オペラ座の怪人、じゃないひと
「おぉ、歌の天使・・・お目覚めかい?」
マーメイドソファーに横になっていたのは、見目のいいまるで天使を思わせる女子。彼女は見た目もさることながら、天使のように可愛い声で言う。
「なに、ダディ?」
「ノンノン、例え関係を疑われても親子であることは伏せておく。そう言ったろうに」
片方の顔に仮面をつけているこの男は、少女の父親で、オペラ座のえらいひと。オペラ座の怪人は有名だろうが、彼はオペラ座の怪人じゃないひと、である。
「じゃあ妙に近寄ってきたりしたら、疑われるでしょうに」
「カテリーナ、父は離れ暮らしていた時期を・・・思い出すと・・・」
「ダディ、鼻水出てる」
胸ポケットのハンカチを払うように取り出し、涙をふいて鼻をかむ男は、落ち着き払ってハンカチをしめし言った。
「大量だ」
「パーパ!キモいのもほどほどにして!」
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裏方たちに日頃の労をねぎってワインを配るオペラ座の怪人じゃない男。もちろん裏方からも気遣いのできる者として好かれている。
「はぁ、なぁんていい天気の日だろう?善いことがしたくなるね。はっはっはっ」
「なんで動きがあんなにおおげさなんだろう?」
「ここの館長になる前に、馬車の事故で頭を打ったとか聞いたが、実はそれより前からあんな感じの個性らしい」
オペラ座の怪人じゃない男は、そこらにあった新品のハイヒールに酒をいれて飲んだ。
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控え室。
「今度の講演はファントムジオペラ!カテリーナの美しさが際立つだろうね!ヒロインは君だ」
「あのお話、きらい」
「好きなお話は?」
「この時期はクリスマスキャロル」
書類を投げ出し「それにしよう」と言い出す男。
「登場人物が少な過ぎる」
「街の住人が歌ったり、踊ったり!」
「それって素敵かも」
くしを取り出しうしろになでつけた男は、「だろう?」と声色をつかい格好をつけた。
「なんでママは、ダディと結婚したのか教えてくれないんだろう?ダディからなれそめを聞きたいわ」
「海で泳いでいたら彼女の釣竿にスーツがひっかかって、吊り上げられた。あの場面がなかったら私は、あいつらからほふられていた」
「ん?」
「ママに誘われるがままにだ。気づいたらお前ができていた」
「なんか・・・気分悪い」
「ブランデーでもいただくかい?」
「水でいいわ」
オペラ座の怪人じゃない男は、水差しからグラスに水をそそいで、カテリーナに渡した。
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ミュージカルになった「クリスマスキャロル」講演初日、2階の特等席で満席の客に男は言う。
「御来場のみーんなー!来てくれてありがとー」
ざわざわする会場。
男の側にいる白手袋の守衛が、「彼は館長です。どうかお気になさらず」と声を透す。
ミュージカル「クリスマスキャロル」がはじまり、「カテリーナ可愛い」とハンカチで涙をぬぐう。
そこに、手袋をした男性の片手が肩にかかった。
「やぁ、君か。素晴らしいミュージカルだろう?怪人よ」
黒い手袋をした何者かに、オペラ座の怪人じゃないひと、は、そう言った。




