この世界では合同クエスト達成コンパを合コンといいます。
考えてもみてほしい。
ネガティブで、コミュニケーション能力低くて、ついでに笑うと歯茎まで出てしまう私が、異性と付き合えるわけがない。
だから目の前にいるこの男は、きっと詐欺でも働こうとしているのだ。
「好きです、俺と付き合ってください」
いいだろう、その誘いに乗ってやろう。
絶対に騙されない私と恋人ごっこを演じて、三人、いや四人くらい騙すのに使えた時間を無駄にしたと嘆くがいい。
「いいですよ」
私は合同クエスト達成コンパ、いわゆる『合コン』で知り合った男と、この日恋人になった。
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そして数日後、デートに誘われて今に至る。
「新しい杖を買いに行きたいんだけど、今度の休息日空いてる?」
「いいですよ、私も新しい剣買いたいので」
そらきた、私に貢がせようって魂胆だろう。
若者に人気のルテイシアタウンで、一番女子受けが良いと話題のカフェに誘って何を言い出すかと思いきや、茶の一杯だけで防具を要求するとは、とんだ悪党だな。
逆に高い剣を買わせて、ひいひい言わせてやろう。
「ここのポーションティー、回復力も凄いけどリラックス効果もあるんだって」
「そうですか」
なるほど、リラックスさせて財布の紐をゆるめようというわけか。
いや、もしくはこのお茶に含まれる利尿作用で、私がトイレに立つことを期待しているのか。
残念だったな。
今日の私の財布はミミック、しかもレベル92でスピードアタックの特性つきだ。
この男が本性を現し、鞄を漁ったが最後、ミミック財布が回復魔法を唱える暇もなく噛みついてくることだろう。
だがすぐに暴いてしまうのも面白くないし、このお茶を飲み切ってからでも良いだろう。
「あ、右手に噛み傷があるじゃない!」
「昨日欲しいアイテムを探しにダンジョンに入って、少し下手を打ちました」
財布ミミックを捕まえる際に噛まれた、とは死んでも言うまい。
「ポーションティーの効果でじきに消えるだろうけど、痛々しいから治しちゃっていい?」
「いいですよ」
白々しいったらありゃしない。
大方、怪我をしている女の子を見過ごせない俺ってば超絶イケメン、などと自己陶酔しているのだろう。
小さな傷ごときに最上級回復魔法なぞ見せつけるあたり、見た目は大人しい優男と見せかけて、その実相当な見栄っ張りとみた。
「ヒーラーを連れていかなかったの?」
「一人のほうが気楽に戦えるので」
支援魔法に長けているかわりに、防御が紙っぺらな奴を連れていってどうする。
回復を期待してガンガン戦っていたら、いつの間にか後方でヒーラーが倒されて、自分もあれよあれよと攻撃を受けて始まりの教会行き、なんて間抜けを晒すくらいなら、一人で戦って倒れたほうがマシというものだ。
決して、断じて、まったく、ぼっちというものではない。
「やさしいね」
「はい?」
「仲間の無事が気になって戦えない、だったら自分が傷つくほうがいいってことでしょ?」
そう解釈してくるか、表向きは。
腹のうちでは、コイツぼっちのくせに強がってやがる、とか思いながら笑い転げているだろうに。
おや、自分のステータス画面を見せてきたぞ。
「俺は君と同じレベル98で、今装備している防具も悪くない質だと思う」
「はあ」
「回復だけじゃなく、色々なバフも同時にかけられる」
「つまり?」
「その、これから二人で、君の欲しいアイテムを取りに行かない?」
自然な流れで装備や能力自慢してきたかと思ったら、はい来ました。
私は地味な顔をしているが、胸については人より豊満なほうだ。
ダンジョンに連れ込み、人気のないところへ誘導し、麻痺薬で動きを封じ、己の欲望の限りを尽くし、身ぐるみを剥がし、さらに私を置き去りにした挙句、モンスターを呼び寄せて証拠隠滅を図るつもりだろう。
お前の考えていることはエブリシングお見通しだ。
「どう、かな?」
さっきからそわそわしているな。
どんなプレイを試すか妄想して、興奮が抑えられないのだろう。
待てよ、もしかして、私がカモ第一号なのだろうか。
歴戦の詐欺師なら、こんな挙動不審を起こせば相手に怪しまれることぐらい分かるはずだ。
初心者でも詐欺れそうなカモとしてロックオンされていたとは、なんたる屈辱。
はっきりと断って、危険を回避せねば。
「いえ、欲しいアイテムは取れたので、もう行く必要はありません」
「そっか・・・・・・」
あっさりカモにできると思っていた期待が外れて、少々落ち込んでいるようだ。
今夜はお気に入りのエールを購入して、うまく危機を躱せた自分を褒めたたえてやろう。
「あっ!」
「あ?」
しまった、油断した。
わざとカップを倒し、私の衣類を汚してくるとはまるで計算外。
攻撃魔法を跳ね返す素材にはしていたが、まさか耐水性ではないことを瞬時に見抜くとは、この男なかなかに侮りがたい。
濃い赤色でとろみのあるポーションティーの染みは、魔法を使っても取れないとされている。
焦ったふりも、私でなければ鵜呑みにするところだろう。
「ごめん、弁償するから今から新しいのを買いに行こう!」
「安物ですし、気にしないでください」
「そんな、その白いワンピースとても似合っていたのに・・・・・・やっぱり買いに行こう!」
「いや本当に安物なので」
正直全属性攻撃に対応できるよう最上級品にしたから、稼ぎのいいクエストをいつもの倍受けないと生活が厳しい。
けれど、この男の次の手はこうだ。
いち、知り合いがやっているという服飾店へ連れ込む。
にい、実は服飾店ではなく、いかがわしいお店。
さん、私をそこに売り、大金を手に入れる。
なんと恐ろしい男だ。
恐ろしすぎて目を合わせることもできない。
これは一度宿屋に撤退して、しばらく相手の出方を見つつ対策を練ろう。
「今日のところは帰ります」
「ま、待って!」
手を掴んでまで帰るのを止めたということは、なるほど読めたぞ。
ちょうどいいカモを連れてこいというギルドボスからの指示で動いていると見た。
悪の親玉を叩いて巣窟を一掃し、ギルドマスターに報告して褒賞を貰うのも悪くない。
「わかりました、服の弁償をしてもらいましょう」
「うん、ごめんね」
汚れていてもワンピースの効果はあるが、念のため手首と足首に装着しているパワー強化ブレスを発動させておこう。
装備者以外には見えない優れものだが、強制的にパワーがみなぎる感覚は顔をしかめずにはいられない。
だが全ては己の身を守るため。
ぐっと堪えるんだ、私。
「怒ってる?」
「・・・・・・」
「安ものって言ってたけど、それ教会近くの店のブランド品だよね」
「・・・・・・」
「すごくお気に入り、だった?」
「・・・・・・」
「本当に、ごめんね」
「・・・・・・」
何か言っている気がするが、このぞわぞわとした気持ち悪さのせいで頭に入ってこない。
ワンピースにお金を使った分、こっちをケチって安物にしたのがいけなかったか。
残念だがパワー強化ブレスの発動は停止して、敵のアジトや人数を掴んだら転移アイテムで即離脱し、ギルドマスターに協力を仰ぐ方向に変更しよう。
手元に入る褒賞が少なくなるのは、命に比べれば致し方ないことだ。
「はい、好きな服を選んでいいから」
待て、おかしいぞ、奴はさっきまでカウンターで会計をしていたはずだ。
いつの間に汚されたワンピースの販売店に到着している。
転移アイテムを出した素振りも、転移魔法の詠唱をした様子もなかった。
しいていえば、景色が変わる寸前に人差し指を一振りしていたぐらいか。
まさか、無詠唱転移を行えるというのか。
あれは王宮魔術師でも会得が難しいとされる超級魔法。
今思えば、治癒魔法の時も無詠唱だった。
無詠唱転移が使えれば、全属性の超級魔法が扱えると聞く。
たとえレベルが同じでも、無詠唱で超級魔法が使えるのでは、どんな剣技も通用しない。
すでに先制を取られているようなものだ。
離脱したいところだが、転移アイテムを出すタイミングを誤れば、あっという間にボスに献上され、口封じのために屠られる。
慎重に、見極めなければ。
「すみません、この服と同じものってありますか?」
「お客様申し訳ございませぇん。そちらの商品は数量限定でしてぇ、もう同じものは取り扱っていないんですよぉ」
「じゃあ、これと同等かもしくはこれ以上で、彼女・・・・・・に似合うものを」
「かしこまりましたぁ」
なんだ、この店員やけに人をじろじろ見てくるな。
ニヤニヤしているのも気味が悪い。
ワンピースを買ったのは隣町の同じ店だが、これほど店員が見てくることはなかった。
「まさか」
とんでもないことに気づいてしまった。
もはやこの店は、とっくの昔にコイツらのギルド支配下に落ちている。
カフェで女店員が頼んでもいないプリンを持ってきた時に気づくべきだった。
彼女は『街をあげてあなた方を応援しています』『これは当店からのほんのお気持ちです』と言っていたがあれは『きっちりカモを連れてこい』というボスからの伝言。
店だけじゃなく、ルテイシアタウン全体が悪徳ギルドの手中にあるとすればどうだ。
若者に人気の街というのは、ギルドの手下が触れ回った幻想。
勝敗は、この街に入った瞬間から決していた。
「ではお客様ぁ、試着室でこちらですぅ」
しめた、試着室なら転移アイテムを使える。
こんなこともあろうかと、とっておきの長距離転移アイテムを用意しておいたのだ。
隣町に飛ぶのではすぐに追いつかれてしまうかもしれないから、なるべく遠くへ転移しよう。
「お手荷物の中に転移アイテムがありましたらぁ、商品持ち逃げ防止のためこちらで一度お預かりさせてくださぁい」
完全に先を読まれた。
どうあっても逃がすつもりはないようだ。
この衣装も一見おしゃれでありながら剣士が使いやすそうな特性てんこもりのグッドアイテムに見えるが、おそらく拘束アイテムの一種。
着たら最後、死ぬまで身の自由を奪われ続けるに違いない。
「あれ、お客様ぁ、着方がわかりませんかぁ? お手伝いいたしますねぇ」
「や、やめろ!私に触るな!やめ・・・・・・ああああああ」
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のちに女剣士はこの衣装を日常でもダンジョンでも重宝することとなる。
なお、男が勇者ギルドの高位魔術師で、合同クエストで自分をトラップから颯爽と救ってくれた女剣士が、飲み会席ではふにゃふにゃに酔っている姿にギャップに惚れた事実に女剣士が気付くのは、この二年後のことである。
読んでくださってありがとうございます。
調子よければ男魔術師のギルドメンバーに女剣士を紹介する話とかやりたい。




