恋愛の常套手段
ヒースの笑顔は、思わぬ効果を生んでしまったらしい。
カイネとシーゼルは、気味悪そうな表情を浮かべると黙り込んでしまったのだ。
「……どうしたの? 話を続けてよ」
「いや、何かそういう気分になれなくて」
と、これはカイネ。
「そもそも何で笑ってるのさ、ヒース」
と、これはシーゼルの言葉だ。どうしよう、素直に答えても二人は嫌がりそうだ、とヒースは正直に話すべきかを悩んでしまった。今日は疲れた。もうこれ以上厄介事は御免だった。
ということで、話題を変えることにした。
「ちょっと思い出し笑いしただけだよ。それより、あの二人、いくらなんでも遅くないか?」
腹が減って死にそうな状態は脱したが、まだまだ空いてはいる。他の料理も食べたいが、勝手に炊事場に入ると怒られるのはもう理解したので、ここはカイネに様子を見に行ってもらえたらと思ったのだ。
カイネは少し嫌そうな顔をした。でも、その嫌そうな顔のまま立ち上がってくれた。
「仕方ない、いい加減ザハリを引き剥がしてくる」
「うん、そうして」
ミスラもティアン同様あまり人の話を聞かない様だが、それを楽しんでしまっているのはザハリの様だ。あの人が中途半端に優しくふるまって自分にミスラを振り向かせようとしているから、それで話がこじれていっている気がした。
カイネは言った通り炊事場の通路の前まで行くと、そっと中の様子を窺っている。まあ変な場面には出くわしたくはないには違いない。
暫く様子を窺っていたカイネだったが、意を決して中に一歩踏み入れた。そしてそのまま通路の奥へと姿が消えた。とりあえず二人は出てこなくてもいいから、食べ物は欲しいとヒースは思った。
と、ひょっこりとザハリが顔を出した。手には今度こそ料理が乗った皿を持っている。ヒースの目が輝くと、それを見ていたシーゼルがくすっと笑った。
「育ち盛りだねえ」
「何か、人に沢山会う様になってから、凄くお腹が空く様になったんだよね。移動がある所為かもしれないけど、俺、もしかしたら自分で気付いてないだけで結構緊張してたのかもしれない」
「ヒースが? 緊張? よく言うよ」
シーゼルはそう言うとあははと笑って、やってきたザハリから皿を受け取ると、敷物の上にそれを並べた。先程カイネが言っていた米料理だ。少し茶色い米の横には、野菜の葉の上に載せられた肉が美味しそうに並んでいる。
「これ、何の肉かな?」
「川の魚らしいぞ」
「魚? 久しぶりだな」
魚は、ジオと暮らしていた山の小屋の近くに流れていた小川で時折小魚が採れることはあった。大して腹の足しにはならない程度の大きさばかりだったが、ジオは好んで食べていた。獣の肉ばっかだと胃がもたれちまうんだよ、と言っていたので、ジオは動物の肉よりは魚派なのかもしれない。
ザハリがまた戻っていこうとしたので、ヒースはさすがに止めることにした。
「ザハリ、もう今日はミスラをからかうのは止めてあげてよ」
すると、ザハリはキョトンとした顔をした。
「からかってなんかないぞ?」
「いや、からかってるよね? 反応見て楽しんでるよね?」
すると、それにはザハリは頷いてみせた。ほらやっぱり。
「反応を見て対応を変えるのは、恋愛の常套手段だぜヒース」
ヒースの指が、ピクリと反応した。恋愛の常套手段。それは気になる。
「それをすると、上手くいくの?」
是非知りたい。あそこまでザハリに興味のなさそうなミスラを、どう対応を変えていくと落とせると思っているのか。同じ様にニアにあまり意識されていないであろう自分と照らし合わせて考えてみた所、ザハリとヒースの立ち位置はそこそこ似通っている気がしていた。だから、ザハリがそれで上手く自分に興味を向けてもらうことが成功すれば、それはヒースにもニア対策として活用出来るのではないか。
ヒースは身を乗り出した。
「いいかヒース、まずは見極めが大事だ」
ザハリがゆるく片手を腰に当てて語りだした。見た目は少し強面だが、白髪がサラサラで綺麗だし、日に焼けた肌も男っぽいし、普通の女性なら外見だけでなびくかもしれない。その程度には、ザハリはいい男に思えた。中身はチャラいが。
「見極めって何を見極めるの?」
「相手が不満に思っていることだ」
ニアが不満に思っていること。何だろうか。魔力を上手く制御出来ていないとか、アシュリーの元で頑張りたいと思っていたのにとかそういうことだろうか?
「……うん、それで?」
「で、それに対し自分が与えてやれることを考えるんだ」
ニアの魔力の制御の手伝いなら、ヒースにも出来そうだ。ニアは基本実験大好き人間なので、その実験体にヒースがなればニアもきっと喜ぶ筈だ。
アシュリーに会えないことは、これは正直ヒースにはどうしようもない程もっと大きな問題だ。妖精王を何とかしない限り、ニアが無事にアシュリーの元に戻るのは無理かもしれない。でも、妖精王が何とかなって妖精界が安全になったって、ヒースはニアを離すつもりはなかったが。
とりあえず一つは何とかなりそうなので、ヒースは先を促すことにした。
「うんうん、で?」
「不満に思っていたことが解消されると、お、こいつは自分に優しいじゃないか、と思う様になる」
「そんな簡単にいくかな」
ポツリとシーゼルが呟いた。あ、こっちはこっちで百戦錬磨がいたんだった。竜人を心底惚れさせる実力を持った男、シーゼル。ヨハンに対する想いについては正直しっかりしてよという程情けないものだったが、狙いを定めてからのシーゼルは強い。
「僕なんかは、つれなくしたりすると結構向こうが振り向かせようとして寄ってきたりしたけど」
「それは上級者向けだ。ミスラみたいな初心者や、ヒースみたいな初心者以前の問題の奴には高等過ぎる」
何だか随分と失礼なことを言われた気がしたが、恋愛初心者であることはまあ間違いがないのでヒースは反論を控えた。
「それはそうかもねえ。駆け引きはまだ無理か」
シーゼルは、ヒースを優しい目つきで見ながらそんなことを言っている。こちらも大分ヒースを下に見た言い方だが、でも確かに駆け引きって何? なヒースにとってみれば、かなりの高等技術に思える。というか、そもそもニアに冷たくするなんて絶対嫌だ。冷たくした途端、ニアは絶対どっかに行ってしまうに違いないから。例えば、他のもっとムキムキな男の所とかに。
考えただけでゾッとした。駆け引きはなし。ヒースの中ではそれが決定した。
「まあ、とにかくこいつがいると居心地がいいなと思わせることだ。その内、いないと淋しくなる。するとそれが恋心じゃねえかと思ったその時が畳みかける絶好の機会だ。押して押して押しまくる。相手のツボを掴んだ上でな」
ザハリは語りまくっている。ふと気になったので、ヒースはザハリに尋ねてみた。
「で、ザハリは今どの段階まできてるの?」
「そりゃあ今はこいつがいないと淋しいなの段階だ」
「あんまり淋しそうには見えなかったけど」
すると、ザハリは小馬鹿にした様に鼻を鳴らした。
「これだからお子ちゃまは困ったもんだよ! いいか、ミスラは今カイネの妹がいなくて可愛がる相手がいなくなってて淋しいんだ。つまり優しさに飢えてる。俺はその淋しさを賑やかにすることによって埋めてるところなんだよ」
滅茶苦茶語り出したザハリに、ヒースは自分の質問が失敗だったことに気が付いたのだった。
今週はお盆の為、次回投稿はお盆明けの予定ですが、投稿出来たらします。すみません。




