森の中の集落
森の中を更に進むと、次第に下に傾斜していっているのが分かった。
「もうすぐだぞ、ヒース」
カイネが振り返ってそう言った途端、ヴォルグの腕が伸びてきて、カイネの肩を掴み手繰り寄せた。瞬時に、カイネの背中が強張るのがヒースにも分かった。
「余計な口は利くな」
脅すような口調でそう言うと、ヴォルグはカイネを強引に引っ張って行ってしまった。
「離せ!」
カイネは精一杯手で押し返そうと抵抗しているが、ヴォルグはびくともしない。
ヴォルグは大男と言っても過言ではなく、筋肉隆々だ。背後から見比べても、まるで大人と子供にしか見えない。これだけ体格差があったら、勝つのは余程他のことに優れていなければ無理そうだった。
だがそんなヴォルグも、シーゼルの動きは追えていなかった。ヒースは隣を無表情で歩くシーゼルをちらりと見る。すると、視線に気付いたシーゼルがにっこりと柔和な笑顔を見せた。
この笑顔だけ見せられた人は、この人がかなりの手練れで、相手を殺すことを一切躊躇しない、我儘放題の自分大好きな人だとは思わないだろう。
「なあにヒース。僕の魅力にようやく気が付いた?」
こういう人だということも、もしかしたら隊員達もどれだけの者が知っているのか疑わしい。
「シーゼルもさ、俺に接する位隊員の人達に愛想よくしたらいいのに」
「愛想よくして僕に何の利益があるの」
「いやさ、人間関係を円滑にするのって結構大事だと思うよ」
ヒースは身を持って知っている。生意気過ぎる奴は叩かれ弾かれる。でもまあシーゼル位強ければ、叩かれも弾かれもしないのだろうが。
「ヒースさ、会った時から思ってたんだけど、君って本当警戒心ないよね」
「そんなことないよ」
「じゃあ警戒心を解くのが早いんだ」
「この人やばそうだなって人にはそもそも近付かないよ」
「そうなの? 意外」
「だから悪いけど、隊員の人達の中の二人位は、あまり近寄りたくないかな」
「……成程ね。しっかり見てるってことか」
ヨハンとシーゼルを除き、ヨハン隊の隊員は八名。その内一番若い片玉のネビルは、あれは馬鹿そうで歯止めが効かない性格なだけで、多分そこまで悪意のある人間じゃない。特攻隊に引っ張られてくる位の人達だ、一癖二癖あるのは分かっていたが、ここで行なわれているのは戦闘だ。その境界線を跨いで行け、そこの水が思ったよりも彼らに合っていた、それだけなのだろうと思えた。
だが、二人、あまり関わり合いになりたくない雰囲気の隊員がいたのだ。
基本、こちらに無関心。だが愛想は悪くなく、ヨハンとも仲良さそうに会話している。だが、カイネを見た瞬間にその欲望が顔に出たのが二人いたのだ。シーゼルと並んで食事をしていた時に、ヒースが狙われない様に見張っていたと言われた時にヒースから視線をさっと逸らした男らだった。
あれは何の欲望だったか、そこまでは分からない。カイネの女顔に反応したのか、それとも獣人の姿に反応したのか、それも分からない。だが、あの場にあの男らとカイネしかいなかったら、確実に何かが起きていた。そう思える位には、あからさまに悪意が滲み出ていた。
シーゼルがふふ、と笑う。
「僕と違って良心とかないからね、あいつら」
シーゼルに良心があるのかどうかは正直不明だったが、シーゼルに悪意はないのは確かだ。シーゼルにあるのは善悪ではなく、いるかいらないか。それだけだ。
「そんなのによく愛想振り撒けって言えたよね、ヒース」
それは確かにそうかもしれない。でも、シーゼルの味方が同じ隊の中に増えたらいいのにな、と思ったのだ。それ位、ヨハンといない時のシーゼルは孤独そうだったから。
「中にはいい人もいそうだよって話だよ」
ヴォルグと、ヴォルグに引っ張られているカイネの足が止まった。集落に着いたのか。
「まあねえ。でも対応は分けられないし。それこそ不公平で不平不満が出てくるからね。だから僕は厳しい方に全部合わせたんだ」
「そこで厳しい方にまとめちゃう辺りがシーゼルだよね」
「それって褒めてる?」
「うん、まあ」
そう言っておけば無難だろう。カイネとシーゼルがヴォルグとカイネに追いつくと、ヴォルグがようやくカイネを解放した。カイネはキッとヴォルグを睨み付けていたが、ヴォルグは気にも止めていない。
「俺の後ろに大人しく着いて来い。余計な真似はするな、分かったな」
ヒースとシーゼルをぎろりと睨んだヴォルグが、ヒースが頷くのを確認すると、ふい、と前に向き直り再び歩き出した。
「シーゼル、大人しくね」
「あいつと同じことを言わないでくれる?」
シーゼルは心外そうに言ったが、どう考えてもヴォルグのあれはシーゼルに向かって言っている。
ヒース達が歩を進めると、これまで鬱蒼と生い茂っていた森が前方のみ急に開けた。傾斜となっている窪地には、木で作られた家が点在している。どれも地面より一段上がっているのは、何か理由があるのだろうか。人間の集落にある物とは違い、どれも平屋造りだった。
家屋らしき建物は、森の中に出来た広い通路に沿って建てられており、建物に挟まれた道には土と丸太で出来た階段がある。これが延々と下まで続いていた。かなり大きな集落の様だったか、成程、こうして森の中に木と同化して建物が建てられているから、それでヒースが先程までいた崖上からも、ハンと空を飛んできた時も、集落をはっきりと確認することが出来なかったのだ。
集落の入り口には、見張りだろう、槍を持った屈強そうな獣人が二人詰めていた。こちらを見て、姿勢を正す。
「ヴォルグ様! カイネ様!」
ヴォルグはその二人を手で制す。見張りの男らが、ハッとしてヒースとシーゼルを見た。
「人間ではないですか!」
「その者達を村に入れるというのですか!?」
男らが詰め寄るのは、ヴォルグにだ。族長の息子カイネにではなく。ここでも力関係ははっきりとしている。先頭を行くヴォルグが一番、その後に従うのがカイネ。そして男らが二人を呼んだ順にも、それは現れていた。
つまり、ヴォルグの立場は集落の中でも確立されており、それはカイネよりも上にあるのだ。それは、兵士と思われる男達だけに共通するのか、それとも何人いるかは分からないが多少はいると思われる女性にとっても共通認識なのか。いずれにせよ、やはり血よりも強さが基準になっている様だ。
「あれは鍛冶屋だ。手を出すなよ」
「え!? 二人共ですか!?」
「金髪の方だけだ。銀髪の方は護衛だとさ。あっちには間違っても手を出すなよ。お前らでは勝てん」
「ヴォルグ様!? いくらなんでも人間に負けるなどとお思いですか!?」
男らは、ヴォルグの言葉にカチンときたらしい。集団の中でカイネよりも上と見做されているヴォルグに意見を言える程度には、ヴォルグは人心掌握をしているということなのか。
「負ける。あいつは強い。分かったらどけ」
「は……はい!」
ヴォルグは、男らの間を手で割り入り階段を降りて行った。男らはピッと敬礼をしてみせたが、対象はヴォルグだ。カイネが前を通り過ぎる時は、敬礼を止めてしまっている。
カイネの後に続きヒースが男らの間を通る。鍛冶屋と言われたからか、そこまでの敵意は感じない。だが、後ろに続くシーゼルが、ヒースにすら分かる程の殺気を放った。男らが、一歩退く。
それを確認したシーゼルは、ふふ、と笑いつつ殺気を引っ込めると、ヒースの隣に並んだ。
「僕強いって」
「凄いね」
「でしょ?」
凄い。それを本人の前で、自分の味方に対し言い切ってしまう程のヴォルグの度量が凄かった。
次話は挿絵が描けたら投稿します。




