砂漠の陽炎
夕暮れを迎えた漁村の桟橋に、ふたりぶんの人影。
一方は男子で、一方は恋人の女子。
感傷的な気分で潮風を感じている時に、風に混じって歌が聞こえた。
少年的な甘い声に、弦楽器の音がまぐわっている。
少しその様子を聞いていた漁村の方の男子が、「誰なんだ?」とぼやいた。
「ん?誰だ?」
歌声の持ち主が歌と奏を止めて、応えた。
「どういう意味?」と漁村の女子の方。
「聞こえてたのか?」
「多分・・・歌が聞こえてた」
「何者だ?何が起こっている?」と歌声の持ち主。
「もしかして、音の回折ってやつじゃないの?」と漁村の女子。
「本当に聞こえているっぽい・・・幻なのか、これ?」
「そうなの?」
「幻?」
「「そう」」
「何かの意思の解説で?」
「「は?」」
「ここはトットリだ、そして私はトットリの王族なり」
「そこって絶滅地帯じゃないの?」
「は?」
「弟が言っていた幻って、これなのか?」
「陽炎?」
「むずかしいことは分からないが、弟は幻を見たと言って死んだ。今日は命日なんだ」
「ほう・・・君の出身はどこ?」
「どこの、で、通じないのか、そこは・・・?」
「まさか本当に、砂漠以外に土地があって生きてる人間がいるっていうのか?」
「ここ普通の漁村だぞ?」
「ぎょそん・・・?」
「魚獲って生きてるところだよ」
「缶詰のことだよな?」
「・・・ん~・・・・缶詰?」
「どうした?幻、切れたのか?」
「いや、まだ聞こえてる。君は砂漠地帯にいるって?」
「そうだ」
「ここではトットリって言う砂漠地帯は絶滅したと言われている」
「人間が?」
「そう」
「私達の土地トットリでは、トットリ以外が絶滅地帯だと言われている」
「人間の?」
「そう」
「弟は、きっとそんな感じのことを聞いたんだ・・・あんた王族だって?」
「そう」
「だったら、関所みたいなところ開けてくれるか?」
「どういう意味だ?」
「そっちに弟がいるかもしれない」
「そういう理由なら、開けるかもしれない・・・
漁村に人がいるとなると、こちらも証拠が欲しい」
「意味分かる気がする」と漁村の女子。
「ひいてるのなに?」と漁村の男子。
「ん?」
「多分、つまびいてるやつのこと」と漁村の女子。
「ああ、琵琶だよ」
「琵琶・・・架空の楽器・・・弟が言っていた。もう無理」
足早にバイクに乗った男子が、ヘルメットを差し出して女子に言う。
「ついてくるか?」
「もちろんだよ」
「途中で家におくってもいいぞ」
「いいよ、いいよ。ついてく」
ヘルメットを受け取って、後部座席にまたぎのる女子。
「ガソリンもつかの?」
「分からないなぁ」
「とりあえず出発しよう」
光沢を持ったボディが薄闇に溶けそうな頃の出発。
桟橋でその様子を聞いてた幻の相手がぼやいた。
「他の絶滅地帯と言われている場所にかけあってみよう。
まだ人間がいるかもしれない。
だとしたら、なぜ先祖たちが情報操作をしたのか知りたい・・・」
そこで潮風の回折は途切れて、普段の風が香りを炊き始めた。




