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純粋な好意

 ジオの元を去ったヒースは、外で待機するクリフの前にしゃがんだ。鹿の姿の、まだ角が生えていないクリフの頭を撫でる。


 まだ、生まれて一年以内の子供なのだ。それを、人間の都合でここまで連れてきてしまった。


 ジオの鍛冶屋としての力を借りねばならぬ以上、すぐにあの平和な森に帰すことは叶わないだろう。ヒースは蒼鉱石の剣と共に魔族の国に踏み入らねばならなくなってしまったが、蒼鉱石の剣さえ用意出来れば、ジオはシオンと共に森に帰ることが出来る。


 その時に、共に連れて帰ってもらおう。この子の為には、それがいい。


 ヒースは、クリフの頭を撫で続けながら微笑みかけた。


「クリフ、またクリフにお願いがあるんだ」

「クリフ、ヒースの役に立つ?」


 クリフの黒いつぶらな瞳は、いつも真っ直ぐにヒースを見つめる。打算や計算など、人間なら誰しもかけら程度だとしても必ず持って然るべき思考が、元が鹿のクリフには存在しない。あるのは、純粋な好意だけだ。


 騙す様で、毎回心苦しい。だが、どうしてもこの子を争いの場に投じたくはなかった。それはヒースの勝手な願いではあったが、決してクリフを蔑ろにするものではない筈だ。そう思いたかった。


「クリフ、男の人達がカイラを襲おうとしたら、ジオと一緒にカイラを連れて行ってあげて欲しいんだ」

「連れて行く? どこに?」

「あっちの森の奥に、獣人が住んでるんだ。カイラの顔を見れば、きっと助けてくれるから」


 クリフの姿は異様ではあるが、背中にカイネによく似た人物が乗っていれば、手を出すことはあるまい。


 この場合、ネビルを連れて行くのは至難の業だ。無理に動かすよりも、ジオなら土魔法で何とか出来る筈だという、何ともあやふやな望みに賭けるしかない。


 反旗を翻したヨハン隊が、こちらに戻ってこない様祈るしかなかった。


「クリフにしか頼めないんだ。お願い出来るか?」


 これまた卑怯な言い方なのは、百も承知の腕だ。こう言えば、ヒースの役に立ちたいクリフは、簡単に乗せられる。それが分かった上での発言だった。


 案の定、クリフは人間の姿になると、嬉しそうに笑ってうんうんと頷いてみせる。


「クリフ、ヒースの役に立つんだ!」

「クリフ、ありがとう」


 騙している罪悪感と、クリフの素直さが可愛く思えて、ヒースはクリフをぎゅう、と抱き締めた。鹿の時と同じ様に頭をぐりぐり擦り付けるクリフに、一瞬だけ本当のことを言いたくなる。


 だけど、言える訳がなかった。


挿絵(By みてみん)


「……じゃあ、頼んだぞクリフ」

  

 無理矢理クリフを引き剥がすと、ヒースは出来うる限りの笑顔を作ってクリフの頭をガシガシと撫で、立ち上がった。


 いつか、ヒースの嘘を悟る日が来るだろうか。その時、クリフはヒースを許そうと思ってくれるのだろうか。


 クリフのことだから、きっと許してしまうに違いない。クリフの愛情すら計算に入れてしまう自分に、流石に嫌気が刺した。


「カイラのところに行ってあげて」

「うん!」


 クリフが言われた通りに洞穴へと消えて行くと、少し離れた位置から二人の様子を眺めていたシーゼルの元へと向かう。


「お待たせ」


 シーゼルは何を思ったのか、


「子守もなかなか大変だねえ」


 とだけ言った。


「うん……そうだね」

「じゃ、行こうか」

「ああ」


 この場のことは、今はもうこれ以上考えるのはやめよう。後ろ髪を引かれたところで、これ以上してやれることはないのだから。


 シーゼルを先頭に、二人は以前と同じ道を辿り、谷底へと向かった。



 岩壁の僅かな突起や細い道を下りつつ、男達はやって来ていないか、と幾度も谷底を確認した。


 今のところ、それらしき影は見当たらず、そそり立つ岩壁が谷底に暗い影を落としているだけだ。


「ヒース、今日はちゃんとついて来れてるじゃないか」


 シーゼルが、揶揄う様な声色でヒースに声をかけた。前回谷底へ降りる際は、かなり無様な姿を晒したのは事実だったので、そこに関して言うべきことは何もない。


「多分、ザハリの蒼鉱石の剣のお陰だよ」

「みたいだねえ」


 筋肉と体力の増強を促す属性を持つ、蒼鉱石。以前、蛇を矢で射る時に一瞬だけ使ったことがあるが、ああいった瞬発的なものだけではなく、崖を降りていく様な継続的なものにも有効の様だ。


 前回はすぐに上がっていた息は、今回はちっとも上がっておらず、身体も軽い。少し高い位置から飛び降りても、身体への衝撃はあまり感じることがなかった。


 ふと、気になって尋ねる。


「シーゼル。蒼鉱石の効き目って、誰に対しても同じなのか?」


 剣を手に持てば、誰しもが同一の効果を選ばれるのであれば、その希少性は勿論関係あるだろうが、もっと世の中に普及しててもいいのではないか。

 

 すると、シーゼルが「へえ」と意外そうに言った。どういう「へえ」だろうか。


 シーゼルは、障害物となっている岩を、片手をついてひょいと軽々と乗り越える。ヒースも、シーゼル程軽やかではないものの、同じ動作で乗り越えることが出来た。


「よく気付いたね、えらいえらい」


 シーゼルがそう言うということは、持つ者によって効果が違うのだ。


 人間があまり持っておらず、魔族を斬ることが出来る魔剣の一種。ジオが取り扱う属性付きの魔剣は、魔石の中に含まれる封じられた魔力を見ることが出来なければ、そもそも剣を鍛えることすら出来なかった。


 剣を握る者にとっても、それは同様なのだろう。魔力のない者が剣を手にしても、ただの金属の剣にしかならない。だが、魔力を持つ者の手に渡れば、剣に植え込まれた魔力が反応する。


 ヒースが炎の剣から火を出した時の様に。水の属性を持つ短剣から、水を出した時の様に。


「魔力を持ってないと、蒼鉱石の効果が得られない……?」


 同じ理屈がまかり通るなら、そういうことになる。


 ヒースの言葉に、少し平らになった場所でヒースを待っているシーゼルが、こくりと頷いた。


「そ。だから、魔力量が多い僕には、効果が強く出てるんだよね」


 ふふ、と艶然と微笑むシーゼルの近くに辿り着くと、シーゼルは再び背中を向けて下り始める。


「ヒースにもかなり効果は出てるみたいだよね」

「……うん、そんな気はしてた」


 自分の中に、普通の人間よりも魔力が多く備わっている認識は、ヒースにはない。子供の頃にそんなことを言われたことはなかったし、奴隷時代も然りだ。


 自分の中に魔力が存在すると知ったのは、ジオに魔石を見せてもらったあの日が初めてだ。だが、未だに属性すら判明していない。火も水魔法も扱えるが、周りの反応を見ると、どうもそれらはヒースの属性ではない様だ。


 ザハリもアンリもシーゼルも、魔力量が多い人はヒースの魔力量も多そうだと言った。だが、多いからといってそれが何か分からなければ、役に立てようもない。


 どうにかして分かればいいのにと思っていたヒースにとって、蒼鉱石の属性が効果を発揮している事実は大きかった。属性が分からずとも、体力面で周りの足を引っ張らずについて行くことが出来るからだ。


 空を飛ぶことも出来ない、満足に戦うことも出来ないヒースは、戦闘の場においては足手纏いにしかならない。だが、せめて置いていかれずについて行くことが出来たら、少なくとも迷惑にはならないのではないか。


 シーゼルは、ヨハンとヒースが同時に危険な状況に陥った場合、迷わずヨハンを助けに行くと言った。そうなる前に、ヒースが自分で危険を回避することが出来れば、わざわざシーゼルがそんなことを宣言する必要がなくなる。


「よかった」


 足手纏いにならずに済むのでは。その可能性が、ヒースにその言葉を紡がせた。


 ヒースを一瞥したシーゼルが浮かべた表情は、どういった種類のものなのか。ヒースには、分からなかった。

次話は明日投稿します。

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