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獣人族

 支度を終えたヒースとシーゼルは、一昨日の晩に(くだ)った、谷を降りる崖っぷちの前でヨハン隊に向かって手を振った。シーゼルはこれはヨハンに向けて手を振っているのだろう。ヒースがハンとクリフに向かって手を振っているのと同様に。


「では行くぞ」


 カイネが先頭に立ち、言った。


「万が一僕の仲間に会った時は、戦う素振りを見せるな。特に銀髪のお前」


 カイネが大きい目を極力細め、シーゼルに言った。


「僕、お前じゃないんだけど」

「お前には名乗られていない」

「面倒臭い獣人だね」

「何を!」

「おや、やる?」


 二人が向き合っていきなり剣の柄に手を掛けたのを見て、ヒースは咄嗟に二人の前に腕を広げて立ち塞がった。


「駄目だってば! 仲良くやる約束でしょ!?」


挿絵(By みてみん)


 すると二人がヒースにそれぞれ訴え始めた。


「そもそも何故こいつが来るんだ! あの黒髪の男の方が穏やかでいいだろうに!」


 と、カイネ。


「この獣人、細かいし面倒臭いんだけど。腕の一本でも切って連れてった方が大人しくなっていいかもしれないよ、ヒース」


 と、こちらはシーゼル。恐ろしく物騒なことを言っている。


「いや! 駄目だから!」


 そしてとりあえず今言いつけを守れていないのはシーゼルの方である。よって、ヒースはシーゼルの説得から先に始めることにした。


「シーゼル、まずはちゃんと名乗って。自己紹介。はい」

「え? 僕から? 何で僕から?」


 シーゼルは不満たらたらだ。協調性の欠片もない。やはりこの人選は明らかに間違っているに違いない。ヒースは内心泣きたくなった。勿論そんな表情は一切外には出さないが。


「シーゼル、大人しく出来ないなら戻って」


 その代わり、多分まだ有効になっている一晩をヨハンと共に過ごす件はなしとなるかもしれない。まあ恋人同士になったのだから、後日別途あるにはあるだろうが。


 シーゼルがぶすっとした表情のまま、カイネに向き直った。


「……僕はシーゼルだ。まあ名前は何度も聞いてると思うけど。お前も名乗れよ」


 すると、カイネも可愛い顔の眉間に思い切り皺を寄せつつ名乗り始めた。


「……カイネだ」

「はい、じゃあ次はシーゼル。カイネの言うことはきちんと聞ける?」

「子供じゃないんだから、聞くよ」


 シーゼルが機嫌の悪そうな顔をして言ったが、さっき真っ先に喧嘩を売ったのはこの人だ。カイネが呆れた様にヒースとシーゼルを見ていたが、改めて言い直すことにしたらしい。


「ヒースには敵意がないのはすぐに分かるから、恐らく問題はない。お前からは殺気がプンプンしている、だから言っているんだ」

「殺気ねえ」


 シーゼルが口を尖らせながら、首を傾げた。この人、もしや無自覚なんだろうか。ヒースといる時はあんなに優しいのに。


 だが隊員達が恐れているのならば、常日頃無意識に殺気を放っているのがシーゼルなのかもしれなかった。普段がそうなのであれば、確かに首を傾げてしまうのも分からなくもない。


 なので、ヒースは考えた。何かないか、何か。


 そして思いついた。


「シーゼル、とりあえずいつもヨハンとのキスのことを考えてみたらいいんじゃないかな?」

「隊長とのキス?」

「髪の毛貰ったんでしょ? そうしたらそれを見て思い出せば心も安らぐんじゃない?」

「ずっと隊長とのキスを思い出しながらこの先過ごすの?」

「出来ない?」

「出来なくはないと思うけど、興奮して落ち着かないかも」


 成程、その可能性はあるのか。ヒースはうーんと唸って他に妙案がないか考えてみたが、思いつかない。


「でもまあ、やってみようかな」

「うん、とりあえず試しに」


 ヒースとシーゼルのやり取りを黙って聞いていたカイネは、話が終わったのを見ると、背中を向けて崖を再び(くだ)り始めた。


 ぴょん、とそこそこな高さの段差を軽々と降りていく。それはシーゼルも同様で、ただ一人ヒースだけがもたもたしてしまい、二人の足を引っ張っていることに気付いたヒースは、自分も飛んでみたらどうかな、と考えてみるが、失敗して足を折る想像しか出来ない。


 暫く無言で降りていたが、どんどん距離は広がるばかりだ。すると、カイネがぴょん、とヒースの元に飛んできた。


「これでは日が暮れてしまう。乗れ」


 そう言うと、背中を見せた。遠くでシーゼルがくすっと笑っているのに気付いたが、でもだからと言ってどうしようもないことも分かっている。ヒースは大人しくカイネの好意に甘えることにした。


「ごめん、もう少し身軽だったらよかったんだけど」


 筋力はあるが、瞬発力や身軽さからは縁遠いヒースである。鍛冶屋になってからは更に筋肉が付き身体も重くなった気がしていたので余計だ。


「気にするな。逆にシーゼルが何故あそこまで動けるのかの方が僕には謎だ」

「蒼鉱石の剣のお陰だって言ってたよ」

「それだけではああはならないのではないか? 恐らく本人の持っている資質の方が大きいのだろうな」

「いいな、その資質」


 カイネにおぶさると、カイネの手がぎゅっとヒースの足を掴んだ。ふ、とカイネが笑う。


「ヒースにはヒースにしかない資質があるだろう。お前はあまり分かっていない様だが」

「何のこと?」

「お前は獣人の僕にすら信用される人間だということだ。自信を持て」

「自信ねえ」


 そこまでの自信は、正直言ってない。いつも割と行き当たりばったりだし、皆に馬鹿とか阿呆とか言われるし、ニアにもどうも子供扱いされている様だし。


「格好いい何かが欲しい……」


 心からの願いが口から飛び出た。それを聞いて、カイネが跳躍しながらブハッと吹いた。あっという間にシーゼルがいる場所に追いつく。


「ヒースは格好いいぞ、安心しろ!」

「そう? どの辺が?」


 背中におぶさった状態で格好いいと言われても、説得力がないことこの上ない。どんどん先に行くカイネを見て、シーゼルも一気に走り出した。軽やかに飛び跳ねる様は、子鹿を見ているかの様だ。そしてえらく早い。俊足は、練習すれば得られるものなんだろうか。


「お前は、知らないものを怖いと思うか?」


 カイネが、急に難しそうなことを聞いてきた。知らないもの。何だろうか。


「どんなこと?」

「何でもだ! この先どうなるんだろうとか、僕達獣人族の集落に行くことだってそうだ。怖くはないのか?」


 ヒースはカイネの背中にしがみつきながら、考えてみた。この先のこと。何となくふわっとしか考えていない。


 そもそもが奴隷だった所為か、あまり将来のことについて考えるということをしてこなかったヒースである。自分で手繰り寄せる未来を想像する必要性がなかったその暮らしから一変、今は自分で取捨選択していい人生を歩み始めたばかりだ。


 それが怖いか? いいや、怖くはない。これが自由ということなんだ、と実感し、それをわくわく楽しんでいる状態だ。獣人だって、カイネがいるしちっとも怖いと思わない。


 だが、あれはちょっと知ることが怖いかもしれない。禁断の果実についてだ。ニアのそれの柔らかさについては大体把握しているが、かといってそれを直接この手に掴んだ訳ではない。それをいつか掴んで、その時に思っていたのと違ったら? ちょっと足りない位なら、ニアに魔力をいっぱい蓄えてもらって大きくなってもらえばいいが、思ったよりも凄くて、片時も離せなくなってしまったらどうしよう。


 そういう恐怖はあった。でも多分、今カイネが言っているのはそういうことじゃない気がする。これはきっと、先程ハンが言ってたことと同じことの様な気がする。


 母のことは正直恐怖であったが、あれは過去のことであり未来のことではないし、無理に知る必要もないだろう。


 従って、ヒースはこう結論付けた。


「ない!」


 すると、ははは! とカイネが実に愉快そうに笑ったのだった。

次話は明日投稿予定です。

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