共同戦線
シーゼルの話は、簡単には信じがたいものだった。でもシーゼルなら有り得そうだと思えるのがこの人の凄いところだ。それにしても、竜人に惚れられ男だと分かっても逃してもらうなど、とんでもない事実なのではないか。
「そのことを、ヨハンは知ってる?」
シーゼルは元いた位置に戻り再び壁に寄りかかると、首を横に振った。
「隊長は、僕がそういうことをするのを嫌がってたから。だから言えなかった。嫌われたくなかったからね」
「よく言わないで納得してくれたね」
蒼鉱石の剣をいきなり持っていたら、いくらヨハンだって驚いたんじゃないだろうか。すると、シーゼルが説明をしてくれた。
「あの頃は、子供だからって前線から外されてたから、隊長にもなかなか会えなかったんだよ。だから功績を挙げれば隊長の元にいけると思って、切って切って切りまくってたし。その内の一つだって説明したら、もう後は何も聞かれなかったよ」
それを聞いたカイネが、耳をピクリと動かした。どこに反応したかは明確だった。そしてそれはシーゼルも同様だったらしい。シーゼルは馬鹿にした様に横目で座り込んでいるカイネを一瞥すると、冷笑した。
「仲間を切られた話をされると不快かい?」
「……楽しいことではないだろう」
カイネは、シーゼルを睨みつけながらボソリと答えた。すると、シーゼルはくすりと小さく笑った。明らかな嘲笑だった。
「あのさ、カイネって肝心なこと忘れてない?」
「肝心なこととは何だ」
「先に人間を襲って殺しまくったのは誰だって話だよ」
シーゼルの口調は、至って穏やかだった。だが、シーゼルが醸し出す雰囲気は、ちっとも穏やかではない。
「別に僕は元々人間の奴隷みたいなものだったから、どちらかというとお前達魔族に自由にしてもらった様なものだけどさ、自分達を被害者ヅラさせるのは違うんじゃない?」
「なっ」
「それにさ」
シーゼルの挑発は止まらなかった。
「お前、半分は人間だろ? その人間が殺されても良くて、魔族は殺されちゃいけないの? それってどんな理屈? 僕にも分かる様に説明してよ」
カイネは唇をきつく噛みしめると黙り込んでしまったが、それでもシーゼルを睨めつけるのは止めなかった。
「黙れ」
「お前がどっちの味方でも僕には関係ないけどさ」
シーゼルが肩を竦めつつ、言った。
「お前が信用してるヒースの親は、父親は魔族に殺されて母親は拐われたそうだよ」
カイネが、ばっとヒースを振り返った。本当か、とその目は聞いていた。何と答えればいいのだろうか。気にするな? いや、父親を殺されたのは一生忘れられない。流れる血。竜人の憐れむ様な目。母親の――
「そこまでにしろ」
低い声が、呑まれそうになっていたヒースの思考を止めた。ヒースはハッとなって顔を上げると、ザハリが苛々した表情でヒース達を睨みつけていた。
「お前ら何しに来たんだ? 喧嘩する為に来たんなら邪魔なだけだ。失せろ」
それはそうだ。ザハリの言う通りだ。折角ここまで辿り着いたのに、ここで仲間割れしてどうする。相手のことが気に食わなくとも、今は同じ目標に向かって手を組んでいる仲間といって等しい存在じゃないか。それを言っても詮無いことでぐちゃぐちゃと揉めてどうするんだ。
「シーゼル」
「……なに」
シーゼルがしかめ面になった。
「シーゼルの言いたいことは分かる。他に道が選べなかったのも、生き残る為には殺すことが必要だったのも分かるし、俺の親のことだって、俺の為に言ってくれてるのは分かってるよ」
「……ふん」
「カイネ」
ヒースは、今度はカイネを見た。
「……ああ」
「カイネは仲間を大切にしたいんだよね、それはもうよく知ってるよ。誰も死なせたくない、だからシーゼルが魔族を殺したって話を聞いたら面白くないのも分かる」
「……うん」
「だけど」
ヒースの行動の基準となるもの。それを言えば、二人共、とりあえず今だけでも手を取り合うことが出来るんじゃないか。
「二人共、優先順位の一番上にあるのって何だよ」
シーゼルが即答した。
「隊長」
ヒースがカイネを見ると、カイネも不貞腐れながらも答えた。
「家族だ。家族と、仲間」
「じゃあ二人共、はっきりしてるじゃないか。今ここで争ってお互いを罵り合って、それが守れると思う?」
ヒースがそこまで言うと、シーゼルはそっぽを向いてしまった。カイネは考え込むように地面の一点を見つめてしまっている。
「……ははっ」
ザハリが、笑った。ヒースがザハリを振り向くと、可笑しそうに笑っている。その少し押さえた様な笑い方がやはりハンに似ているな、と思った。
「族長の息子と大の大人がよ、子供に諭されてんじゃねえよ」
ザハリはそう言うと、ヒースの前まで歩いて来て、ヒースを見下ろした。
「カイネが信用して連れてくる訳だ」
「カイネは俺のことを話したのか?」
「ああ」
ザハリはヒースに顔を近づけると、暫く不躾にじろじろと眺めた。そして口角をにかっと上げるとヒースの肩をぽんと叩いた。
「ま、合格かな」
「――ありがとう」
それを見て、カイネがふらっと立ち上がった。シーゼルの方に歩いて行っている。シーゼルはいつものあの冷たい目でカイネの様子をただ見ているだけだったが、ぎょっとした様に急に目を見開いた。
「ちょっと」
カイネが、シーゼルの前に行き頭を下げていた。
「頼む、協力して欲しい。僕の目的の為に。……もうシーゼルと争いたくはない」
シーゼルは、明らかに戸惑っていた。日頃は、強気に出れば周りの人間はシーゼルに従うのだろう。歯向かう者は従わせる。それがシーゼル流なのはヒースにももう分かっていた。だけど、あくまで対等な立場を保とうとし、更に協力を得る為に頭を下げられるなど、シーゼルは想像もしていなかったのだろう。なんせ相手は獣人族の族長の息子だ。たとえ彼が人間との混血であろうとも。
すると、ザハリがからかうように声を掛けた。
「おい銀髪の兄ちゃんよ、子供に頭を下げられて、あんたはそれを突っぱねるのか?」
「……!」
シーゼルは迷っている風だった。苛つきながらも、この状況は冷静に判断出来ている。感情と理屈と、それを同時に考えられるのがシーゼルだから。
そして、プライドの高いシーゼルが、肩の力をふ、と抜いたのが分かった。
「族長の息子が、簡単に人間に頭を下げてるんじゃないよ」
「それは協力してくれるということか?」
「ここで僕が嫌だって言ったら、僕がただの我儘な人になっちゃうじゃないか」
普段は我儘を押し通す人が、そう言った。カイネが、少しだけ頭を上げた。上目遣いでシーゼルを見上げている。
シーゼルが吐き捨てる様に言った。
「その可愛い顔! それが腹立つだけだから!」
「顔? 何故顔がお前に関係ある」
「だーかーら! 隊長は元は女好きなの! カイネみたいな女顔が近付いたら、僕の立場が弱くなるじゃないか!」
カイネの顔が、ひく、と引き攣った。
「シーゼル、まさかそれで今までこれだけ突っかかってきていたのか……?」
「他に何があるよ」
ふん、とシーゼルが再びそっぽを向く。
「獣人だとかは、関係なく?」
「僕さ、一応竜人もたらし込める人間なんだよね」
「あ、ああ?」
シーゼルが、はあ、と大袈裟な溜息をついた。
「たらし込む時って、思い込むんだよ。僕の場合だけど」
「……何をだ?」
「僕はこいつに好意を持っている、て」
カイネは驚いた顔でシーゼルを見た。
「その時は種族なんて関係ないし」
そしてシーゼルは、手を差し出した。
「だから一応、共同戦線」
「……頼もしいな」
カイネとシーゼルが、ぎこちない握手を交わした。
次話は月曜日に投稿予定です。




