風呂事件
挿絵が表示されていなかったので修正しました。(2021/4/5)
ヒースは家の柱に後ろ手で括り付けられ目隠しをされていた。
「ちょっとジオ! 自分ばっかり見る気だな!」
「ちげえよこのど阿呆が!」
ゴン! と久々にきつめの一発が脳天に落ちてきた。帰ってきてすぐにいきなり縛られた。ヒースには訳が分からなかった。
「女の風呂を覗くなんて最低だぞ! 絶対止めろ!」
「まだ覗いてないだろ!」
「解いたら覗くだろうが! まだって何だまだって! 覗く気満々じゃねえか!」
ふん、とジオが鼻息荒く言い放った。ジオにはすっかりお見通しの様だった。偶然を装ってチラ見しようと企んでいたのに先手を打たれてしまった。
「あ、あのジオ殿」
「ジオでいい。ここは女物の服がねえからなあ。とりあえずえーと」
「なあジオ、アシュリーの袋の中に入ってんじゃないか? 元々こっちに寄越すつもりだったんならあるんじゃねえか?」
「お、お前にしちゃあ賢いな。見てみるか」
「あ、あのジオど……ジオ」
「んあ? 何だ? 風呂はさっき入ってきたからまだお湯も入ってる、ちょいと温め直せば丁度いい湯加減にすぐなるだろう。ちょっと待ってろ」
「は、はい……」
声からしか察することは出来ないが、ジオもやや興奮気味な様な気がする。何というかソワソワしていて落ち着きがない。
「お、あったあった。『ニア』って書いてある袋があるぞ、ほれ」
「あ、ありがとう」
「さっさと入ってきちまいな。ニアの後にヒースも入れてやんねえと風邪引かれても困っちまうからな」
やはりアシュリーは元々こうするつもりだったのだ。ふわふわしてそうに見えたが案外策士な様だ。
ヒースはすることがないのでどっぷりと自分の思考に浸かることにした。
そもそも満月の夜にしか会えないなんて機会が少な過ぎたのだ。もっと頻繁に会えていたら、こっちだって変わる状況にもう少し対応出来たかもしれないのに。
そこでヒースは気が付いた。そういえば前にアシュリーが言っていた。この接点は満月の魔力を借りて接点を開いているから回復しやすいと。逆を言えば、満月の魔力を借りていない接点があるということではないだろうか。いやでも次の満月がシオン救出の期限だと言っていた。つまりそれは獣人族の地域にある接点も満月の力を借りて開く種類の物だということじゃないだろうか。
だが、ここの接点が満月に左右されるのでてっきり他も皆一緒だと思っていたが、もしかすると開きっぱなしの接点だってある可能性がある。
ガサゴソという物音がしている。まだ風呂に入っていないのだろうか。なら聞いてみよう。
「なあニア」
「風呂行ったぞ」
いつの間にいなくなったんだろうか。
「じゃあジオでいいや」
「なんだ俺でいいやって。お前がそんなんだから俺が一人でニアの寝床作ってやってんだぞ、反省しろ」
ガサゴソやっていたのは寝床作りらしい。
「覗くなんて言ってないだろ、勝手に決めつけておいて酷いよジオ」
「ちらっとは見る気だろうが」
「まあ、ちょっとだけは」
「……早々に風呂場前に目隠しを作らねえとな」
ジオが溜息をついた。
「まあそれは今はいいよジオ。それより俺今気付いたんだけどさ、他の接点も満月の日にしか開かないのかな?」
「ん? どういうことだ?」
ヒースは今つらつらと考えていたことを簡単にジオに説明した。すると、ジオがヒースの目隠しをするりと取った。窓から風呂の方が見えないか一応ちらっと見てみたが、窓がいつの間にか閉じられていて見えなかった。ジオは女の裸は見たくないんだろうか。
ジオがヒースの前にしゃがんだ。
「お前は時々だが賢くなるな」
「時々だけ?」
「基本脳みそが空っぽなだけで元の作りは悪くねえのかもな」
「空っぽって酷くない?」
「確かに考えてみたら他に魔力で満ちている場所なら接点に成りうる可能性もあったんだ」
「ジオ、俺の話聞いてる?」
ジオが顎に手を当てて考え出した。だめだ、聞いちゃいねえ。
「いやでもハンは今までそんなことを言ってたことはないぞ。となると」
ブツブツ言っている。
「ニアなら何か知ってそうだな」
眉間に皺を寄せたままジオが立ち上がって窓を開けた。
「ぎゃあああああ!」
「うわっ悪い!」
「えっなになに!?」
ジオが慌てて窓を閉じた。くるりとこちらを向いて顔を真っ赤にして固まっている。この反応は、見たに違いない。じと、という目でヒースがジオを見た。
「……狡い、ジオ」
「み、見てねえ! 羽根で殆ど見えなかった!」
「羽根? さっきあったっけ?」
そういえばさっき泉から引っ張り上げる時は羽根はなかった。出し入れ出来るとは聞いていたが、そんなに簡単に出し入れ出来るものなのだろうか。
ジオがうろうろとしていると、やがてニアが身体から湯気を出しながら家に入ってきた。顔が怒っている。
ジオはその場に物凄い勢いでしゃがみ込むと頭を床につけた。
「申し訳ない! わざとじゃなかったんだ!」
「……どこまで見た」
「いや、お尻がちょっと見えただけで」
「お尻見たの? 狡いなジオ」
「お前は茶々を入れるなよ!」
「……以後気を付けていただきたい」
「本当に済まなかった!」
ジオが頭を床に擦り付けるようにして更に謝った。額が黒くはならないだろうか。
「次やったら、シオン様に報告を」
「うっっ!!」
ふう、とニアが息を吐き、次いで少し困った様に笑った。
「ではお互いに忘れましょう」
「お、お願いします」
ジオがタジタジになっていた。珍しいこともあるものだ。しかも敬語。ヒースは初めて聞いた。
「ヒース、お前も入ってこい」
「そう思うなら解いてくれよ」
「あ、悪い悪い」
ジオがヒースの背後に回って縄を解くと、ようやく自由になったヒースは思い切り伸びをした。手首が痛かった。まさか師匠に拘束されるとは思ってもみなかった。人生何があるか分からないものである。
「さっきの件は俺が聞いておくから」
「ん、分かった」
ヒースがガサゴソと支度をして外に出ようとした時、ジオがヒースを見て怒鳴った。
「馬鹿野郎! 丸出し禁止だぞ!」
ヒースはズボンをその場で脱いでいた。結構濡れたし暖炉のあるこの部屋で乾かしたかっただけなのだが、いけなかっただろうか。それに下着はまだ脱いでない。
ニアを見ると、手で顔を押さえていたが指の隙間からヒースをガッツリ見ていた。うん、別に何とも思わない。ちゃんと大事な所は言われた通り隠しているし。
「俺は別に見られても構わないけど」
「阿呆! 女性の前では隠せっつっただろうが!」
「ジオはさっきニアのを直に見た癖に……」
「わ――――!!」
ジオがヒースの背中を押して外に追い出してしまった。濡れた身体に夜の風は冷たい。
ヒースは綺麗に瞬く星空を見上げた。
「また会えるよな? アシュリー……」
シオンはアシュリーの母親だ。そしてニアはアシュリーの側近だ。多分人間の世界では、ヒースは誰よりもアシュリーに近い所にいる筈だ。だったらきっとまた会える。
アシュリーの、ヒースを呼ぶ優しい声をもう一度聞きたかった。
ヒースは伸びをすると風呂場へと向かったのだった。
次話は明日か明後日投稿します!




