生殺与奪
年内最後の投稿です。
シーゼルを先頭に見通しの悪い谷底を進んでいると、シーゼルが急に背後のヒースに止まる様、腕を広げた。
横を並走していたヴォルグを見上げると、腰の剣の柄に手を伸ばし前方を睨みつけている。シーゼル同様、気配を感じ取っている様だ。その後ろにいるカイネも同様に、柄に手を触れいつでも抜ける様構えを取っていた。
だがしかし、ヒースは全くそういった気配が分からない。獣人の二人はともかくとして、何故シーゼルがあそこまで敏感になれるのか、是非とも知りたかった。
シーゼルが手をひらひらと振り、ヒースにもっと後ろに下がる様に指示をする。剣を振り回せる距離を置け、そういうことなのだろう。ヒースは大人しく指示に従った。
立ち止まったままのシーゼルは、微動だにせずただ突っ立っている様にも見える。だが、その背中に漂う雰囲気はひやりとする程に緊迫したもので、下手に声を掛けたり出来るものではなかった。
高く登った太陽の熱が、頭頂をジリジリと照らす。
赤壁の向こうから、複数の足音がヒースの耳にも聞こえる様になってきた。シーゼルが、するりと剣を抜く。
ヒースは自分も剣を抜いたほうがいいかと一瞬迷ったが、ヒースが振り回してもろくなことにならない気がしてやめた。ザハリがこれを貸してくれたのは、きっと筋力や体力値上昇を狙ってのことだろう。
先頭は、サイラスだった。こちらに気付くと、一瞬ビクッと反応するも、すぐにニヤリと歪んだ笑いを浮かべ、その腰に帯びた剣を抜く。後続の男達は始め何事かと見ていたが、シーゼルに気付くと恐れる様にビクッとし、サイラスからも一歩距離を置くのが見えた。
「……よお、可愛いお嬢ちゃん。昨日ぶりだな」
サイラスは剣を握った右手を前に出し、軽く構えている様に見えるが、対峙するシーゼルの警戒は半端ない。サイラスはヨハン隊の中では年長者の方だ。激戦を強いられるヨハン隊で生き延びてきたこの男は、かなりの手練なことが予想された。それでもシーゼルには勝てないのだろうが、今回相手は容赦なく襲ってくる可能性が高い。
互いに殺す気の場合、どちらが勝つのか。ヒースには、判断出来る材料がなかった。
「僕のことをお嬢ちゃんって呼ぶの、やめてくれない?」
シーゼルの背中から、怒りが立ち昇る。
それを見て、サイラスがフン、と鼻で笑った。
「ヨハン隊長に媚び売ってる姿は、どっからみても尻軽女だぜ」
「……媚びなんか、売ってない!」
いけない、ヨハンのことを出されては、本来は冷静な筈のシーゼルの心が乱される。瞬時にそのことを悟ったヒースは、咄嗟に後ろで戸惑いを見せ様子を窺う男達に声を掛けた。
「後ろの人達! 投降するなら、何もしないよ!」
ヒースがそう言った瞬間、サイラスが怒りを沸騰させたのが分かった。――何故、サイラスが怒る? 投降を勧めることで、サイラスに不利なことがあるだろうか。だが、今は後ろの男達の説得が先だ。敵対する人数が減れば、こちらの勝率は上がる。
「ほ、本当か!?」
「お、俺達、勢いで逃げちまったけど、今回何もやってねえし、そうだよな……!」
ザワザワと、五人の男達が口々に言い合う。ヒースは大きく頷いてみせると、サイラスを除く男達に更なる説得を試みた。
「うん、本当だよ! だからヨハンがあんた達を追ってるのは、ナスコ班の人達にあんた達を殺させない為だよ! 安心して!」
「た、隊長が……!?」
「ほら、だから俺達馬鹿な反応しちまったんだよ! 俺、投降するよ!」
「で、でも……シーゼル、本当か!?」
男達は不安そうに、だが今投降すれば身の安全が確保されると知り、今この場で生殺与奪の権利を持つであろうシーゼルに尋ねる。
シーゼルは、やや不服そうに、だがはっきりと答えた。
「お前達は今回は何もしてないからね」
「おお……! た、助かった……!」
「シーゼルさんが言うなら、本当だな!」
男達の顔に笑みが戻ると、それまで苦虫を噛み潰した様な顔で聞いていたサイラスが、顔を更に嫌そうに歪めつつ男達に問いかける。
「お前ら、本当にこいつらの言うこと信用するのか? 隊長が本当にそんなことを言ったのか? ナスコ班の奴らは納得してないから、それで追いかけて来てるんだろう?」
サイラスの言うことは尤もらしいが、シーゼルが是と言っている以上、それはヨハンの意思と等しいと言っても問題ない。隊員達はそれを身を以て知っているのだろう。口々に異論を唱え出した。
「で、でも、俺達は仲間を殺しちゃいねえ!」
「そうだ! ナスコを殺したのはニールだし、ネビルとハンを斬ったのはお前だろう!」
「俺は誰も殺しちゃいねえし、お前らは一緒に逃げただろうが。同罪だろ」
「ち、違う! サイラスと一緒にしないでくれ!」
仲間割れを始めたヨハン隊の隊員達をそれまで静かに見ていたヴォルグが、ちらりとヒースの方を見た。こいつらは信用できるのか、どうするのか。そう聞きたいのかもしれない。
「今ここで投降するなら、何もしないってば!」
ヒースがもう一度言うと、サイラスがヴォルグを見て口をひん曲げる。
「……その獣人は何だ? 魔族は人間の敵じゃねえのかよ」
「敵じゃない魔族だっているんだよ!」
「――っざけんな!」
ヒースの返答に、サイラスは怒り任せに足元の石を思い切り蹴り飛ばした。キン、とそれをシーゼルが剣で弾き飛ばす。赤壁にぶつかると、石はパラパラと砕け落ちた。
サイラスは、今度はカイネを睨みながら話を続ける。
「そっちのお嬢ちゃんはまだ辛うじて分かる。カイラの孫だ、殺すと厄介だからな。だが、そのでかいのは完全な魔族だろうが!?」
「ヴォルグは、人間を殺したことなんてない!」
ヒースが叫び返すも、サイラスには届かなかった。
「魔族は敵だ! 誰ひとり残らず、全員な!」
「――ちがっ」
「もういいよ、ヒース」
シーゼルが、絶対零度の温かみなど一切ない声色で言う。
「こいつには、何言ったって無駄だよ。――斬ろう」
蒼鉱石の剣を構え、シーゼルは後ろの男達に声を掛けた。
「お前達は、手出ししなければ今回は不問とする。手出ししたら、敵と見做す。いいね?」
「は……はい!」
「お前ら!」
サイラスが、叫ぶ。
「魔族に家族を殺されたんだろうが! これまで散々殺し回っておいて、今更自己保身かよ!? もうあとちょっと進めば獣人族の集落だぞ!? 殺して殺して、殺しまくってやらねえでどうすんだよ!」
「サイラス! 俺達は死にてえ訳じゃねえんだよ!」
「相手を殺しておいて自分は死にたくねえなんて勝手なこと言ってんじゃねえ!」
サイラスは、吠えた。それがサイラスの本心なのだろう。サイラスは、助かる為ではなく、最後まで殺すことを選んだのだ。
――そして、それに仲間を道連れにしようとしていたのだ。
「だったらお前らを先に殺してやろうか!!」
「お、お前は狂ってる!」
ヨハン隊の隊員のひとりが、狂人でも見る様な目つきでサイラスを見た。
だが、サイラスは鼻で笑うだけだ。
「元々俺はまともに生きてきたつもりはねえよ」
再びシーゼルを振り返ると、壮絶な笑みを浮かべて宣言する。
「お嬢ちゃん、そこは押し通らせてもらうぜ……! ひとりでも多く魔族を冥土に送ってやるのが俺の生きる目的だからなあ……!」
サイラスの目は、揺らがない。もう、とっくの昔に覚悟など決めていたのだろう。
「そうでないと、何も知らねえで焼かれた俺の息子が冥土で寂しがるからな」
ジリ、とサイラスが間合いを詰めた。
拙い、どうしよう――。ヒースが焦りを覚えたその瞬間、予想だにしない声がヒースを呼んだ。
「ヒース! いたー!」
にっこり笑顔でヒースに手を振ったのは、男達の背後から顔をひょっこりと出したリオだった。
本年は、まだまだ続くこちらの作品をお読みいただき、ありがとうございました。
来年も引き続きよろしくお願いします。
次回投稿は2022年1月5日を予定しております。
来年は、話が書けていても挿絵が描けていない状況をもう少し何とかしたいものです…
良いお年を!




