勘違い
どうやらミスラは、カイネがシーゼルに同衾することを要求している様に思えたらしい。
カイネは大慌てでミスラに弁明を始めた。
「ち、違うんだミスラ! 僕はただ、シーゼルが混血でも変身出来ることがあるって聞いて、それでその話をちゃんと聞きたくて、それで!」
カイネにしてはちゃんとした言い訳を述べることが出来た様だが、残念ながらミスラは全く聞いていなかった。床に散らばった破片をぼんやりと眺めながら、
「カイネが同衾……男と同衾……」
と青ざめた顔で呟いている。やはり獣人は人の話を聞かない傾向にあるらしい。
「ミスラ、落ち着けよ」
ザハリがミスラの肩を掴んだが、ミスラは殆ど反応を示さなかった。余程ショックだったらしい。ヒースは自分が何か言った方がいいのかなとも思ったが、ろくに話したことのないミスラに何を言ったところで、この様子だと多分聞いてももらえない。なので、とりあえず目の前にある野菜をつまみ食いしておいた。瑞々しくて美味しい。
「うっ……!」
とうとうミスラは顔を手で覆って泣き始めてしまった。ザハリはそれを見た瞬間、薄っすらと笑うとミスラの肩を抱いて立ち上がらせる。
「ミスラ、とりあえずあっちにいって落ち着こうぜ」
絶対落ち着かないやつだと思ったが、ザハリの次のひと言でヒースは何も言わないことに決めた。
「先に食っててくれ。残りの料理は、ミスラが落ち着いたら一緒に持ってくるから」
ヒースは深く頷くと、早速料理に手を伸ばしたのだった。
◇
先程食べた物と同じ皮に包まれた野菜と肉は変わらず美味しかったが、ヒースの腹を満足させるには全然足りなかった。だが、ザハリとミスラの分も取っておくとなると、そう数も食べられない。
ヒースが寂しそうに料理の皿を眺めていると、カイネが慰める様に言った。
「あとは米もあったし、汁もあったぞ。まだあるから安心しろ」
「あの二人、いつになったら戻ってくるんだろう?」
そこそこ時間が経ったが、未だに戻って来ない。もっと食べたいのに。すると、カイネが苦笑しつつ教えてくれた。
「ミスラはいい人なんだが、一回こうと思い込むとなかなかその誤解を解くのが大変なんだ」
「確かに思い込みは激しそうだったよねえ」
シーゼルが遠慮なく意見を述べた。だがそれにもカイネはあっさりと頷いた。
「すごく純粋で真っ直ぐな人なんだ。何故ヴォルグと一緒に育ってああなったのか、僕でも謎に思う」
ヒースはヴォルグは僅かな時間しか共に過ごしておらず、正直彼がどういった人なのかまだ把握していない。これまでのことは、ほぼカイネが話した内容から作られた想像でしかない。だからヴォルグともきちんと話してみたかったが、カイネがこれだと、カイネを間に挟む以上腹を割って会話をするのは厳しそうだ。
ヴォルグはそんなにねじ曲がった人なのだろうか。本当にカイネから見たヴォルグが本当のヴォルグの姿なのだろうか。いくらこの一族の中で二番目に強いからといって、ただそれだけの理由で他の者がついていこうとするだろうか。
ティアンは正に獣人といった感じだったが、でもアイリーンやカイネに対する愛情はちゃんとしたものだった。若干行き過ぎている感は否めないが、それでも人間と同じ様に慈しむ心をちゃんと持っているのは分かった。
そう考えると、ではヴォルグは? となるのだ。
カイネが語るヴォルグは、力で解決しようとする傾向にあり、そして自分が強いことをきちんと理解した上で他の獣人達の上に立っている様に思える。カイネから受けたヴォルグの粗野な印象は、まあ多少はあるにしても、実際に目にすると凶暴性を抑えられないなどの印象は受けなかった。
それはつまり、ヴォルグには自制心があり、これまでカイネに言い寄っていても襲わなかったのは、ちゃんとその自制心が働いていたからなのではないか。
それが何に基づくものなのかはヒースには考えも及ばない。何故なら、ヴォルグの為人を実際にこの目にする機会が最初に会った時以外ないからだ。
だけど、ヒース単独でヴォルグと話したくても現状では恐らく無理だ。相手にされないか、気に入らなかったらばっさり、なんてことも考えられるし、そもそもヒースはここでは単独行動は出来なさそうである。
シーゼルをちらりと見ると、シーゼルはにっこりと笑い返してくれた。うん、この人は絶対ヒースを一人にはしない。
多分もうヨハンがどうとかは殆ど関係なく、ただヒースを守ってくれようとしている気がした。それは非常に嬉しいことではあったが、ヴォルグと話をする上では障害にしかならない。ヒースが行く所にはシーゼルはもれなくついてくる。ついてくる以上は、ヒースをヴォルグに不用意には近付けさせないだろう。剣技だけなら、シーゼルはどうやらヴォルグの強さに匹敵しそうなので、多分遠慮なくいく。
というか、これまで散々魔族と戦ってきたであろうシーゼルだ。相手の強さを見定めることなど余裕なのかもしれない。とすると、シーゼルはすでにシーゼルの中でヴォルグはどうにかなる相手、と認識されている可能性が高い。
となると、今のところ突破口はミスラしかない。ミスラが一緒ならば、きっとヴォルグは話も多少は聞く気が起こるだろうし、それにヒースを斬り捨てておしまい、なんてこともしにくい筈だ。
なら、まずはミスラの信頼を得ること。でもミスラの周りにはどうもザハリがウロウロとしている様だから、そこも何とかしないとか、それともザハリに全て説明をして協力を得るか。
「ヒース、難しい顔をしてどうしたの?」
シーゼルが優しく微笑みながらヒースの顔を覗き込んできた。この優しさを少しカイネにも分けて欲しいものだ。
ヒースは話を逸らすべく、先程途中になってしまった話を再会することにした。
「さっきの、竜人も面倒臭いそうって話さ、あれって人間と交わらないって他は何かあるのか?」
それのどこが面倒臭いのかはよく分からなかったが、シーゼルが気に入られていた位だから、人間が全く駄目という訳でもなさそうだ。
「ああ、あれ? あいつらはね、血統を重んじる一族なんだよね。それって面倒臭くない?」
ヒースには、シーゼルが何を言っているかが分からなかった。
「ごめん、意味が分かんない」
「え? ああ、ごめんね。血統っていうのは、誰々さんちの息子とかそういうことだよ。誰々さんは誰々さんの孫だから優秀な血が流れてるとか偉いとか、そういうの。本人じゃなくて、生まれでその後が決まっちゃう、そういう種族」
今度は意味が分かった。とりあえず何だか高貴そうな話だな、というだけの印象しか持てなかったが。だって、ヒースがいる世界とはあまりにもかけ離れた世界の話だから。
すると、カイネが腕を組みながら頷いた。
「確かにそれはあるかもな。ここに来る竜人族は皆、まず真っ先に家名を名乗った。どんなに駄目な奴でも、家柄がいいと上に立てる。そういう例は何度か見たことがある」
「獣人族は、族長は世襲制じゃないの?」
シーゼルが尋ねる。とりあえず会話したくないという段階は脱した様だ。カイネもそれに対し普通に回答する。世襲制の意味はよく分からなかった。
「やはり強い家系というのはあるが、僕の様に明らかに強さが他の獣人よりも劣る場合は、その限りではない。だから他人であるヴォルグが候補として上がっている。どちらかというと、族長に成り得る者を迎え入れて家族となりより強固とする感じだな」
何となく意味が分かった。多分、親から子に引き継がれるとかいう意味じゃないだろうか。というか、この二人が自然に会話をしている。
ヒースが嬉しくなってにこにこすると、シーゼルとカイネが気味悪そうにこちらを見たのだった。
次回は連休明けの火曜日投稿を目指します!




