仲間の定義
ヒースは、ゆっくりはっきりと言った。
「魔族に恨みのある人間も、確かにいる。だけど、必ずその人達を説得するから、俺の師匠を妖精界の接点まで、無傷で連れて行かせて欲しいんだ」
「……それが一体お前に何の得があるんだ?」
「え?」
ヴォルグは、意味が分からないという風に思い切り片眉をつり上げている。得? 得とは……。
「ごめん、何のこと?」
ヒースがそう尋ねると、ヴォルグがはあ、と呆れた様な溜息をついた。
「お前の師匠を無傷で妖精界の接点まで連れて行って、お前に何の得がある、と聞いている」
「ああ、それなら。ええと、師匠が幸せだと、俺も嬉しい、から?」
「質問の答えを疑問で返すな」
ヴォルグが唸る様に言った。
「お前は、この集落にそれが目的で来たのか?」
「そうだよ」
基本的な方針は一切ぶれていない。ヒースは師匠であるジオがシオンと一緒に幸せに生きられるといいな、と願っている。これは嘘偽りのない本心だ。
「ああでも、アシュリーに託されたのもあるかな? だから余計しっかりやらないとって」
「アシュリー? 誰だそれは」
「妖精族の王女様」
ヴォルグが、理解不能といった風に首を横に振った。これはどうも信じていないっぽいな、と思ったヒースは、ヴォルグに説明することにした。ヴォルグだって、きちんと説明すれば、別にすぐに人を襲ったりはしない。それにこの人は、心の中に言ってはならないことを秘めておけるだけの胆力を備えている人だ、と思えた。
だから、腹を割って話せばきっと伝わる。
「妖精界はね、今色々と大変らしいんだ」
「……ほお」
ヴォルグの眉間には、深い皺が寄ったままだ。ヒースは続けることにした。
「それで、アシュリーのお母さんが師匠の恋人なんだよ」
「……ちょっと待て、もうついていけない。何がどうしてそうなるんだ」
ヴォルグは自身の額を大きな手で覆った。
「ええと……」
どう説明したら伝わるだろうか。ヒースが悩んでいると、ヴォルグがぼそっと提案してきた。
「時系列に話してくれ。多分それで何となくは理解できる、と思う。――なんせ突拍子もない話過ぎて、脳みそがついていかん」
「成程、じゃあそれでいこう」
どうせ時間はたっぷりある。大分お腹は空いてはきていたが、下の騒ぎが落ち着くまでは食事もお預けだろうし、ということで、ヒースはジオの恋の話をすることにした。ここまで色んな人に話すことになるとは思ってなかったが、まあジオ本人に黙っていれば問題ないだろう。ばれたらまたぽかりとやられそうだが、それすらも今は懐かしかった。
ヒースは、ジオが鍛冶屋として街で生活していたところから話を始めた。当然、その中には住んでいた街が襲われたことも入る。
その話になってもヴォルグの表情はぶすっとしたままで変わらなかったが、それまではヒースが何かを言うとすぐに獣化しかけていた腕が、一切獣化しなかったのがこれまでとの違いだった。
こちらに恋人を呼べなくなってしまったジオ。強制的に次期妖精王に嫁がされてしまったシオン。守り人の様にひたすら泉を守っていたジオの元に、再び現れたシオン。なのにまたもや訪れる別れの危機。
娘のアシュリーは父親ではなく、ジオとの未来を母に望んでいること。ジオの助けになるよう、ヒースにお願いをしてきたこと。そして、ヒースの役に立てるように、とこちらに送り込まれた、ニアの存在も話した。
「ニアは滅茶苦茶可愛いから、間違っても好きにならないでよ。まあ魔族とは交わえないみたいだけど、万が一ってこともあるし」
ヒースが念の為そう言うと、ヴォルグが呆れた表情を浮かべた。
「……それがお前の好きな相手か」
「そうだよ」
「……ためらいもなく、堂々としたものだ」
そう言うと、鼻をふん、と鳴らす。
「別にいいだろ」
ヒースがそう言うと、ヴォルグが低い声で呟く様に言った。
「別に責めてはおらん。ただ、羨ましいと思っただけだ」
「……言っちゃえばいいのに」
「余計なことを言うな。話を続けろ」
「はいはい」
ヒースは話を進めることにした。
「で、丁度ザハリが拐われちゃったから助けるっていう話があったから、そこに便乗して来たんだ」
「なる、ほど」
「別に戦う目的で来た訳じゃないんだけど、魔族に家族も家も何もかも奪われちゃった人達の中には、この集落の人達がそうした訳じゃなくても許せないって人がいるんだって」
ヒースのこの言葉を、ヴォルグはどう受け取るだろうか。ヒースが言っても、ヴォルグの表情は変わらない。だから分からなかった。
「俺、この集落に来るまでは正直よく分からなかったけど、でも、ミスラも、それにヴォルグも、別に人間をむやみやたらに殺すような人達じゃないっていうのはすぐに分かったし」
「なんだ、殺されるかもしれないと思ってたのか?」
ようやくヴォルグが少し笑った。
「人の首を絞めたりしたじゃないか。シーゼルにだって斬りかかってたし」
ヒースがそう言うと、なんとヴォルグがハハッと小さいながら声を上げて笑ったではないか。
「それだけやられたのに、すぐに殺されないと思ったのか? おかしな奴だ」
おお、この人、こんな笑い方をする人なのか、とヒースは何だか嬉しくなった。
「あれは別に俺やシーゼルが人間だったからじゃないでしょ?」
「……まあ、そうだな」
ふう、とヴォルグは息を吐くと、獣人特有の赤い瞳をヒースに向けた。
「うちの一族は、アイリーン様のお陰で人間に対する抵抗が少ないんだろう。それにザハリもああいう男だ、あっさりと馴染んでしまったしな」
そして、静かに言った。
「お前が、お前の命をかけて、俺の一族の誰ひとりとして傷付けないと誓えるのであれば、戦う意思のない人間だけ集落の中に入れることを許可しよう。勿論武器の携帯は不可だ」
「俺の命?」
ヴォルグが頷く。
「そうだ。他人の為に、お前の命を差し出す気はあるか?」
つまり、例えばヨハン隊の誰かが暴走して獣人族を襲った段階で、ヒースはこの世から去らないとならない、ということだ。
正直、ヨハン隊の人はヨハンとシーゼル以外よく知らない。知らない人の勝手な行動の責任が取れるのか?
「うーん……ろくに知らない人の為に命は投げ捨てたくはない」
ヴォルグの眉毛が、ピクリと動いた。
「ということは、そういう人達はこっちに来ない様にすればいいってことか!」
ヒースがポンと手を叩くと、ヴォルグが目を大きく開けてヒースを見た。……喋らなさ過ぎも、よく読めないから困る。
「なに?」
「……そいつらは、お前の仲間じゃないのか?」
ヴォルグの言っている意味が分かった。だから、ヒースは素直に答えることにした。きっともう、ヴォルグも分かってくれる筈だから。
「同じ人間だよ。でも殆ど知らないから、仲間とは思ってないかな。強いて言えば、仲間の仲間。でも俺の仲間にはなってない」
だから、その人達は、その人達を仲間だと思う人に抑えててもらえばいいのだ。よし、それでいこう。これで方針がハッキリした。
「その人達よりは、俺はカイネとかミスラとかの方が好きだし」
ヒースがそう言うと。
「はは……っあははははっ!」
それは、今度こそ正真正銘の笑いだった。
次回は明日投稿予定です。(書けたら)




