ジャックの気まぐれ
その日にしか開かない重厚な扉の中は暗闇の空間。そこから、手さげカゴに溢れそうな量のキャンディを持ち帰って来た美少女シータはご機嫌だった。スッキップのように軽やかにカインロードを帰宅予定。
「はぁ~・・・イタズラ最高!飴ちゃんいっぱい!」
黒革できめた上下に、魔女の三角帽、縞模様のニーハイソックス、編み上げブーツ。若々しく瑞々しいその体の線は、きっと女子から見ても魅力的だ。
シータがふと気に留めたのは、『迷いもの箱』。それは異世界から迷ってきた、カインロードに住む者なら誰でももらっていいものを入れる箱だ。そこに、赤いボタンの片目は外れそうで、所々ワタが飛び出している耳長ウサギのヌイグルミを見つける。
近くで見てみるとなんだか愛着がわいたので、持参の包帯と眼帯を耳長ウサギに与えてみた。帰宅するまでに変装した何人かの知り合いと合ったけど、皆が「雰囲気のあるアイテムだね」と耳長ウサギを褒めてくれたので、なんだか嬉しかった。
道は三方に別れる形になり、その分岐点に『ジャック』がいる。
「こんばんは、ジャック!良い夜ね!」
「ああ、まったくな!今年も最高のハロウィンになりそうだぜ!」
「魔力を秘めたヌイグルミを拾ったわ!」
「へぇ~、なかなか雰囲気あっていいじゃん?」
ジャックとは、『ジャック・オウ・ランターン』と言う、カボチャでできた怖い顔のことだ。今年は小ぶりなやつも側に置かれていて、ジャックの機嫌がいいらしい。
二丁目に差し掛かると、直前祭の食べ残しの『二丁目の魔女特性ケーキ』がある。二か月かけて作った渾身の不気味ケーキは、正直、二丁目のが一番危ない。ちなみにシータは、二丁目の魔女の娘だ。
家の前で焚火をしているローブを着たわし鼻の魔女は、シータの育ての親。二丁目の魔女のケーキが低評価だったので、イライラしているようだった。一緒にカインロードに来てみたはいいけど、立派な魔女になるための訓練が窮屈になってきたこのごろ。それでも育ててくれたひとだから、と、帰宅の挨拶をしようとした時だった。
「あの育ての娘、まさか逃げたんじゃないだろうね?もしや常世で知り合いにでも会ったんじゃあないだろうか・・・そしたら、誘拐したのがバレいまうかもしれないよう!」
驚きすぎてその場から動けなくなったシータに、耳長ウサギが言った。
「逃げるんだ。あなたは誘拐されて、証拠を隠蔽するために無理心中をさせられたんだ」
「えっ・・・」
「カインロードの管理人の家に行け!」
「おやぁ、シータ!帰ってたのかい。挨拶はないのかい?」
びくりとしたシータは、思わず魔力を秘めたヌイグルミを抱きしめた。そしてそれを見るやいなや、魔女はおそろしい形相でずんずんと近づいて来て、むんずとヌイグルミをシータから取り上げ観察すると、耳長ウサギを焚火の中に投げ捨てた。
「はしたない!」
「そんなっ・・・ママなんて大っ嫌い!」
シータは泣きべそをかきながら、元来た道を走り、分岐点のジャックに、管理人に会いに行く、と告げると、坂の上を走った。
「ジャーク!ジャーック!ジャック・オウ・ランターン、うちの娘はどこに行った?」
慌てて追いかけて来た魔女は、カボチャ頭のお化けにたずねた。
ジャックは「街並みに消えていったぜ」と一言。
魔女は急いでホウキにまたがり直し、街の中へと飛んで行く。
ジャックはその姿が急速に小さくなっていくのを見たあと、ぼやいた。
「俺って、どっちつかずの筈なのになぁ・・・」




