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体型維持より大事なこと

 カイネとアイネのばあや、ということは、アイリーンが死んだ後に二人の養育を担当した人物だろう。その人物が、ヴォルグとミスラの祖母らしい。両親はいないのかな、と思ったが、ヴォルグが家長だとミスラが言っていたし、ばあやの後にミスラが後継となっているところを見ると、聞かない方がいいのかな、とヒースは思った。少なくとも、今他の人がいる前で堂々と聞ける程ヒースは無神経ではないつもりだ。


 後で、カイネに聞こう。ヒースはそう決めると、食事に集中することにした。


 ヒースが無言で食べている横で、シーゼルは摘む様にして少しずつ食べている。


「シーゼル、それで足りるの?」

「僕、少食なんだよ」


 シーゼルはあっさりとそう答えた。毎度相当の運動量だから、消費する熱量はかなり多そうだが。


「それに太ると格好悪いじゃない? 僕、自分の太ももが太いとか腹に肉が付くとか考えると気が狂いそうだし」


 すると、ザハリがまだ少し不機嫌そうな顔をしたまま、シーゼルに話しかけた。


「シーゼル」

「……なに」


 先程はすんなりザハリの指示に従ったシーゼルだったが、あれはどうやらヒースの安全を優先したからだけの理由だったらしい。今のシーゼルは、警戒する猫の様に警戒心を隠そうともしない。


「青鉱石の剣は体力も筋力も増強するけどな、なくなった時の反動が怖いぞ」

「ずっと持ってるから大丈夫だし」

「いいから食っておけ。ヒースの護衛なんだろ」

「……」


 シーゼルは不服そうだったが、それでも青鉱石に関しては一番詳しいことは間違いないであろうザハリの言葉は信じることにしたのか、もうひとつ料理を摘むと、ひょいと口の中に放り込んだ。


 蒼鉱石の効果に頼り過ぎると、それなしには辛くなる。そういうことなのかな、とふわっと考えた。確かにシーゼルは蒼鉱石の剣、という印象だ。シーゼルはその効力を最大限に引き出している様にも見えるが、こんな少量の食事ではもたないだろうに、と段々心配になってきた。


「シーゼル。ザハリの言う通り、ちゃんと食べてね」


 ヒースがそう言うと、シーゼルはにっこりと笑った。


「ヒース、心配してくれたの? ふふ、嬉しい」

「だって」


 食事は大事だ。同じ環境下では、食の細い者から先に弱っていくのを、ヒースは奴隷時代に嫌という程見てきた。自ら食べない方を選ぶのは、危険だ。


挿絵(By みてみん)


「シーゼルは十分細いよ。それ以上細くなると、倒れちゃうよ」


 すると、シーゼルは笑顔のまま自分の身体を見下ろした。


「僕さ、結構骨ががっちりしてるんだよね。だから肉を付けると大きく見えちゃうし」

「別にいいでしょ」

「ええー。だって折角なら隊長に可愛いと思われたいし」


 恋愛とはそういうものなのだろうか。確かに見た目は大事な要因ではあるが、だからといってそれだけではない筈だ。


 ニアだって、そりゃあもう少し胸があったらいいなとは思うけど、今の小さい胸だってヒースはニアのことが好きなのに代わりはない。それよりも、体型を気にして無茶なことをされる方が怖い。だって、好きな人が弱ってしまうのは嫌だから。


 そういう意味では、ヒースにとってシーゼルは大事な人の一人であることに間違いはない。


 なので、ヒースは言った。


「シーゼルは今のままで十分可愛いよ」


 ぶっ、と口から食べ物を吹いた人がいる。カイネだった。汚い。それをミスラがふきんでさっと拭いてやっているのを見て、ああいう風に甲斐甲斐しく世話をしてもらうことなどなかったヒースは、純粋に羨ましく思った。


 母は、ヒースの食事の用意はしてくれていたが、何かこぼしたりすると、急に機嫌が悪くなって怒られた。勿論自分で綺麗にしたし、こぼさない様に最新の注意を払った覚えがある。


 食卓につく自分の隣には父がいた。父の向かいには母が座っていた。その母の視線は、そういう時でもなければヒースに向けられることはなかった、気がする。


「ヒース、僕のこと可愛いって思ってくれてたの? 嬉し……あれ? どうしたの?」


 あれだけ食べたいと思っていたのに、空腹感が急に消えてしまった。


 ヒースは笑顔を作って言った。


「やっぱり今日は疲れてるみたいだ」

「ちょっと詰め込み過ぎだよ」


 シーゼルは思い切り心配そうな表情で、ヒースの背中をそっと撫でる。


「今日はさっさと風呂入って寝ちまいな」


 ザハリが軽く言ったが。


「風呂!?」


 ヒースは、ザハリの言葉に大きく反応をした。


「お、おう」


 ザハリの顔が引き攣っている。


 もう、何日も風呂に入っていない。時折身体は拭いてはいるが、頭は臭いしなんだかあちこち黒い気もする。そして頭を掻くとフケがパラパラと落ちてくる。


 奴隷時代だって殆どまともに風呂なんて入れはしなかったけど、あまり不潔な生活をしていると、一旦流行り病が起こると一瞬で広まってしまう。だから時折だが、魔族の監督者が見張っている中、建設現場の片隅に設けられた湯浴み場で洗うことが出来た。監視されながら、しかも仲間の人間達からもジロジロと身体を見られながらでの沐浴だったので、あまり心地よさは感じなかったが、それでも身体からべたつきがなくなるのは単純に気持ちよかった。


 ジオの家では毎晩ゆっくりと入れたので、考えてみればあれは相当贅沢だったのだな、と思う。


 一瞬で頭の中が風呂一色になった。


「風呂、入りたい!」

「……まあ相当汚えもんな」


 ザハリが言った。


「僕も入りたいな。ヒース、背中を流してあげるよ」


 背中に相変わらず手を触れたまま、シーゼルがにっこりと笑ってそう言った。……まあ、大丈夫だろう。多分。


 ヒースの表情を見て何を思ったのか、シーゼルはクスクスと笑う。


「いやだ、僕未経験の子供に何かしたりなんかしないから、安心してよヒース」


 今度はミスラがゴホッと咳き込んだ。思うに、獣人というのは随分と初心なものらしい。こういった発言に常に晒されてきたヒースには、シーゼルの言葉にいやらしさが含まれていないこと位分かる。


 それに、シーゼルは本当に子供に毛の生えた様なヒースの身体には興味はない。あるのはヨハンただ一人だ。ヒースはヨハンの裸は見たことがないけど、多分相当がっちりといい身体をしているんだろうなということは外から見ているだけでもよく分かる。


「まあじゃあ、食い終わったら案内してやるよ」


 ザハリが残りの料理をパクパク摘みながら言った。それにしても、本当に自分の家の様にすっかり慣れてしまっている様だ。この人を救う為に皆がここに向かっているなんて、何だかおかしくなってきた。


 そうだ、その件はまだザハリには話していない。カイネはもしかしたら話しているかもしれないから、後で聞いてみた方がいい。


「風呂の後で、例の場所に連れて行こう。だから寝るなよ」


 カイネがヒースにそう言った。妖精界の接点だのことだ。


「うん、お願い」


 ヒースが答えると、カイネがこくりと頷いてみせた。


 そういえば、カイネの背中におぶさった時、カイネの髪からはいい匂いがした覚えがある。サラサラだし、ヒースみたいなフケとは無縁そうな清潔感がカイネにはあった。


 あれは何か髪に付けたりしているのだろうか。気になったヒースは、カイネも誘うことにした。


「カイネも一緒に風呂に入ろうよ」

「え!?」


 それにその方が早く終わるし。ヒースがそう思って言ったところ、カイネはみるみる内に真っ赤になってしまった。

次回は明日投稿目指して頑張ります!

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