許嫁の経緯
開き直ったティアンは、カイネの顔を見るとにこにこし始めた。
「カイネは、年々アイリーンに似てくるな」
そう言って、酔木を手のひらでころころと転がし始めた。
「父さん、その話は聞き飽きました。今はこれまでの経緯と今後のことをですね……」
しかし、ティアンは話なんぞ聞いちゃいなかった。
「彼女を亡くした時は心が張り裂けそうだったが、お前がいてくれたお陰で正気を保つことが出来た。お前は俺の心の支えだ」
「父さん、聞いてます?」
そしてちょいちょい発言内容が重い。ヒースは、これで理解した。何故ザハリがあんなにも雑な態度を取ってみせていたのかを。
そもそもこの獣人は、人の話を聞かないのだ。そしてとにかく愛妻と瓜二つの息子のカイネを溺愛している。
ヒースはにこにことカイネを眺めているティアンを見て、これはヒースが話を進めないと進まないに違いない、と思った。
ヒースは前に少し身を乗り出し、ティアンに話しかける。
「えーと。ティアンって呼んでいい?」
すると、ずっとカイネに向けられていた視線が、ようやくヒースに向いた。途端、スッと笑みが消えて無表情になってしまった。関心がない、そういうことなのだろう。非常に分かり易い。
「構わん」
「じゃあティアン、俺はヒース。鍛冶屋のヒースだ」
ティアンが少しだけ首を傾げた。
「お前が鍛冶屋? 随分と若い様だが」
ほんのり興味を示してきた。カイネとの共通点を主張すれば、少しはこちらに興味を示してくれるだろうか。
やってみよう。ティアンはぽんぽんと言い合う感じではなさそうなので、ゆっくりと考え言葉を選びながら話せそうだ。
ヒースは真っ直ぐにティアンの目を見た。
「俺は、カイネと同い年の十六歳だよ」
「カイネと同い年……」
先程よりも、興味を持ったらしい。
「カイネに頼まれて、この集落に来たんだ」
「カイネに頼まれて……? 一体何を頼まれたんだ?」
身体がこちらを向いた。カイネの視線を感じたが、今カイネを見ることでティアンの意識をカイネに戻したくはなかった。ヒースは続行することにした。
「この集落の仲間を、ヴォルグの戦いに巻き込みたくないって」
「ヴォルグの? どういうことだ?」
まさか知らないということはないだろう、そう思っての発言だったが、意外な返事が返ってきてしまった。まさか、知らないのか?
仕方ない、あまりカイネを会話に混ぜたくはなかったが、ここは確認しつつ話を進めていく必要がある。ヒースは横のカイネを振り向くと、疑問を投げつけた。
「カイネ、ティアンはヴォルグの考えていることが伝わってない様だけど、話してないのか?」
すると、カイネは首を横に振った。
「話している、というか、ヴォルグは父さんの前で主張しまくっていたからな、当然の如く耳にしている」
「じゃあ何で今初めて聞きましたみたいな反応が返ってきてる訳?」
カイネは、ちらりと向かいの父親を見た。
「多分、真面目に聞いていなかったんだと……」
「え……」
あの大柄の押しの強そうなヴォルグが主張していたのなら、相当な圧で話していたと思うが、それを真面目に聞いていなかったとは。ヒースは呆れた。呆れた後に、気が付いた。耳を傾ける必要もない程に、ティアンとヴォルグには実力差があるのだと。子供が何か騒いでいる、その程度の認識しか、もしかしたらないのかもしれない。
「ヴォルグは、アイネを連れ戻す時に力を見せつけて、竜人と争うつもりだとカイネから聞いたんだ」
ヒースがティアンに向かってそう言うと、途端ティアンの瞳が潤み始めた。
「アイネ……」
そして遠くを見始めた。しまった、いきなり核心を突いてしまったのか。ヒースが内心焦りつつも顔には出さずに待っていると、ティアンがポツリと言った。
「あの子、元気にしてるかな……」
この言い方で、ティアンがアイネの出立の理由を事前に知っていたことが分かった。
それにしても、ここまで話しにくい人は初めてだ。予想が悉く外れる。思ってもみない反応が返ってくる。悪気はないのかもしれないが、どこか別の所にいる人と話している感覚が拭えない。
「アイネと一緒に行った竜人のことは、知ってるの?」
とにかく会話を重ねていくしかない。そう思ってヒースが質問をすると、ティアンは素直にこくりと頷いた。何だかやけに素直な人だ。だけど本当にそうだろうか? 族長ともあろうものが? ヒースは様子を見つつ、返事を待つ。
待ったが、返事がない。
ヒースは、会話の主導権はこちらが持つべきだと感じた。待っていたら、多分一生終わらない。
「アイネは、何て言って出て行ったの?」
「ヴォルグなんか絶対嫌、お父さん大っっ嫌い……と」
ティアンはそう答えると、涙を一粒零した。泣いた。獣人族の長ともあろう人が、初対面の人間の前で泣いた。ああ、でもカイネもすぐに涙ぐんでいたから、獣人というのは感情豊かなのだろうか。ヒースは奴隷時代に監督していた獣人達を思い浮かべたが、誰一人泣いているのは見たことがなかった。ということは、これはこの親子の特徴なのかもしれない。
面倒臭い。正直そう思ったが、そうも言っていられない。ヒースは心の中で小さく溜息をついた後、先に進むことにした。
「アイネは、ヴォルグと許嫁だったよね? それを決めたのは誰なの?」
「長老会で決まった」
長老会。なんだろう。ヒースがカイネを見ると、こそっと教えてくれた。
「村の年寄りが集まってあれこれ話し合って決めるお喋り会だ」
成程。獣人族の中では、年寄りの意見が尊重されるらしい。
「ティアンは反対しなかったの?」
曲がりなりにも族長だ。強さが絶対であれば、一番強いティアンの意見は通りそうなものだが。すると、ティアンは首を横に振った。涙がその勢いで床に飛んでいった。
「まだアイネは小さかったし、ヴォルグもしょっちゅう家に遊びに来てカイネと遊んでいたから、いいものだと思っていたんだ」
カイネと遊んでいた? 本当だろうか? ティアンの認識を疑わしく思ったヒースは、カイネを横目で見た。カイネは苦虫を噛み潰した様な顔をして首を小刻みに横に振っていた。やはりティアンの認識は違っているらしい。
「アイネはその時は何歳だったの?」
「三年前だから……十歳だった」
ということは、カイネは十三歳、今のアイネの年齢だ。ヴォルグが幾つなのかは知らないが、カイネよりは上に見える。とすると、まあ身体としてはもう十分大人に近付いてきていたに違いない。そしてしょっちゅう遊びに来ていたというティアンの発言から導き出される答えは、ただ一つ。
カイネ目当てにこの家に入り浸りになっていたヴォルグを見て、ティアンはカイネとティアンが仲がいいと勘違いした。そして、可愛いカイネと仲がいい青年ならば、アイネを任せても問題ないと思ったのではないか。そこで開かれた長老会で提案されたヴォルグとアイネの縁談話を承諾してしまった。
だが、ヴォルグなんか絶対嫌、というアイネの発言から想像するに、アイネはヴォルグの執着がカイネに向けられていることは分かっていたのではないか。だけど、この父親はその辺りをちっとも理解していない。このままでは逃げられない。そこで協力してくれそうな外部の魔族に相談を持ちかけた。
つまり、ヴォルグが信じている通りにことを進めると、非常に拙いことにならないか。
ヒースの顔色が変わったのを見て、カイネが眉を潜めた。
次回は書けたら投稿します。明日目指します!




