コーヒーとチョコレート
雨に濡れて、長いかみの毛が張り付いた顔は青白かった。
小刻みに震えているのは体温低下のせいで、ほおってはおけなかった。
彼女の名前はユナ。
家にあげて風呂をわかしてやって、彼女の服は乾燥機で廻っている。
洗濯乾燥機に入れていいのか分からないほど、ゴテゴテした服だ。
風呂から上がり湯気の立ったその脱衣所で、「きゃ」っと悲鳴を聞いた。
何なのかと思って様子を聞くと、怖い、と泣きべそをする彼女。
素足で家庭内害虫を踏んずけてしまったらしく「踏んでごめんさい」と泣いているが、
俺は彼女の裸体の曲線美と妙な重みを魅てしまった。
ユナは二十代前半の美女で、親の敷いたレールの上を歩む、俺の可愛い姪だ。
・・・家出をしてきたと言う。
何時代のものなのか分からない、木製に見えるトランクの荷物。
俺のことを「おじさま」と呼ぶ声は実に愛らしい。
小さい頃に比べたら女性だって声変わりはしますわ、とユナが前に言っていた。
「おじさま、パークにわたくしを戻しますの?」
リビングのローテーブルの側に座っていた俺に、顔を見せたよつんばいのユナ。
少しぎょっとするほど、胸の発育がいい。
一瞬、意味もわけも分からなくなりそうだった。
彼女は、国の主催する「移動遊園地」に売られた、整形美人。
その「世界」では、ゴテゴテした服や妙にひとなつっこい原動が当たり前らしい。
彼女が人口増加の問題で「魅られる」役割に選ばれたのは、抽選でだった。
両親は「どうにかなるって本当なのね」と、赤子だった彼女を売った。
記者をしている俺は、「もう男は経験はしたか」とユナに聞いてみた。
「はい。義務とイメージの関係で、何度か・・・交配相手とは合意の上です」
「パークの男の子?」
「はい。そうです」
「・・・そうか・・・パークの采配なのか?その、そういうこと」
「はい。そうです。人口増加の折り、仕方のないことです」
「・・・ん?」
「撮影をされるのが、なぜかどうしてもいやだったのです・・・」
「はぁ!?」
テーマパークに一生勤める役割。
それが夜の街に変わっている事実を掴んでしまった。
そして俺は記者として、ユナの半生を代筆してラジオやテレビに投稿した。
都会の街並みに、黒いスーツたちが俺の家にやって来た。
パークからの差し金らしい。
そして、その家は「空っぽ」だった。
黒いスーツたちが、俺の家を出ようとした頃。
警察が彼らを包囲している状態だった。
その小雨の日、ヘリコプターまで飛んだ騒動はメディアに取り上げられた。
パークの全容について、特集が組まれた。
そして「作り話じゃないのか」という反響に、ユナはむしろ歓迎された。
芸能人になったのだ。
ユナは歌と踊りを仕込まれた身の上。
そしてその愛嬌と過去から、すぐに歌手になった。
パークについて個人調査を指定された俺は、しばらく忙しかった。
そして数々の証言を俺だけが独占状態で聞けたのは、ユナのおじだからだ。
皆が、親を持たぬ孤児ばかり。
そしてメディアに聞かれたら、ただ人形のように黙っていまなさいと言われたらしい。
それを記事にしたら、売れに売れた。
そして俺自身が、日本にいると危険な状態になった。
今日、リゾート地としてなかなか有名な所へ移住する。
飛行機の中、テレビ画面に出ていたのは偶然にもユナの出演シーンだった。
楽しそうに歌って、踊っている。
可愛らしい、僕の妹分。
外国に届くほどの人気ではないらしい、ユナ・・・
・・・もう、みない。
もう俺は、ユナを、みないんだ。
みない。
みない。




