珍他意マンションの奇妙な騒動
昨日の続きは、今日。
そんな歌詞がありそうな類の話で盛り上がって、帰宅。
お酒の入った身体で、ただいま、と言って玄関口に倒れ込んだ。
気づいたらそのまま眠っていたようで、気持ちのいい二日酔い。
ぼうっとしている頭から判断するに、そこは自宅のはずの別の場所。
玄関に傘置きがあって、男物の傘が立っている。
「あれ?ここは・・・どこ?」
手元に書置きを見つけて、読んでみる。
【 誰なのか知りませんが、仕事なので出発します 】
そう言えば、毛布をかぶせてくれてある。
外の様子を見てみると、マンションの一階違いの部屋。
今まで交流なんて特にないひとの部屋だ。
【 連絡先 】まで書いてあったので、自宅に戻り電話をかけてみた。
するとコール音がして、電話がつながる。
「誰?」
いきなり、少し好みの声だ、と思った。
いきさつを話してみると、「鍵をかけておいたはずだ」と言われた。
それなので母に電話を任せて
一階下に戻って、彼の家の玄関を自分の部屋の鍵で開けてみた。
するとすんなり開いた。
それを偶然見ていた隣の奥さんが、どういうこと?と言う。
まさかと思って試させてもらうと、隣の奥さんの部屋の鍵も開いた。
それを聞いた向かいの奥さんの部屋でも試したが、鍵は開いた。
自宅に戻り『彼』に再度電話をする。
すると、「ありがとう」と言われた。
「どうしたんです?」
「何かのおぼしめしだ・・・」
「ん?」
「君のお母さんの話しかたに動揺して車を横に止めて置いたら、
その時間通るはずだった道路で、玉突き事故が起きた。
会社に連絡したら、今日は出社しなくていいって」
「あの~・・・じゃあ、あの、お詫びに、一緒にお酒でも・・・」
「ああ・・・そうだな、それもいいだろう。飲もう」
酔ってるひとが玄関先で倒れていたら、普通大家さんに言うと思う。
それをしなかったのは、私の寝顔が好みだと思ったからだと言われた。
だから連絡先を残しておいた、と。
二十歳の私にはまだ分からない気の使い方だ。
優しすぎてバカかもしれないと思ったけど、とっても優れたひとだ、きっと。
結局、住んでいるマンションの玄関の鍵はみんな同じだった。
大家さんからの『知られないはずのイタズラ』だったらしい。
住人たちが、訴えるかどうか話し合いをもつそうだ。
『彼』は、せっかくだから、酒を飲みながら話しましょうよ、と提案した。
意外だった。
部屋の鍵は個別になったけど、
そのマンションの住人たちの結束は案外と心地よくなった。
まるでお互いに、開閉のための心の鍵を持っていることのたしかめあい。
その距離感は住人たちにとって、貴重ないつくしむべき時間になった。
彼とは今でも、ちょくちょく連絡をとってお酒を飲みに行く仲だ。
もう少ししたら何か進展があるのかな、と思いながら今日も『彼』と乾杯した。




