」
リオがサイラスの横をすれ違うその瞬間、サイラスが剣を振り上げた。
「サイラス! やめてくれ! 駄目だ駄目だ駄目だ……!」
ヒースの悲痛な叫びなど、サイラスは気にも止めない。
ヨハンが前のめりで駆け寄りながら、吐き捨てた。
「――糞ガキが!」
リオの目が、驚愕に見開かれた。何故自分に剣が振り下ろされようとしているのか全く理解していない顔で、剣先を目で追い。
「……うああああっ!」
鮮血が、パッと飛んだ。
「ぎゃ!?」
前から矢の様に突っ込みリオを腕の中に庇ったカイネが、リオごとゴツゴツした地面に砂埃を立てて滑走する。
同時に、キン! という高い金属音が谷間に鳴り響いた。
「いって……っ!」
リオは地面を擦った以外は問題ない様で、カイネの腕の中から出ようともがいている。
「カイネ様、大丈――」
もぞもぞとカイネの拘束から出たリオは、カイネの背中に広がりつつある血に、ビクッと大きく震えた。
「リ、リオ……大丈夫か……?」
意識はある様で、身体を起こそうと腕に力を込める。だがそれは叶わず、「ぐううう……っ!」と苦しそうな呻き声を上げ、その場で縮こまった。
「カイネ様!? え! なんで、なんで……!?」
「リオ……早く後ろへ下がれ……!」
「カイネ様を置いていけないよ!」
リオが泣きながら叫ぶと、ギリ、と奥歯を鳴らして、ヨハンが言う。
「リオ、下がれ! ――ビクター! この二人を!」
「はい!」
「え……?」
リオの見上げる先には、カイネの足元で片膝を付きサイラスの上からの剣を受け止めているヨハンの姿があった。
「ほらリオ、早く! 隊長が動けないから!」
「え、あ、う、うん!」
ビクターが急ぎカイネの脇を抱えると、カイネが苦痛の声を上げる。カイネの下敷きになっていたリオはようやく抜け出すと、サイラスから距離を取った。
「……なんだ、しくじっちまったか」
サイラスが、ヨハンの剣に足を乗せると、思い切り押し蹴る。
「ぐあっ!」
尖った地面に背中を打ち付けたヨハンは、その場で痛そうにうずくまった。
「隊長!」
ヨハンの登場に固まっていたシーゼルが、我に返ったかの様に慌ててヨハンの元へと駆け寄ろうとする。
「おっと! 誰が通すかよ!」
「お前……!」
シーゼルに横から切り掛かったサイラスの剣が、シーゼルの二の腕を掠った。
血飛沫がヒースの腕にパタタ、と飛び、こんな時だというのに、またあの感覚に呑まれそうになる。
飛び散る血、足元に流れてくる鮮血、命が消えていく父の瞳、母が立つのは父を殺した竜人族の男の隣で、ヒースは――
「ヒース! あの男はなんだ! カイネ達が近寄って大丈夫なのか!」
深く入り込みそうになっていたヒースの肩がきつく掴まれ、激しく揺さぶる腕に引き戻された。
「……ヴォルグ」
「ヒース、土の様な顔色をしているぞ。……あの黒髪の男二人は、味方か?」
ヴォルグにしては冷静に尋ねてくるので、ヒースはこくりと頷く。
「二人共、カイネのおばあさんの知り合いだよ」
「そうか……あの髪の長い方が、長か?」
「うん……そう」
ぐらりと身体が揺れた。先程までの呑まれそうな状況からは脱したが、まだ心臓がバクバクいっていて貧血の様な状態のままだ。
「カイネ、怪我をしてる……!」
「血の量から見ても、深くはない。まずお前が落ち着け」
ヴォルグは、大好きなカイネが怪我をしてどうしてこんなに冷静でいられるのだろうか。
ヒースが信じれない思いで目線を落とすと、ポタリ、ポタリ、と握り締めたヴォルグの拳の中から、血が落ちているではないか。
「ヴォル……」
「ヒース、共に戦うということはきついものなのだな」
「ヴォルグ…………」
カイネは、咄嗟にリオを庇い、その為に怪我を負った。だが、守っているばかりじゃ駄目だとヴォルグに言ったのはヒースだ。本当は今すぐにでも駆け寄りたいだろうに、カイネの勇気ある行動を認め、ぐっと我慢しているのだろう。
「……お前は下がれ。あの長とは、シーゼルがあの男を倒してから話をする。それまでは手出しをしないと約束しよう」
「え!? ちょっと待ってヴォルグ、どういう……!」
ヴォルグは前に出ようとするヒースの肩をぐいっと掴み後ろに押すと、一瞥をくれた。
「部下の不始末は長の責任だろうが」
「え、待ってヴォルグ……!」
「下がれ! こっちへ来るぞ!」
足場が悪いからか仲間を死なせることに抵抗があるヨハンが目の前にいるからか、シーゼルの斬り込みにはキレがない。かたや、死に物狂いのサイラスは水を得た魚の様に、激しい突きでシーゼルをどんどんこちらに追いやる。
「どうした、調子が悪そうだなお嬢ちゃん!」
サイラスが、凄惨な笑みを浮かべながらシーゼルを煽る。
「僕をお嬢ちゃんって言うなってば!」
シーゼルの言葉に、サイラスはにやりと笑いながら言った。
「なんだ、昔俺に可愛い啼き声を聞かせてくれたのを忘れたのか!?」
シーゼルの目が見開かれ、泳ぎ、呆然とした表情でシーゼルを見つめるヨハンと目が合った。
次回投稿は金曜目指して頑張ります。
なお、当面の間、投稿ペースは週二回にしていこうと思っています。進みは遅くなりますが、BLとホラーを先に完結させたいので(まだ完結してない)理解の程よろしくお願い申し上げます!




