表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

131/233

接点へ

 シーゼルに髪を整えてもらったカイネが、ヒースに自慢げに見せてきた。


「どうだヒース? 似合うか?」


 特に何の感想もなかったヒースだったが、カイネの目がキラキラと輝いているので、軽く頷いてみせた。すると、カイネは肩の上に揺れる黒髪を手に取り実に嬉しそうに笑った。


 今日はカイネにとっては大きな一歩だったのに違いない。そう考えたら、この笑顔はだからこそ見れたのかな、とも思った。


「僕、獣人の耳って詳しく見たことなかったんだけど、本当に人間の耳がないんだね」


 シーゼルはそう言うと、手についていた髪の毛を手桶で流した。かなりの髪の毛の量である。


「耳が四つもあったら大変だろう」


 カイネはキョトンとしてそう言うと、同じく手桶を使って身体に付着した髪の毛を流し始めた。ヒース一人、湯船にのんびりと浸かっていた為、段々のぼせてきた。そろそろ限界が近かった。


 元々奴隷生活が長かったヒースだ、こんなにゆっくりと風呂に浸かっていると焦燥感に襲われるのもあった。早く出ろと急かされないのは、何ヶ月も経った今でも違和感を覚える。


「俺、上がってていい?」


 湯船に浸かったカイネが、手をぐぐっと上に伸ばしながら答えた。


「分かった。すぐ行くから表で待っててくれ」


 だが、カイネのその言葉に、シーゼルがすぐに反応した。


「ヒース、単独行動は駄目だよ。僕も行くから」


 シーゼルの口調は淡々としているものだったが、その眼差しは真剣そのものだった。


 先程ヴォルグに狙われたのはシーゼルの方だったが、もしあの場に立っていたのがヒースだったらヒースの方が狙われていたのは間違いないだろう。そういう意味では、シーゼルが警戒するのもよく理解出来たヒースは、素直にシーゼルの言うことを聞くことにした。それに今は特段一人になりたい訳ではない。


 手渡されていた少しぶ厚めの手ぬぐいで水気を拭き取り、手ぬぐいを絞ってはまた拭き取るを繰り返す。獣人は獣化した状態で風呂に入ったら大変だろうな、とぼんやりと思った。


「お待たせヒース」


 シーゼルは着替えも素早く且つ音もなく済ませられるらしく、いつの間にか生成りの民族衣装を着用して立っていた。腰紐は水色、ゆったりとして裾が絞れるズボンは紺色で、銀髪で肌のきめが細かいシーゼルにはよく似合った。


 ヒースのはというと、淡い緑色の上着だ。着てみるとサラサラで、獣人の染色や織物の技術って凄いんだな、とヒースは関心した。灰色のズボンを履き、黒い帯をきゅっと締めると、まるで獣人族だ。


 外に出ると、涼しい風が吹いていた。シーゼルはヒースを風呂場の入り口近くに立たせると、自分はヒースに背中を向けて剣の柄に軽く手を触れた。先程までの様な殺気は感じなかったが、恐らくもうシーゼルはこの集落にいる間は警戒を解かないだろう。


 ヨハンの報酬の有無に関係なく、シーゼルはヒースに指一本触れさせないつもりだろう。ティアンに首を押さえつけられた後、シーゼルの距離が近くなったことでヒースはそれを確信していた。


挿絵(By みてみん)


 ティアンとカイネが話し合えたことでティアンに対する態度は軟化するかに思えたが、ヴォルグの風呂場への乱入でそれももうなくなった。


 考えてみたら、ヒースは自分の炎属性の剣も携帯してなければ弓も携帯していない。これでは咄嗟に自分の身を守ることなんて無理難題だ。


 ここにきて、ようやくヒースはカイネがヒースに警戒心が無さすぎると言っていた意味が分かった。


 でも、考えてしまう。


 この獣人族と同じ服を着ていたら、敵意はないと思ってもらえるだろうか。何とかシーゼルとカイネにバレない様にヴォルグに会えないだろうか、と。


 ミスラに聞けば、きっと大して疑わずに会わせてくれる気がした。でも、ミスラだけだとこの二人には筒抜けになるだろう。


 となると、やはりザハリに協力してもらうしかない。何とか二人をヒースから離した隙に、ミスラにヴォルグの元へ連れて行ってもらう。その作戦しか思いつかない。


 あの二人と話したかった。


 次の機会は明日の朝だろうか。食事の支度をしに来ると言っていたので、ミスラを捕まえればザハリもついてこないだろうか。でも、ザハリの先程の態度だとそれもなくなるのか。


 ああ、もう。


 考えることがいっぱいあり過ぎて、ヒースは洗ったばかりの頭を掻きむしりたくなった。でも我慢だ。態度に出さないことだけは自信があるから、ひたすら微動だにせず耐えた。


「待たせた」


 湯気を肌から立ち上らせたカイネが出てきた。


「今から行こうか」


 シーゼルの眉がピクリと動いた。反対されては堪らないと、ヒースは急いでシーゼルの背中に軽く触れて言った。


「うん、妖精界の接点の場所は把握しておきたいからな!」


 シーゼルは何か言いたそうにチラッとヒースを見たが、小さく肩を落とすと嫌そうに言った。


「カイネが先頭、ヒースは真ん中、僕は最後尾。分かった?」

「分かった」


 今日はとにかく場所さえ把握出来ればいい。ジオ達が到着した時、どうやってそこまで案内をするかを考える時間も欲しかったから、とにかく一目見ておきたかった。


 ティアンの許可があれば堂々と行けそうだったが、ヒース一人ではそれもままならなさそうだ。


 ここにも考えないといけないことがまた一つ。


 ヒースは心の中で溜息をついた。奴隷時代に培った対人技術のお陰でまだ何とかなっているが、これ以上複雑化するとヒースの脳みそが破裂しそうだった。


 カイネを先頭に、族長一家の家の方へと進む。森の奥にはちら、ちら、と家屋から漏れ出る明かりが見えた。人気はなく、虫の声があちこちから聞こえてくる。何とも穏やかな雰囲気だ。


 カイネは家の入り口の前を通り過ぎると、蒼鉱石の炉がある方へと進んで行く。作業場へ続く道も通り過ぎると、その先にあった細い横道に入った。


 壁は、両手を伸ばせば付いてしまいそうな幅しかない。上を見上げると、かなり上の方に細い星空が見えた。


 カイネは時折ヒースを振り返りながら、どんどん先へと進む。すると段々と道が下へと傾斜していき、同時に幅が少しずつ広くなっていった。


「もうすぐだが、注意事項が一つある」


 カイネが振り返りつつ言う。


「月の花は踏まないこと」

「確か、月の花に溜められた月の光が溜まり切ると接点が開くんだっけ?」


 ヒースの問いに、カイネは真面目な顔で頷いた。


「月光が足りないと開かないこともある。少し前に阿呆が一人女がいるからと酔っ払った勢いで中に入り込もうとして迎撃された」


 聞き覚えのあった話だが、内容が大分情けない感じだった。


「その時に少し魔力を消費したらしくてな、前回は繋がっている時間が少なかった様だぞ」

「そうなんだ…」


 やはり、森の中の接点よりは大分弱いらしい。


「それにしても、カイネは随分詳しいね」

「この集落にいる妖精族が教えてくれたからな」

「え」


 そういえば、ハンが噂程度で言っていたかもしれない。この集落に攫われた妖精族がいるらしい、と。


「明日にでも紹介しよう」


 カイネはそう言うと、前方を指差した。


「見ろ、この先に接点がある」


 カイネが指し示した先には、一面の白い背の低い花畑が広がっていた。

次回は明日、書けたら投稿します!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ