ヴォルグの笑顔
風呂から上がったらカイネの家に集合、とアンリと約束をしたヴォルグは、ヒースを連れてレイスの家へと向かっていた。
「ちょっとヴォルグ、なんで勝手に俺のことを差し出してんだよ」
道中、ヒースの文句は途切れることがない。だが、ヴォルグはそんなヒースの態度にも鼻で笑うだけだ。
「はっ。あいつが珍しく人に興味を示しているからな、いい餌になった」
「人のことを餌って言わないでくれる?」
ヴォルグは身体が大きいだけあって、一歩が大きい。ヒースはどんどん先に行くヴォルグに追いつこうと、小走りになっていた。こういう人に合わせないところも、ヴォルグの修正すべき点だと思った。
「争うなと言ったのはお前だろう? その最善の策に必要だった要件だ。何の文句がある」
そして当然の様に言い放つ。ヴォルグの勝手さに、ヒースはいい加減呆れていた。
「これがカイネだったら絶対うんって言わないくせにさ、本当勝手だよな!」
そのひと言は、ヴォルグによく効いた。
「……黙れ」
ヴォルグの口調は短く、何も知らなかった頃に聞いたら怖いな、と思いそうなものだったが、横顔を見ればもう分かる。ポッと赤くなっているからだ。やっぱりヴォルグも獣人らしい獣人だった。基本全部顔に出る。それに周りが気付いていないだけだ。
「もう次からは勝手に決めないでよね。竜人族の所に一緒に行けとか、アンリの所にだって大して説明なしに引っ張って行くしさ、アンリに運んでもらうのだって始めっから決定事項になってるし、アンリには人を餌にするしさ!」
とにかく何でも勝手に決めて、口に出した時には決定事項になっている。こちらの都合などお構いなしだ。
「お前の都合に合わせただけだ」
ヴォルグが唸るように言ったので、ヒースは今度こそ呆れ果てた。
「よく言うよ! 確かに妖精界との接点まで師匠を通して欲しいとは言ったけど、それ以外は要求してないじゃないか!」
「そうだったか?」
ヴォルグは、まさかのすっとぼけを見せた。ヒースは口をあんぐり開けた後、それでもさっさと先に行くヴォルグの横に追いつく。
「そうだよ! 蒼鉱石の剣だって協力して作るって言っただろ!? なのにヴォルグは勝手ばっかりじゃないか!」
「……そう喚くな、頭が痛くなる」
「あんまり勝手ばっかりやり続けると、俺ももうカイネとの橋渡しはしなくなるかもよ!?」
ヒースがそう言った瞬間、ヴォルグはヒースの胸ぐらを掴んで顔を引き寄せた。
「待て、それは困る!」
「胸ぐら掴んで言うことかな?」
「お、おお」
ヴォルグは急いで手を離した。全く。
ヒースはパンパンと服を叩いて整えると、偉そうに見えるかなとも思ったが腕組みをしてヴォルグを睨めつけた。多分大して迫力はないが、今この瞬間はヒースの方がヴォルグよりも立場は上だ。
「とにかく、その何でも勝手に決める癖を直した方がいいよ。今すぐにでも!」
「直せと言われても……どうすればいいか分からん」
ヴォルグが困った様に頭をボリボリと掻いた。昨日は魔物退治からのレイスの看病で、ヴォルグの見た目もそこそこ汚れている。アンリに風呂に入ってこいと言っていたが、ヴォルグの頭からもフケが飛んできてちょっと嫌だった。
「だから、決める前に意見を聞くんだよ」
「意見? 誰にだ?」
「だーかーら! カイネに!」
すると、ヴォルグはキョトンとした。
「何故カイネに聞かねばならん?」
その言葉を聞いて、ヒースはがっくりと肩を落とした。だめだこりゃ。
「あのさ、カイネはティアンの息子だろ?」
「そうだな」
「ヴォルグの将来のお嫁さんのお兄さん、つまりはヴォルグの義理のお兄さんになる訳だ」
「……カイネと兄弟になるのか……言われてみればそうだが、違和感があるな……」
好きな相手が義理の兄になるのは確かに違和感満載だろうが、今この瞬間それはどうでもいい。ヒースはピッと人差し指を立ててみせた。
「ヴォルグさ、カイネにも一族の中での立場ってもんがあるんだよ」
「立場?」
ヴォルグが首を傾げたので、ヒースは大きく深い溜息をついた。なぜ余所者のヒースが説明しないといけないのか。この集落に来てからというもの、ヒースはずっとそれに疑問を覚えていた。
「次期族長だって、本当だったらカイネが引き継ぎたかっただろうに、混血だからっていう理由でティアンはカイネじゃなくヴォルグを選んだだろ?」
「そうだな。俺の方が強いから適任だ」
「……でさ、だったらせめて補佐的でも一族の役に立ちたいのに、ヴォルグは何でもひとりで勝手に決めるだろ? カイネに意見を求めたことなんてあるか?」
「……」
ヴォルグが黙った。そうだろうと思った。
「族長はヴォルグになったとしても、カイネは義理の兄。つまり目上。分かる?」
「……」
返事がない。考え込んでいるようだ。大丈夫だろうか。
「だから、今後一族のあれこれを決める時は、カイネの意見も取り入れるべきなんじゃないのかってことだよ」
「なる……ほど?」
「なんでそこ疑問系になってんの? でさ、アイネを取り戻しに行くってティアンに言った時だって、ヴォルグはカイネの意見なんて聞いた?」
「何か言っていたが、言っていることがよく分からなかった」
今度はヒースが黙る番だった。
「お前に説明されて、ようやくカイネが戦いたがっていないことが分かった」
「……分かったならいいけどさ、まあ確かにカイネはヴォルグが怖いみたいであんまり主張も出来てなさそうだったけど」
「怖い? 俺がか?」
ヴォルグが、意外そうに聞いた。ヒースにとっては、それこそ意外だった。
「ヴォルグ、怖いよ。カイネは滅茶苦茶怖がってたよ。自分で気付いてない?」
「……俺は……カイネに怖がられているのか……?」
「だっていっつも眉間に皺が寄ってるし、人の意見なんか聞かないで強引だし、いきなり襲ってきたりしたじゃないか」
「怖い……強引……」
ヒースが横目でヴォルグを見ると、ヴォルグも腕組みをしてまた何か考え始めてしまっている。もうすぐレイスの家がある付近に着きそうだ。いい加減腹が減ったので、もうこれ以上今は言うのは止めてあげようかな、と思ったヒースは、最後にひと言だけ付け加えることにした。
「まあとりあえず笑顔だよ、笑顔! 見た目って大事だしさ!」
「笑顔……」
「そこは悩むなよ」
「お前は弱い癖に手厳しいな」
「弱いは関係なくない?」
無口だと思っていたヴォルグも、こうやって腹を割って話せば普通の悩める若者だった。これは多分、ヒースが完全な余所者だからこそ見えたことかもしれないが、何だか勿体ないな、と思った。
「じゃあほら、笑ってみてよ」
「唐突だな」
「その笑顔にカイネが絆されるかもよ」
「本当か?」
「いや分かんないけどさ、ほら、とにかく笑ってみろって」
ヒースがヴォルグの背中をバン! と叩くと、ヴォルグが一所懸命笑顔を出そうと努力し始めたではないか。やっぱり獣人て素直だな、とヒースはおかしくなったが、勿論顔には出さない。
「難しい」
「ほら、俺のマネして」
ヒースはヴォルグを見上げて笑顔を作る。ヴォルグはそれを見て、ひくひく頬を引きつらせながら変な笑顔を作った。その様子があまりにもおかしくて、ヒースはブッと吹き出してしまった。
「ふはっ! ヴォルグ、ちゃんと笑ってよ!」
段々笑いが止まらなくなってきたヒースが腹を押さえてくっくっと笑っていると、隣でププッと吹く音が聞こえたではないか。ヒースが笑顔のまま驚きながら見上げると。
「ハハッ笑顔というのは難しいものだな!」
ヴォルグが、物凄くいい笑顔で言った。
「ヴォルグ! 出来たじゃないか!」
「はは、本当だ!」
ふたりでげらげらと笑い合っていると。
レイスの家の前で立っていたカイネが、驚愕の表情を浮かべこちらを見ていた。
次話は月曜日投稿予定です。




