天空離宮
離宮。
そこにはハスが咲いている池がある。
階段状になっているそこに、素足をひたしているのは、王女。
足を少しあげると、水温と外気の温度差が面白い。
王女は何故か、そこにひとり。
くらくらと言う感触の水音を楽しんでいる。
ぱたぱたと足音。
「王女様っ。こちらにおあしましたか。探しましたよっ」
王女は声の方に振り向かない。
「何だ。関白の息子か」
足音が静かになり、更に近づいてくる。
「いい加減、名前で呼んではいただけませんか」
「いいではないか」
一拍の間。
「まぁ、王女様がそう言われるなら・・・」
「嫌なら嫌と言えばいいだろう?」
「そんなことよりも、父上がお呼びです」
「何の用だ」
「分かりません」
大きな溜息を吐く王女。
「しばらくここに居たい」
「しばらくとは、どれぐらいで?」
「知らぬ」
「それでは困ります。あまりに遅れると父上に叱られるではありませんか」
王女はふと笑う。
「怒られるのがまだ怖いか」
「はぁ?」
怒ったのか呆れたのか、よく分からない発音だった。
「この年になってまだ叱られる私の気持ちをお考え下さい」
王女は笑った。
「知らんよ」
穏やかな日光に、王女の腕輪がなめらかに反射する。
「ああ、そうだ。月光を編みこんだ布、とは何です?」
「月光?何の話だ?」
「さぁ?父上が、その話をすれば分かる筈だとおっしゃられていましたよ」
「月光・・・?」
「それと、桜の木、だそうです」
「ああ、なるほど。また求婚か」
「は?」
「なんであいつは単語の暗号的なもので私を試す」
「お好きなのでしょう?」
関白の息子が微笑しながら言ったのが王女には分かった。
王女も微笑。
「まぁ、嫌いではないな」
「で、月光を編みこんだ布って、何です?」
「あれは、思い出す度に恥ずかしい・・・」
「ん?」
「贈り物の中にヴェールがあったんだよ」
「はぁ・・・」
伝わっていないようだ。
「その光の反射を見て、これは月光で編んだのか、と関白に聞いたんだ」
「ああっ。なるほどっ」
「それで関白が笑ったから、しばらくヴェールがそういうものだと思っていたんだよ」
王女のうしろで関白の息子が笑う。
「それは本当の話ですね」
「ああ、そうだよ」
「面白い」
「ああ、そうか。恥ずかしいと言っているのに・・・」
「いいじゃないですか。面白いですよ」
「やはりここに居りましたか、王女」
見計らったような間で、独特の静かな足音がした。
王女は耳が強い。
足音でたいがいの場合、誰なのか分かる。
「父上」
「やっぱりか」
やって来たのは関白だった。
「父上、何故ここだとお分かりに?」
「王女がこの時間まで見つからないということは、かくれんぼだ」
「ああ、わたくしめと同じお考えで」
「お前はいくつか回ったのか」
「と言うことは、父上はすぐにここだとお分かりになられたのですね・・・」
「お前はまだまだだ」
「反省です」
「恥ずかしいではないか・・・」
『何がです?』
二人に同時に聞かれる。
「未だにかくれんぼしてること、言い当てられたからだっ」
灰色髪の二人が、やはりほぼ同時に笑うのが王女には分かった。
王女は水面を蹴る。
まだ口元に笑みを残している関白が言う。
「何用でわたくしめがお探し申していたかお分かりで?」
「ああ。求婚の件だろう?」
「左様でございます」
「桜の木をまた燃やすのか」
「何です?それ」
関白の息子が聞く。
関白が答える。
「数年に一回、同じ家から求婚がある」
「ああ、それは前に聞いた覚えがあります」
「ああ。その国の家では、求婚する時に桜の木を燃やすんだ」
「何故です?」
「由来は諸説、色々あるそうだ」
「満開の時に燃やすんだよ」
「うわぁっ。すごいですねっ」
「感動したんだが、あれはあとでかなり、さびしくなる・・・」
「王女はお優しいですね」
「そうでもない」
「桜の木が轟々と燃える様は、罰が当たるのではないかというぐらいに美しい」
「王女とどちらが美しいですか?」
「王女ありきの、桜火の儀式だ」
「ん?」
「月光の布の件、まだ恨んでおるぞ・・・」
一拍の間。
関白の咳払い。
「今度の贈り物は、星の光を編みこんだ絨毯だそうですよ」
「お前、今笑いそうになっただろ・・・」
「予定が詰まっておりますれば。王女、かくれんぼなぞしておる暇はございませんぞ」
桜の幹で染めた染物のような髪色をした王女。
彼女は関白へと振り向く。
「私はな・・・」
「はい」
「お前を父親のように思っている」
「それは光栄です」
関白がそう答えると、関白の息子は微笑んだ。
「求婚の儀、そろそろ受け入れんといけないとか、そんな話をするのだろう?」
「はい」
数秒の間。
「私は、お前を父親のように慕っている・・・」
「はい」
関白の息子は何度か瞬く。
「伝わっていないのか?」
「いいえ」
関白の息子は王女と自分の父親を交互に見る。
二人は見つめあっている。
「想ってる」
一拍の、妙な間。
「わたくしめも、王女をお慕い申し上げております」
「そうか・・・」
王女は立ち上がる。
内心、首を傾げる関白の息子。
今の会話に、違和感を覚える。
王女は関白の息子をちらりと見ると、すぐに視線をそらした。
一拍の間ののち。
意味を理解した、関白の息子。
「参りましょうか、王女」
「ああ・・・」
関白と王女は歩き出す。
しばらく、関白の息子は戸惑っていた。
数秒で、表情をひきしめる。
それから少し、二人と距離を取り、関白の息子は二人の元へと歩き出した。




