任命される
リオがポロッと言ってしまった、アイネに聞いたという言葉。
ヴォルグが女に興味がないんじゃないか、とアイネが言っていたということはつまり。
アイネは、ヴォルグがカイネのことを好きだったんじゃないかと知っていたのではないか、ということだ。そして、それを何故かリオに匂わせている。リオのこの言い方だと、リオはアイネとは仲が良く、アイネの愚痴を色々と聞かされていたのではないか。
「リオ……お前は何か勘違いをしている。俺はアイネの許嫁だし、別に男が好きって訳じゃない」
ヴォルグが眉間に思い切り皺を寄せながらそう言った。ヴォルグが好きなのはカイネであって、カイネがたまたま男だから男が好きなだけ、そういうことなのだろう。女のアイネを嫁に迎えることについては異論はなさそうなので、多分それで間違いはない。
リオがヒースの背中からこそっと顔を覗かせた。
「お……怒ってないか……?」
ヴォルグが、ふうう、と重い溜息をついたが、首を横に振ってみせた。
「怒りはしない。お前がアイネからそう聞いただけだろう?」
ヴォルグのその言葉に、リオはあからさまにホッとしてみせた。
「はあーっ怖かった! ヴォルグ様ってすーぐここに皺がムニュムニュッて寄るから、怒ってるんじゃないかと思っちゃった!」
リオはそう言いながら、自分の眉間をむにょむにょさせた。リオはそこそこ怖いもの知らずなんだな、というのが、これまでの言動で理解出来始めたヒースだった。
「にしても、お前は何故ヒースの方にくっついた? 普通、俺の方が味方だとは考えないか?」
ヴォルグがまだ眉間に皺を寄せながらリオに尋ねると、リオはあっさりと先程ヴォルグとヒースの間に現れた疑問の答えを口にした。
「だってヒースってちっとも怖くないもんな!」
ヒースの腰にしがみつきつつ、リオはエヘッとヒースを見上げる。
「ヒースは俺の味方だし」
「敵になった記憶もないしなあ」
リオの言い方が可愛くて、ヒースはリオの頭を撫でながら微笑んだ。クリフはリオよりも幼いからもっと表現が直接的だが、これ位の年齢の子は感情表現が豊かになってきているのが面白い。物心がつく、というのか、小さいけれど立派な個人というか。
いずれクリフもこうなるんだろうか? 全く想像が出来なかった。
そんな二人と見て、ヴォルグがふむ、と難しそうな顔をしつつ頷く。
「やはり、敵意のあるなしも関係するのか……よし」
何がよし、なんだろう。ヒースが嫌な予感を覚えながらヴォルグの次の言葉を聞きたいような聞きたくないような気分で待っていると、ヴォルグが偉そうに言い放った。
「お前の師匠は、お前が残りの奴らを説得出来たら連れて来てもいいのは変わらん」
「う、うん」
「お前が集落に入れても問題ないと思える者は、一族は皆受け入れると請け負おう」
「……うん」
言おうとしていることがよく分からないので、ヒースは相槌を打つしかなかった。
「代わりに、お前の師匠を蒼鉱石の剣を作るのに協力してもらう」
「まあ、無事に恋人と再会出来たらやってくれると思うよ」
ジオは短慮な人間ではないから、この獣人族を知ってもらえばなんだかんだ言って協力してくれるんじゃないか。そんな気はしていた。それに、きっとジオだって蒼鉱石の鍛え方には興味がある筈に違いない。
「よし、ならそこまではいいな」
「……うん?」
まだあるのか。ヒースの口の端が、引きつる。
ヴォルグが、腕組みをしつつ上から偉そうに告げた。
「準備が整ったら、ヒース、お前は俺と一緒にアイネ奪還の交渉の場に行ってもらう」
「はあ!?」
ヒースが思わず大きな驚きの声を上げると、なんと腰にしがみついていたリオが目を輝かせ始めたじゃないか。
「ヒース……! お前、実はすんごいヤツだったんだな!? 竜人と交渉!? 頑張ってくれよな!」
「えっいやちょっと待って、俺行くなんてひと言も!」
竜人族の集落がどこにあるのかは知らないが、十中八九魔族の国の中に違いない。ヒースはどう見たって人間にしか見えないし、いや、それにジオとシオンの再会が済んだらこれでようやくニアと落ち着いた生活を送ってやがていずれは夫婦になるべくまずは恋人に、なんて最近は夢想していたのに。
妖精族を魔族の国なんかに連れて行って無事で済むとは思えない。となると、またニアと離れ離れになっちゃうじゃないか。駄目だ。もういい加減一緒にいたかった。
「――やだっ!」
「ヒース、お前に拒否権はない」
ヴォルグが目をキランと光らせながら恐ろしい形相で言い切った。ちょっと何を言ってるのか分からない。ヒースはヴォルグに駆け寄ると、ヴォルグの太い腕を掴んで前後に揺すった。
「ちょっとちょっと! そもそも人間の俺が魔族の国に行けるわけないだろ!」
「うちの集落の専属鍛冶屋だと言えば通る」
そういえば、技術のある人間は奴隷にならないことがあるんだった。いや、それにしても、ヒースが行く意味が分からないことに変わりはない。
ヒースは更に前後に揺すったが、悔しいことにヴォルグはびくともしなかった。無駄にでかい図体に、段々腹が立ってきた。
「俺が行っても意味ないだろ!? ヴォルグ、言ってること滅茶苦茶だよ!? 分かってるか!?」
すると、ヴォルグがスッと目を細めた。
「分かっていないのはお前の方だ」
「……はあ?」
「カイネもリオも、お前に対して気を許している。不思議だと思っていたが、その原因は先程リオが言った通りだ」
ヴォルグがそう語ると、リオがぴょんぴょん跳ねながら嬉しそうに言った。
「ヴォルグ様もでしょ! ヴォルグ様が人間とこんなに仲良くなるなんて、これを見ないと誰も信じないぞ!」
ヴォルグのこめかみがピクリと動いたが、ヴォルグの腕を掴み続けているヒースをギロリと見下ろすと、なんと頷いたではないか。
「――まあ、確かにヒースは悪いヤツではない。俺にとってもな」
「ちょっと待って、何急に素直になってんの? そういうのヴォルグっぽくないしさ、止めといた方が」
ヴォルグが素直だと正直気持ち悪い。ふん、とそっぽを向いてちょっと顔を赤くする位がヴォルグらしい。なのに、これは一体。
ヒースがそっと手を離して後退ろうとすると、ヴォルグがガッとヒースの腕を掴み馬鹿力でヒースを引き寄せる。ヒースは、顔が引きつるのを止めることが出来なかった。
「ちょ、ちょっとちょっとちょっと!」
「諦めろヒース。お前が行くのは決定事項だ」
「だから、俺が行って何の意味があるんだよ!」
「お前に敵意が全くないからだ」
「――は?」
ぽかーんと口を開けたヒースに、ヴォルグが恐ろしげな笑みをその顔に浮かべつつ説明をする。
「カイネ然り、リオ然り、そして俺然り。本来であれば敵同士である筈の俺達に、お前は当然の様に近付いて横に立っている。これの意味は、それがお前の特性であるということだ」
「はあ……?」
間抜けな返答しか出来なかった。
「正直、俺ではうまく竜人と交渉出来るかは分からん。だが、カイネもああ見えて喧嘩っ早いところがあるからな、あまり交渉には向いていない」
「まあ全部顔に出るしね」
ヒースは思わずそう言ってしまい、しまったと思ったがもう遅い。ヴォルグの笑顔が、更に大きくなった。怖い。
「だから、相手に敵意を持たれず、且つ冷静に交渉が出来るお前が、交渉には適任なんだ」
ヒースが目を点にしていると、ヴォルグは更に続けた。
「人間との交渉の場には、争いになるかもしれん獣人ではなく、別の者に連れて行ってもらうといい。あれならば、争いにはならんだろう」
「――言ってる意味が、分からないんだけど?」
一所懸命腕を振り払おうとしているがびくともしないヴォルグの手にヒースが苦戦していると、ヴォルグが言った。
「来い。会わせてやろう」
そしてヒースの返事を待つことなく、ヒースはズルズルとヴォルグに引き摺られて行ったのだった。
次話は書けたら明日投稿します!




