出会い
新キャラ登場。
泥の様に寝てジオの作る飯を掻っ込んだ後完全復活したハンは、爽やかに手を上げて去って行った。
「出発前夜に呼べよー!」
「任せろ、夢だと思わねえ様に連日呼んでやる!」
「勘弁してくれー」
ハンの背中が森の中に消えた。ハンも救出作戦に顔を出すらしいのでまたすぐ会えるだろうが、賑やかなハンがいなくなると途端に森の中は静かになった。
ヒースが余程淋しそうな顔をしていたのだろう、呆れ顔のジオがヒースの頭をぐしゃぐしゃ撫でた。
「ほら、残りの依頼品を片付けるぞ」
「……うん」
作業はまだ山の様に残っている。ヒースは頬をパン! と叩いて気合いを入れ直した。
◇
満月の夜がやってきた。
今回の荷物はかなり多い。なのでジオの断りを得てからヒースは袋をクリフの背中に乗せた。重いかなと心配したが、クリフは一緒に出掛けられてただ嬉しそうにヒースに隙あらばすりすりしてくるので平気なのだろう。
今回も満月が泉の上に差し掛かるよりも前に到着した。アシュリーに会えると思うと寝ていられず、お陰で寝坊しなくて済んだ。
「アシュリー、ちゃんとシオンを説得してくれたかな?」
「だといいんだが」
ジオは不安そうにソワソワとしている。それはそうだろう、別の鍛冶屋を救うという大義名分があるとはいえ長年互いに出せなかった一歩を踏み出そうとしているのだ。ジオはヒースが半ば強引に了承させてしまったが、果たしてアシュリーは自分の母親に自分の父親を裏切って恋敵の元へ向かえと説得出来るのか。
今まできっかけがなかったから進まなかった。それが娘からの説得だけで心は動くのだろうか。
ヒース達が泉の前に膝をつき待機していると、やがて満月の光が泉を照らし接点が繋がった。
「ヒース様」
今日はアシュリーも予め待機していた様だった。
「アシュリー! 元気にしてたか?」
ヒースが泉を覗き込むと、そこにはやつれた顔をしたアシュリーがいた。
「どうしたんだ?」
アシュリーの顔に笑顔はなかった。頬に残るのは泣いた跡か。何かがあったのだ。
「まさかシオンに何か⁉︎」
ジオが乗り出す。するとアシュリーは首を横に振った。
「母は無事です。すみません、あまり時間がありません。交換をしながら説明させていただきます」
「……分かった。ヒース、持ってきてくれ」
「うん」
何だかよく分からないが只事ではなさそうだ。普段は阿呆なヒースだが、長年奴隷として都度状況を察しながら生きてきたのだ、今がふざけている場合でないこと位は分かった。
クリフに括り付けていた荷を解き、ヒースとジオが持って来た分もまとめて泉に突っ込んだ。
「アシュリー離れてて、落とすから」
アシュリーが一歩下がったのを見てヒースは手を離した。するとその手をアシュリーが掴み、手に紐を掛けた。ずしっとくる。袋の紐の様だった。
「集められるだけの魔石と旅の助けとなりそうな物を詰めました。説明は中に。さ、早く」
ヒースは袋を泉から取り出すと横に置いた。
「母は説得しました」
「本当か!」
ジオが笑顔になった。だがアシュリーの表情は固いままだ。
「次の満月が最初で最後の機会になるかと思われます。この機会を逃さぬ様、くれぐれも宜しくお願い致します」
「最初で最後?」
「妖精王が死去しました」
「えっ?」
妖精王。アシュリーの祖父だろう。
「現在は喪に服しておりますが、次の満月に喪が明けます。次期妖精王が妖精王となるのです。お父様は、人間側にある接点を閉じようとしております」
「何故そんなことを……」
ジオが首を傾げる。
「小さく無数ある接点を閉じることで、その力を大きな一つに集約出来るのです。お父様は人間を憎んでいます。巨大な接点を作り、そこからそちらへ攻め入るつもりの様です」
「なんだって⁉︎ 妖精は戦争をけしかけるつもりなのか⁉︎」
アシュリーが口を押さえると小さく何度も頷いた。
「ここももう危険です。いつお父様の手の者がそちらへ行くか分かりません。そうなる前にここを閉じねばなりません」
「そんな! もうアシュリーに会えなくなるのか⁉︎ そんなの嫌だ! だったら!」
我慢出来なくて、ヒースは叫んだ。折角知り合えたのに。これからジオとシオンの様に沢山話をして互いを知ろうと思っていたのに。
顔を上げたアシュリーは微笑んでいた。だけどその頬には二筋の涙が流れていた。
「私も、ヒース様ともっとお話ししたかったです」
「だったらアシュリー、こっちへ来いよ!」
ヒースが手を伸ばすが、アシュリーはふるふると首を横に振った。
「私はお父様に抗います」
「でも、アシュリー」
「娘である私にしか出来ないのです。分かって下さいヒース様」
ヒースは唇を噛み締めた。手を伸ばしたらすぐそこにいるのに、なのに心は遠くにいる。これから、そう本当にこれからだったのに。
アシュリーは後ろをふい、と振り返って誰かを手招きした。
「ヒース様、私の右腕を紹介します」
「⁉︎ アシュリー様⁉︎ 何を!」
別の女の声がしたかと思うと、燃える様な色の髪をしたまだ幼さをその顔に残した女性がアシュリーに腕を引っ張られてきた。アシュリーとは違い少しきつそうな顔立ちだが、美人だ。
ヒースは彼女の胸の辺りを見る。膨らみは殆ど確認出来なかった。まだ子供なのもしれない、うん。
アシュリーが微笑んだ。
「この者は、こちらでは忌み嫌われる属性を持っておりますが、必ずやヒース様のお役に立てるかと思います」
「アシュリー様っ何言ってるんですかっ」
女が抗うが、アシュリーががっしり掴んでいて解けない。よく見ると女の腕はアシュリーのそれに比べてもまだ細かった。こんなので右腕とは。ならば余程頭が切れるのかもしれない。
「ヒース様」
アシュリーが輝かんばかりの笑顔を見せた。なのにそれはとても悲しそうだ。ジオも何も言えないのか、ただアシュリーを見つめているだけだった。
「私の代わりに、この者を宜しくお願い申し上げます」
そう言った瞬間、アシュリーが女の背を押した。女がよろけて半身を泉から乗り出す。
「え⁉︎」
「アシュリー様っ! ちょっと何を!」
「早く引っ張り上げないと、この者は魔力を吸い取るので接点が閉じて挟まれて死にますよ」
「ええ⁉︎ ジオっ引っ張れ!」
「うわわっヒースはそっちの手を持て!」
「うわっ触るな男共!」
くすり、と笑うアシュリーの声がした。
「必ずやヒース様を生かして下さいね、ニア」
「アシュリー様‼︎」
すると、泉の光が急激に収縮を始めた。
「やばい閉じるぞ!」
「ジオ、せーのだ!」
「アシュリー様‼︎」
「「せーの!」」
「うわあっ!」
ふ、と泉が光を失うのと、ニアと呼ばれた女の足が泉から出るのとがほぼ同時だった。
女は急ぎ反転し泉に身を乗り出す。
「アシュリー様……! 何故……!」
泉の上には満月が映し出されている。だが、泉がその光を取り戻すことはなかった。
次話は書いて描いたら投稿します!




