ヴォルグと合流へ
ザハリから借り受けた蒼鉱石の剣のお陰で、前回よりも遥かに早く崖下へと降りることが出来た。
それでも、息は上がっている。ももに手を付き肩でハアハアと息をするヒースを見て、涼しげな顔のシーゼルが意見を述べた。
「若者が情けないなあ。普段歩いてないからそういうことになるんだよ」
まるで見てきたかの様に言われたが、確かにジオと共に過ごす様になってから数ヶ月、明らかに歩く時間は減っている。
奴隷時代は、作業現場内ではとにかく歩き回っていた。実際の建築作業に携わるには早かったので、ひたすら土砂や石を運ぶ作業が主な作業内容だった。その為、足腰は今より遥かに相当鍛えられていたのだ。
「今の内に息を整えて。ヴォルグと合流したら、あいつらがこちらに向かってるかどうか、偵察に行ってくるから」
シーゼルがあまりにもサラリと言うので、思わず聞き流しそうになった。だが、これは危険ではないか。いくらシーゼルがヨハンの次に強いからといって、死ぬ気で逃げている複数名の男と戦うことになったら。
「シーゼル、俺も行く!」
「足手まといだから」
ふふ、と笑みを浮かべながら、シーゼルは厳しいひと言を放った。本人に、悪気は一切ないのだろう。事実を事実として指摘しているだけだ。
「でも、ひとりじゃ!」
「ひとりなら遠慮なく動けるけど、ヒースがいると間違えて斬っちゃいそうで邪魔になるから。ね、分かって?」
グサグサと突き刺さる言葉を遠慮なく放つシーゼルだったが、……悪気はないと思いたい。
「そうしたら、見つからない様に隠れるとかしてよ⁉︎」
「無理だよ、隠れる場所ないし、それにこんなに明るいし」
我儘言わないの、とおでこをツンと突かれた。これは我儘なのだろうか? いや、決してそんなことはない筈だ。
「隊長、寝てないだろうしね。早く合流してあげたいから」
ヒースはギクっとし、いやいや、それは拙いんじゃないかと焦った。
そもそもヨハンがシーゼルを置いていったのは、シーゼルが全員を斬って捨ててしまわない様にとのことだったと、ヒースは理解している。ヨハンに対し僅かでも刃を向けたら、恐らくその時点でシーゼルはそいつを敵と認定する。
逃げつつも背後から迫り来るヨハンに対し、一瞬でも剣を抜いているのをもし見たら、もうその後はシーゼルは躊躇わないだろう。それが如何に、長年同じ隊の隊員として過ごしてきた仲間であろうが。
ニールが死んだ今、もし追われる側と追いかける側がまだ戦闘に至ってない場合、ナスコ班に対し、今回何ひとつやっていないサイラス以外の人間の助命を行なう機会が、閉ざされてしまう。
どうすればいい――。
そして、そもそも相手に見つからなければいいと気付いた。
「シーゼル、ヴォルグに偵察に行ってもらおうよ」
ヴォルグなら、崖の上から見渡すことが出来る。だが、ヒースの提案はあっさりと却下された。
「ヴォルグは誰が誰だか分かんないでしょ」
「あ……」
考えてみれば、人間の待機場所に顔を見せたのはカイネだけで、ヴォルグはヒースとシーゼル以外は会ったことがないのだった。
あまりにも慣れ親しんでしまった為、その事実がすっぽりと抜けてしまっていた。
「隊長だって、ヴォルグのことは知らないし。二人が戦闘なんてことになったら、僕がヴォルグを何とかしないといけなくなるじゃない」
ヨハンの脅威を取り除く為なら、シーゼルにしては大分打ち解けたヴォルグにでも、平気な顔で斬りかかるに違いない。
それは駄目だ。絶対駄目だった。
「じゃ、じゃあ俺がヴォルグに抱えられて一緒に行く!」
ヒースなら、辛うじて見分けはつく。
そう思っての提案だったが、背後からその提案は却下された。
「お前は吐くから嫌だ」
「……え?」
振り返ると、逞しい腕を組んで眉間に深い溝を刻んだヴォルグが立っていた。
「ヴォルグ! 来てくれたんだ!」
ヒースの提示した条件であれば乗ってくるだろうことは予想出来たが、必ず来るとは言えなかった。ちゃんと来てくれた、その事実に、知らない間に強張っていた身体の力がふっと抜ける。
ほっとして思わず笑顔になってしまったヒースに向けて、ヴォルグは言った。
「……お前は、これから殺す手助けをしてくれと頼んだ相手に、そんな風に笑うのか?」
「え⁉︎」
ここにも何か勘違いしている人がひとりいる。
「ヴォルグ、違うから! 助けてって、そういう意味じゃないよ!」
「うん? じゃあどういう意味だ」
ヒースは慌ててヴォルグの前まで駆け寄ると、説明を始めた。
「人間の中で、仲間を切って逃げてる人と、それを追いかけてる人がいるんだよ!」
「……つまり、全員が敵ではない、と?」
「そう! 全部切っちゃ駄目!」
「ほう」
ほう、じゃない。危なかった。ろくな説明をしないまま遭遇していた場合、サイラスだけでなく、ヨハンもビクターも皆切られてしまっていたのかもしれないと思うと、ゾッとするのを抑えられなかった。どうしてこうシーゼルといいヴォルグといい、すぐに切って捨てようとするのか。
「では、何故俺を呼んだ?」
ヴォルグが、しかめっ面のまま首を傾げた。これは一度きちんとヒースの目的を、ヴォルグとついでにシーゼルにもきちんと伝えておくべきだろう。人命がかかっている以上、実は理解が違ってましたで済ませる問題ではない。
「いい? ヴォルグもシーゼルも、ちょっとよく聞いてほしいんだけど」
「うむ」
「えー? 僕も? 早く隊長のところに行ってあげたいんだけどなあ」
「いいから!」
すでに身体をヨハンがいるかもしれない方向に向けていたシーゼルの腕を掴んで引っ張り寄せると、相変わらず厳しい表情のヴォルグの前まで連れて行った。シーゼルは、下唇を思い切り突き出している。
「あのね、俺がヴォルグに助けてほしいのは、獣人族の集落にあの人達が入り込まない様にしてもらいたいってことだよ」
「ん? どういうことだ?」
ここは、本当にきちんと話そう。ヒースは、今にも逃げ出しそうなシーゼルをがっちりと捕まえた状態で、続けた。
「始めから説明するから、ちゃんと聞いて」
ヒースは、人間達の間で起きたことをざっと説明した。その上で、一部の攻撃的な人間が、人間の街の方へ戻るよりも獣人族の集落が遥かに近いことから、ヤケになって集落を襲う可能性も大いにあることを伝えると、ヴォルグが深く頷いた。
「成程、そいつらを切ればいいんだな」
「ちょっと待って! そうじゃないから!」
「ん? どういうことだ?」
ヒースは、追われている人間達の内、説得すれば何とかなるかもしれない人もいるのではという可能性を話すと、同じ隊員である筈のシーゼルが、心底面倒くさそうに言った。
「もういいよ面倒くさい。斬っちゃえばいいって」
「いや! よくないから!」
「えー」
えー、じゃない。仲間じゃなかったのか。
「じゃあさ、こうしよう! とにかく一回、集落からなるべく離れた所で、あの人達が来るのを待つ」
「成程、挟み撃ちにする訳だな」
とは、ヴォルグ。まともな回答で、正直ほっとした。だが、シーゼルは違った。
「僕なら顔分かるから、影に隠れて一気に襲えば」
「ダメ!」
ヒースが大きな声でビシッと言うと、シーゼルが更に不貞腐れ顔になった。
「ヨハン達が追いついてきたら、話し合いの場を設けたいんだ。敵意がない人は説得をして、大人しく崖の所で待っててもらう」
「あいつら、大人しく待ってるとは思えないけど」
「シーゼルとヨハンがいれば抑えられるでしょ!?」
「まあねえ。でも面倒」
ヒースは溜息をつきたくなった。でもまだ早い。もう少し頑張ろう。そう思い、シーゼルが気に入りそうな条件を出した。
「ヴォルグ」
「なんだ」
「人間同士の争いの件が片付いたら、シーゼルとシーゼルの恋人のヨハンに、二人きりでゆっくり過ごせる部屋を用意して欲しいんだ」
ヴォルグが、器用に片眉を吊り上げた。
別サイトのコンテスト準備の為、明日より一週間程投稿お休みします。
なるべく早めに再開しますので、よろしくお願いします!




