「デルタ」
迎えたはずの結婚式は、夢に終わった。
病院のベッドで目を覚まし、「事故で意識不明だった」と言われた。
そうか、恋人とのいちゃいちゃで車の運転を誤って・・・
そうぼやいた俺に、看護師も医者も怪訝そうにした。
様子を見てみましょう、と言うことになってしばらく退院できない。
少し聞きたいことがある、と、看護師が回覧板みたいなやつにメモしている。
その板って、回覧板のやつと同じなのか、と聞くと、やはり怪訝そう。
なんなのか。
質問されるのは極日常的なもの。
俺が記憶喪失を起こしている部分があるかもしれない可能なんだろうか。
祖母は軽石みたいなクッキーを焼いてくれるひとで、
祖父は無口で威厳のある祖母の”可愛らしいひと”で、
父は祖父のギターを受け継いで日曜には庭先でギターをつま弾き、
善き母は読書をしている俺も含めて、家族に美味しいごはんを作ってくれる。
そんな話を聞き出して、なにになるって言うのだろう?
・・・後日。
医者から、しばらくの間、精神科の棟に移ってもらう、と告知された。
これは君を護るためである、と。
どういうことなのか事情を聞くと、さすがに驚いた。
「君は生まれてまもなくからこの病院にいて、理由はご両親が自殺したからだった。そしてそれを君が知っているはずがない。君は生まれてから十日目あたりでご両親の無理心中から奇跡的に救われ出して、家がお金持ちだったから延命処置を受けていた。そして君が目覚めたあと、通常の状態で喋れるはずがないことを言っておこう。生後十日目から、もう二十二年経っている。君が一時的にも目をさましたことは一度もない・・・」
じゃあ、この記憶はなんなんだ・・・?
そうつぶやいた俺に、医者が静かに言った。
「もしかすると、ここは君の親戚が経営していた病院だから、なにか・・・夢、みたいなものを・・・託されたのかもしれない・・・」
ざっくりした話によると、なにかがあって子供の数が激減していた、らしい。
車の運転中に事故にあったはずの俺・・・
隣には結婚を約束した彼女・・・
その存在が実在するのか調べてみた。
すると医者いわく『夢』の中にいた人物たちは
存在しているらしい。
全員が、意識不明者で、そして俺と同じような時間に目覚めて、
別口で俺のことらしき人物を語った、と言う。
延命処置機になんらかの仕掛けがしてあったらしいけど、
現代のものではなく、
その仕掛けは信じがたいが、雪解けのように無くなり煙のように消えたと言う。
わずかな光の粒がぼんやりと輝いて、
そしてそれは意識不明者たちの監視カメラ担当複数人に見えていたが、
証拠となるはずのその時間、光の粒は録画に映っていなかった、と言う。
俺は実在するその意識を取り戻したひとたちに、会ってみたいと思った。
なので『恋人』のために、
欲しがっていた深紅の薔薇の花束を
注文した。




