花咲く夜
満月の夜、まさにこの日、柱を伝う秘密の場所に花が咲くと昼間、聞いた。
普段は通りかからぬ廊下であるが、弟は一度、開花を見たらしい。
月光に潤む水面が望め、神秘的であると言う。
務めがあるので共には今宵見れそうにないとのこと、ひとりでの遊歩になる。
目的の場所にひとり先客がいて、こちらに気づいて微笑を浮かべた。
挨拶をして、開花の話と母のように弟を育てた話になる。
すらりとしたその足を少し組んで欄干にもたれた先客に、足が長いのねと思った。
そこに水でできた空飛ぶ魚が数匹やってきて、先客は当然のようにお菓子くずをやった。
空魚はお菓子くずが好きなんですよ、と解説されて関心。
少し分けてもらって差し出すと、空魚が手のひらのお菓子くずを食べてくすぐったい。
空魚は喜んだのか食べたりなかったのか、水飛沫をあげて辺りを濡らして去った。
先客は浴びた水を滴らせた髪を、指輪をした美しい手でかきあげた。
それでも恰好をつけているように見えるので、少し笑いが出てきた。
アホみたいね、と言うと、意外がられて、意味が分からないとつられ笑いをする先客。
その頃合い花が咲きだして、甘いとろけるような薫りがしてくる。
そこに弟がやって来て、こちらの濡れた顔を認めるとぎょっとして立ち止まった。
また空魚にエサをやったんだ、と言われ、顔をそむけて笑い出す先客。
務めはどうしたのか聞くと、早めに終わったので様子を見に来た、と言う。
そちらこそふたりは知り合いだったのか、と問われ、先客が笑いながらかぶりを振る。
咳払いをして、やっぱりだ見かけるたびに似ていると思っていた、と先客が言う。
やっぱり、ていつからなのか、とぼやきながら近づいて来る弟。
そして弟は私に挨拶をすると、先客とも挨拶を交わし、手の甲にキスをした。
母の遺品である指輪をつけたその女性が、弟の恋人であることは勘づいていた。
妙に抜けた所がある弟が、きっとふたりともこちらだと思ったけど驚いた、と言った。
そうなのかい、と私と先客が同時に返事をすると、弟が動揺か喜びに笑い出す。
結局、花の見頃に間に合った幸運な弟が選んだのは、私とは正反対の女子だった。
私ももう三十半ばの立派な男子であるので、そろそろ嫁を持ちたいと思った。