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来てよかった

 結論から言うと、ヴォルグは耐えた。


 先程、血を見なければ血が流れているという事実が分かっていても関係ないことが分かったヒースは、同じことがヴォルグにも適用出来るのではないかと考えたのだ。


 つまり、見なければいい。


「ヴォルグ、俺が陰になるから、意識をレイスを押さえることに集中させて」

「くっ……お前に指図など……!」


 半分獣化しながらギリギリと奥歯の音を立てられるのは正直生きた心地がしなかったが、贅沢は言えない。もうリオは可愛いし、リオの父親ならば助けてあげたいと思うのは人情というものだろう。


「じゃあ指図じゃなくてお願いされてると思ってくれればいいよ」


 ヒースにしてみれば、ヴォルグがカイネとレイスの口移しの現場さえ目撃しなければそれでいい。


「気を紛らわせてあげようか?」


 ヒースの提案に、ヴォルグのこめかみに盛り上がった血管がピキキッと反応した。


「お前……! 覚えていろよ……っ」


 ヴォルグがヒースを睨みつけている間にも、レイスはほぼ獣化して暴れている。ちらりと背後のカイネを見ると、獣化したレイスの顎を目一杯押さえつけているところだった。だが、抵抗が激しくなかなか狙いが定まらないらしく、頬をぷっくりと膨らませた状態で困っている。


 早くした方がよさそうだ。ヒースは、お願いすることにした。ヴォルグの耳に顔を近付けて、なるべくカイネに聞こえない様にこそっと耳打ちする。


「ヴォルグ、今日頑張ってカイネの役に立ったら、カイネも少しはヴォルグに感謝するんじゃないかな? それに、もう少しにこやかにしたら、今日なんかこんなに長い間隣にいられてるんだから、もっと打ち解けられるかもしれないよ」


 ヴォルグの耳が、ピクリと反応した。ちょっと可哀想かなとも思うが、これは別に恋愛講座ではない。ただ単に、仲間として互いに信頼関係を築けばいいじゃないかというヒースなりの提案でもある。


「カイネは、ヴォルグがいつも怒ってる風だから怖いみたいだよ。もっと優しく、にこやかに。俺からもお願いするよ。だってヴォルグとカイネが協力したら、最強じゃないか」


 ピクピク。ヴォルグの耳が更に反応した。ヒースが少し顔を離すと、こちらを見上げるヴォルグと目が合う。獣化は解け、ヒースを睨みつけている様にも見えるが、目の下がぽっと小さくだが赤く染まっている。やはり獣人は分かり易かった。


挿絵(By みてみん)


 そして、ヴォルグが押さえつけているレイスの獣化もまた、解けていた。酔木の煙の口移しが無事に終わったのだろう。ヒースが一歩下がってカイネを振り返ると。


 カイネが、手にパイプを持ったまま前後にふらふらしているではないか。


「わっ危ない」


 手からパイプが落ちそうになっていたので、ヒースは慌ててそれを奪い取った。火種が落ちて、家が燃えてしまっては一大事である。


 船を漕いでいるカイネを上から覗き込むと、目がうつろになっているではないか。


「おい、カイネ……?」


 ヴォルグがカイネに声を掛けるが、反応がない。後ろにぐらっと倒れそうになったところを、ヴォルグが咄嗟に腕で支えた。がしかし、その後にどうしたらいいのかが分からないらしい。大きな身体を硬直させ、ヒースに助けを求めるかのような視線を送ってきたではないか。


 いつもの勢いはどうした。そう言いたかったが、ここまで困っているとなんだか可哀想になってきたヒースは、ヴォルグに教えた。


「多分、ちょっと煙を吸っちゃったんだと思うよ」

「……の、ようだな」


 しん、と静まり返る。ヒースは手に持つパイプからいつまでも煙が上がっているのを見て、ヴォルグに言った。


「混血とはいってもこれきつそうだから、多分しばらくは起きないんじゃない?」

「お、俺はどうすればいい?」


 動揺しまくりのヴォルグが、尋ねてきた。この姿を普段からカイネにも見せていれば、ここまで拗れなかっただろうにと、大きなヴォルグがなんだか憐れに思えてきた。きっとカイネの前では、強くて格好いい大人の姿を見せたかったのだろう。逆効果だとも知らずに。


「レイスは見ていないといけないだろうから、ここでヴォルグが膝枕してあげてたらいいんじゃないか?」

「うえっ!?」


 ヴォルグが、おかしな声を出した。


「ひっひっ膝枕などっ獣人の男たるもの……!」

「じゃあ俺がしてもいいけど」

「駄目だ!」


 ヴォルグが即答した。全く。ヒースは笑い出しそうになるのを懸命に堪えると、パイプを掲げて見せた。


「ちょっとこれを外で消してくるから」

「ちょっと待てヒース!」

「色んなところ触っちゃ駄目だからね」


 ヒースが注意すると、ヴォルグが唇をわなわな震わせた。


「ばっあっ当たり前だ!」


 今度こそ真っ赤になってしまったヴォルグを見届けると、ヒースは表に出た。家の外では、サナとリオが不安そうにウロウロしている。


 外に待たせていたことを、すっかり忘れていた。


「ヒース! 父ちゃんはどうなった!?」


 ヒースに気付くと、すぐにリオが駆け寄ってきた。ヒースはそれを「待って!」と制すと、土が見えている場所を探し、そこにパイプの中身を捨て、土を被せて上から何度も踏んだ。


「もう大丈夫」


 ヒースが声をかけると、リオが恐る恐る近付いてきた。


「家の中も、ちょっと換気した方がいいよ」

「なあ……これ一体何だ?」

「これは酔木っていって、獣人が煙を吸うと酔っ払っちゃうやつだよ」


 すると、サナは知っているのか、ああ、という顔になって頷いた。


「普段は燻した香りを嗅ぐだけなんだけど、怪我をして縫わないといけない時とか、錯乱してる人には直接煙を吸わせると、酩酊状態になるのか大人しくなるんだ」


 ヒースがそう言うと、リオが目をキラキラさせてヒースを見上げた。


「ヒースは物知りなんだなあ……!」

「たまたまだよ」


 そう、たまたまだ。奴隷になっている人間はある程度こういった知識はあるが、それを外に発信する術はない。ヒースは、本当にたまたま偶然に偶然が重なって、それでこうして外の世界で過ごすことが出来ている、いわば例外中の例外だ。


「どうしたら、そんなに色んなことを知れるんだろう?」


 羨ましそうな顔をして自分を見上げるリオに、奴隷だった事実を伝える程ヒースは無神経ではない。


 だから、すごく抽象的になってしまうが、もうひとつ大事なことを伝えることにした。


「色んなことに興味を持って、色んなことに挑戦してみて、色んな種族のことも、理解出来なくてもいいから否定だけはしないでいれば、そうしたらきっと」


 息継ぎをひとつ。そして続けた。


「そうしたらきっと、リオの世界は広がるよ」


 それは、もしかしたらヒースの押し付けかもしれない。だけど、役に立つかわからない知識がいつこうやって役に立つか分からないし、ヒースだってこうして獣人族の集落に来てみなければ、色んなことを知らないままだった。


 別に、獣人族は敵じゃない。一部の魔族が人間を支配しようとしていて、後の皆はそれに追従せざるを得ないだけだ。


 反抗して命をかけてまでして庇う程、人間を知らないから。ただそれだけなんだ。


 ヒースはリオの頭にポンと手を置くと、笑いかけた。


「カイネが酔っ払っちゃったから、中で寝てるんだ。レイスの汗拭きを、リオも手伝えるか?」

「うん! 俺、カイネ様の代わりに母ちゃんとやる!」


 リオが、純粋無垢な笑顔でピースを見上げる。


 ほら、全員は無理でも、こうして繋がる縁はあるのだ。


 ここに来てよかった。


 ヒースは、心からそう思った。


次話は明日書けてたら投稿します。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ヴォルグ、耐えたか…偉いぞ(・∀・) まだ幼いリオなら価値観に縛られず 種族をこえて仲良くなれる可能性がある 大人は頑固だからね… ティアンとかだけでなく人間側も
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