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メガネと人魚姫
酒に酔って船から落ち、
海流に流されて
気が付いたら、
洞窟につながる砂浜に倒れていた。
可憐な歌声がするので、
洞窟の奥に進んでみると、
おそろしいほど澄んだ大きな水溜まり。
脈が透った魚の尾が水面を叩いた。
足元に上半身を見せたそれは、人魚。
濡れた髪をかきあげ、
少し微笑む。
「言葉通じる？」
「ええ、分かるわ」
「君が助けてくれたの？」
「そうよ。お礼に『本』というものが欲しいわ」
「分かったよ」
以来、読み聞かせからはじまり、
文字の読み書きを教え、
彼女の目が弱いことに気づく。
メガネを買ってやり、
彼女は自分で『人魚姫』を読んだ。
涙を流した彼女の心情はよく知れぬ。
ただ、
とんでもないお宝だと思った。
恋をしている自分に気づいた時には、
陸で孫ができていた。
最期を家で過ごしたが、
遺言はあるか、と家の者に聞かれた。
「謎は謎のまま、愛は涙に泳ぐ」
やはり目を閉じても、
あの人魚のことばかりだと
永の眠りにつくまで番人の気分だった。
